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結婚中に好きな人ができて離婚を選んだ人・選ばなかった人

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結婚している間に、誰かを好きになる。

それが起きた瞬間、人はたいてい、自分を責めることから始める。最低だ。裏切り者だ。こんな感情を持ってはいけない。でも責めても感情は消えない。消えないから、また責める。その繰り返しの中で、離婚すべきか、踏みとどまるべきか、その問いだけがどんどん重くなっていく。


目次

離婚するとかしないとか

上智大学の脇を抜けた先の、石畳の細い坂道。夜になると人が減り、街灯だけが点々と続く。その坂の途中にある、扉の重い小さなバーに、須藤さん(仮名・41歳・メーカー勤務)はいた。

カウンターの奥の席で、ウイスキーのグラスを両手の間に挟んでいた。こちらが隣に座ると、少し体を起こして、「どこから話せばいいかな」と呟いた。自分に聞いているような言い方だった。

「好きな人ができた話、ですよね。でも俺の場合、好きになった、というより、気づいたら好きだった、という感覚で。気づいたときには、もう手遅れだった」

グラスを少し傾けた。

「手遅れ、というのは感情が、自分でコントロールできる範囲を超えてた、ということで。離婚するとかしないとか、そういう話の前に、まずその感情の重さに、俺自身が驚いてた」


「好きな人ができた」と気づいた夜

須藤さんが妻以外の女性を好きになったのは、結婚7年目だった。職場の後輩で、5歳年下。特別なきっかけがあったわけではない。

「ある夜、残業して二人で帰ったとき、駅の手前のコンビニで立ち話をした。たぶん30分くらい。内容は全然覚えていない。でも家に帰って、妻が先に寝てる布団の横に入って、天井を見たときああ、俺はあの子のことが好きだ、と気づいた。突然、確信として」

「怖かった。本当に怖かった。嬉しいより、怖いが先だった。7年間、妻との生活を積み上げてきて、子どもも2人いてそれが一瞬で、別の感情に追い越された気がして」

「その夜、眠れなかった。朝まで天井を見てた。妻の寝息が横にあって、その音を聞きながら、俺は最低な人間だと思ってた。でも感情は、そう思っても消えなかった」

結婚中に好きな人ができたとき、多くの人が最初に経験するのは、この「感情を持ってしまったことへの恐怖」だ。でも恐怖の中身は二層になっている。一つは道徳的な罪悪感配偶者を裏切っている、という感覚。もう一つは、もっと深いところにある怖さこの感情が本物だとしたら、今の結婚生活は何だったのか、という問い。

須藤さんはその二つ目の怖さを、「今まで積み上げてきたものの意味が、わからなくなった」と表現した。


「比較恋愛」の罠なぜ結婚中に誰かを好きになると、判断が歪むのか

この取材を通じて、一つの構造が見えてきた。

結婚中に誰かを好きになったとき、人は必ず、配偶者と新しく好きになった相手を比較する。その比較が、判断を大きく歪める。

なぜなら、比較の条件が根本的にフェアではないからだ。

配偶者との関係は、7年・10年・15年という時間の蓄積の中にある。その中には、疲れた夜も、喧嘩した朝も、生活の摩擦も、子育ての消耗も、全部が含まれている。一方、新しく好きになった相手との関係は、まだその摩擦に入る前の段階にある。設定が輝いていて、相手の嫌なところがまだ見えていない。

この非対称な状態で比較すると、必ず新しい相手が「正解」に見える。それは新しい相手が本当に正解なのではなく、比較のフレームが最初から歪んでいるからだ。

取材中、私はこれを「比較恋愛の罠」と呼ぶようになった。

結婚生活の疲れや閉塞感が、新しい相手への感情を実際より大きく見せる。逆に言うと、もし今の結婚生活が充実していたら、同じ相手に同じように惹かれたかどうか、わからない——という問いに、正直に向き合えるかどうかが、この局面での分岐点になる。

須藤さんは後になって、そこに気づいたと言った。

「あの頃の俺は、妻と後輩を比べてた。でも比べてたのは、疲れ果てた妻と、まだ摩擦のない後輩だった。そのフレームで比べたら、後輩が勝つに決まってる。それに気づいたのは、離婚を決めかけてから半年後で——気づくのが遅すぎた」


離婚を選んだ人・選ばなかった人それぞれの証言

次に話を聞いた中村さん(仮名・37歳・デザイナー)は、結婚5年目に好きな人ができ、離婚を選んだ。

待ち合わせた代々木のカフェに、少し遅れて来た。謝りながら座って、コートを脱ぐ前に話し始めた。

「離婚を決めたのは、好きな人ができてから1年後です。その1年間が、人生で一番しんどかった。毎朝起きるたびに、今日は夫に話すか、やっぱりやめるか、それだけを考えてた」

「好きになった相手は、同じデザイン事務所のフリーランスの男性で。付き合ってたわけじゃない。向こうが私のことをどう思ってるかも、わからなかった。ただ、その人のことを考えてる時間と、夫のことを考えてる時間の、質が全然違った」

「夫のことを考えるとき、頭にあるのは生活のことばかりだった。家賃、食事の段取り、来月の旅行計画。でもその人のことを考えるとき、頭にあるのは、その人が昨日言ってた言葉の意味とか、笑ったときの顔とか——生活じゃなくて、人間だった」

中村さんが離婚を決めた理由は、好きな人と付き合いたかったからではなかった、と言