年上の女性に恋をしたことがある男性は、たいてい、うまく説明できない。
「母性に甘えたかっただけ」と自分を片付けようとする人もいる。「単純に大人の色気に惹かれた」と笑い飛ばす人もいる。でも少し深く聞いていくと、必ずどこかで言葉が詰まる。「なんか……うまく言えないけど」という沈黙に、本当のことが隠れている。
若い男性が年上の女性に惹かれるとき、そこには「母性への甘え」でも「単純な性的な魅力」でもない、もっと複雑で、もっと個人的な感情の動きがある。
この記事は、20代前半から30代前半の男性5人と、彼らが惹かれた年上女性1人への取材をもとにしている。「なぜ年上が好きなのか」という問いに正面から向き合ってもらった。
取材は、深夜の中目黒から始まった
川沿いの桜は、もうとっくに散っていた。それでも中目黒の夜は人が多く、笑い声が水面に反射して、妙に賑やかだった。
待ち合わせたバーの隅に、安藤さん(仮名・26歳)はいた。グラスを両手で包んで、少し前傾みになって座っていた。こちらが着くと「あ、来た」とだけ言って、特に立ち上がらなかった。それが不愛想ではなく、単純に緊張していた、と後でわかった。
「年上の女性の話、ですよね」
確認するように言って、グラスを一口飲んだ。
「……正直、ちゃんと話したことないんですよ、誰にも。友達に言うと絶対からかわれるし、当の相手に言ったら重くなるし。なんか、自分の中だけに溜めてきた感じで」
そう言って、少しだけ笑った。照れというより、やっと吐き出せる場所ができた、みたいな顔だった。
「初めて、ちゃんと見てもらえた気がした」——年上女性に落ちた瞬間の話
——安藤さんが初めて年上の女性を好きになったのは、いつですか?
「22歳のとき、バイト先の先輩で、32歳の女性でした。最初は普通に先輩として接してたんですよ。でもある日、仕事でミスをして、僕一人で詰められてたとき——その人が隣に来て、一言だけ『大丈夫、後で話聞く』って言ってくれて」
「それだけなんですけど。その一言で、なんか崩れたんですよね、内側が。同い年の子に『大丈夫だよ』って言われても、あんなふうには崩れない。うまく言えないけど……その人に言われた言葉は、地面から来る感じがした。根っこのあるところから、言ってる感じ」
「それから意識し始めて、気づいたら毎日その人のシフトを確認してた。バカですよね、26になった今でも(苦笑)」
——「大人に見てもらえた」感覚と、「子どもとして包まれた」感覚、どちらに近かったですか?
安藤さんは、その質問でしばらく黙った。川のほうに目をやって、唇を少し動かしてから、言った。
「……両方、同時にあったんですよ。それが不思議で。その人の前では、なんか背筋が伸びる感じもあって。ちゃんとしなきゃって思う。でも同時に、もたれていいよって言われてる気もして。どっちの自分も、同時に出せる感じ。それって——同い年の子の前では、一回もなかったことで」
「母性でも憧れでもない」——”余白の引力”という、誰も言わない感情構造
ここで一度立ち止まって、整理したい。
若い男性が年上女性に惹かれる理由として、よく語られるのは「母性への甘え」「精神的な安定感」「経験値への憧れ」といったフレームだ。でもこの取材を通じて私が感じたのは、それらはどれも正確ではなく、より核心に近い感情がある、ということだった。
それを私は「余白の引力」と呼ぶことにした。
同世代の恋愛では、お互いが同じ地平にいる。同じ不安を持ち、同じような将来を考え、同じくらいの迷いの中にいる。それは対等だが、同時に「自分のふがいなさを全部知られる」恐怖でもある。
年上の女性との関係では、その地平がずれている。相手はすでに通過してきた道を、自分がまだ歩いている。そのずれが生む「余白」——つまり、自分のだらしなさや未熟さを、相手に正確に比べられない安全地帯——が、若い男性を引き寄せる。
母性ではない。憧れでもない。「まだ評価されなくていい場所」への逃避と、「でも対等に見てほしい」という矛盾した欲望。その両方が同時に成立する唯一の関係が、年上女性との恋愛なのかもしれない。
年上女性のどこに、具体的に惹かれるのか
次に話を聞いた松本さん(仮名・24歳)は、大学を卒業したばかりで、現在交際中の相手が7歳年上だと言った。待ち合わせ場所の渋谷のカフェに、少し汗をかきながらやってきて、「遅くなりました、すみません」とペコペコ頭を下げた。
——彼女のどんなところに最初に惹かれましたか?
「笑い方ですね、最初は。同い年の子って、なんか笑いのツボを探り合う感じがあるじゃないですか。おもしろいかな、滑ったかな、みたいな。でも彼女は、おもしろいと思ったら素直に笑うし、そうでもないときはそうでもない顔してる。それがすごく楽で」
「あと——怒り方が違う。同い年の子の怒りって、どこかに溜めてから来る感じがするけど、彼女はその場でちゃんと言ってくる。『それはちょっと嫌だった』って、翌日じゃなくて、その瞬間に。最初はびっくりしたけど、今は絶対そっちのほうがいいと思う。引きずらないから」
——「大人の色気」みたいな、見た目への惹かれはありましたか?
「……ありました、正直。でも後から来た感じ。最初は顔とかじゃなくて、その人がいる空気に惹かれた。うるさくない、というか。いるだけで、なんか落ち着く。同い年の子と話すときって、どっかでパフォーマンスしてる感じがあるんですよ、僕の場合。でも彼女の前では、それをしなくていい気がして。それが一番大きかった」
年上女性との関係で「壊れた」——失敗と後悔の告白
浜田さん(仮名・28歳)は、取材の冒頭から「あんまりいい話じゃないですよ」と言った。都内の公園のベンチで向かい合って、ずっと足元の砂利を見ながら話した。
22歳のとき、職場の35歳の女性と半年間だけ付き合い、自分の側から壊した経験がある。
——どんなふうに壊れたんですか?
「……僕が、甘えすぎた。簡単に言うと」
少し間があった。砂利を靴の先でいじった。
「最初は彼女がなんでも受け止めてくれるのが嬉しくて。仕事でミスしても、友達と喧嘩しても、全部聞いてくれて、全部『そっか、大変だったね』って言ってくれて。それが心地よくて、どんどん甘えた。もう、ひどいレベルで。夜中に酔っ払って電話して、翌朝謝って、また同じことして——それを3ヶ月繰り返した」
「彼女がある日、静かに言ったんですよ。『私、あなたのお母さんじゃないから』って。全然怒ってない声で。それが——刺さったというより、恥ずかしかった。穴があったら入りたいくらい。そのとき初めて、自分が何をしてたか、ちゃんと見えた」
——その言葉を言われたとき、最初に感じたのは何でしたか?
「怒りです、最初は。なんでそんなこと言うんだって。でも5分後には、全部自分のせいだってわかって——その夜、一人でコンビニに行って、駐車場で30分くらいぼーっとしてた。情けなくて」
「彼女とはその後1ヶ月で別れました。別れ際に彼女が言ったのは、『あなたは本当は、大人の女性が好きなんじゃなくて、誰かにちゃんと受け止めてもらいたいだけだと思う』って。……今でも、正確にそのとおりだったと思う」
年上女性側の本音——「好きだったけど、疲れた」
今回、年上女性側にも一人だけ話を聞くことができた。
神戸在住のデザイナー、川口さん(仮名・39歳)は、過去に2度、5歳以上年下の男性と付き合った経験がある。落ち着いた声で、でも細かいところまで丁寧に話してくれた。
——年下の男性に惹かれる年上の女性の側に、何があると思いますか?
「私の場合は——同い年の男性に、疲れたんだと思います。察してほしい、俺を立ててほしい、でも対等でいたい、みたいな矛盾した要求に、30代になってから疲れちゃって。年下の男の子って、そういう”男のプライド”がまだ固まってない分、素直なんですよね。それが楽で、気づいたら惹かれてた」
——でも、しんどくなることもありましたか?
「ありました。一人目の彼は25歳で、私が31のとき。最初はかわいくて好きだったんだけど、半年くらいで——なんか、私がお姉さんじゃないといけない場面が増えてきて。彼の友達の前で、彼が子どもみたいに振る舞って、私がそれをフォローして。それが続いたとき、ふと思ったんですよ。『あれ、私この人のこと好きなんだっけ、それとも育ててるんだっけ』って」
「好きだったんですよ、ちゃんと。でも——疲れた。その疲れを、恋愛に持ち込みたくなかった。だから別れた。今でも正解だったかどうか、わからないんですけどね」
年の差を乗り越えた関係・終わった関係——分岐点はどこか
この取材を通じて、関係が続いた人と終わった人の差として浮かび上がってきたのは、「年齢差を使っているか、忘れているか」という一点だった。
続いている関係では、二人とも年齢差をほぼ意識していなかった。それは年齢差がないという意味ではなく——「あなたが年上だから頼る」でも「私が年上だから教える」でもない関係になっていた、ということだ。
壊れた関係の多くは、どちらかが年齢差を「役割」として固定化していた。年下が「甘える側」として居座り、年上が「受け止める側」として疲弊する、という非対称の構造が、静かに関係を削っていく。
松本さんは現在の彼女についてこう言った。
「彼女が年上だってこと、日常ではほとんど意識しないんですよ。たまに思い出すくらいで。それがたぶん、うまくいってる理由な気がする。年上・年下じゃなくて、ただ一緒にいたい人、になれてるから」
「年上が好き」を卒業した男性の話
最後に話を聞いた伊藤さん(仮名・32歳)は、20代のほぼ全期間を年上女性との恋愛に費やし、今は同い年の女性と婚約している。
——なぜ、年上の女性に惹かれ続けたと思いますか、当時は?
「今になってわかるのは——自分に自信がなかったから、だと思う。同い年の子と付き合うと、なんか正直に言うと、評価される気がしてたんですよ。この人、ちゃんとした男かどうかって。それが怖くて、年上の人のほうが楽だった。なんか、最初から少し大目に見てもらえる気がして」
「でも30になったとき、付き合ってた8歳上の女性に別れを告げられて——その理由が、『あなた、そろそろ自分と同じくらいの人を好きになれると思うよ』って言われて。腹が立ったんですよ、最初は。でも1年後に、その言葉の意味がわかった」
——どういう意味だったと思いますか?
「……年上の人と付き合うのは、自分の未熟さを棚に上げられるから、って気づいたんです。相手が経験豊富な分、自分のダメさが相対的に小さく見える。それが居心地よかっただけで、本当の意味で誰かと向き合えてなかった。今の婚約者と付き合い始めたとき、初めて正面から怖かったですもん。この人に、ちゃんと好きな人だと思ってもらえるか、ってフラットに怖かった」
「それが——たぶん、普通の恋愛をした、最初の瞬間だったんだと思う」
「あの人は今も、年上のままだ」
中目黒のバーを出るとき、安藤さんが最後に言った言葉。
「あの先輩、今でもたまに思い出すんですよ。結局、何もなかったし、向こうは僕のことをただの後輩だと思ってたと思う。でも——あの人が『後で話聞く』って言ってくれたあの瞬間、僕の何かが変わった気がして。うまく言えないけど、あの一言で初めて、自分がちゃんと人間として存在してる気がした」
それは、恋愛というより、もっと手前にある何かの話だと思った。認められたかった、という話。ちゃんと見てほしかった、という話。
若い男性が年上の女性にハマるとき、その奥底にあるのは「大人への憧れ」でも「母性への甘え」でもなく——「まだ完成していない自分を、まるごと受け取ってもらえる感覚」への、切実な渇望なのかもしれない。
それが満たされた人は、やがて年上への依存を手放す。満たされなかった人は、同じ感覚を求めて、次の年上の人を探し続ける。
伊藤さんの元交際相手が言った「そろそろ自分と同じくらいの人を好きになれると思うよ」という言葉は、突き放しではなく、たぶん最後の愛情だった。
でも安藤さんは、まだその言葉を、誰にも言われていない。
中目黒の川沿いを、彼は一人で帰っていった。その背中が、川の光の中に溶けていくのを、私はしばらく見ていた。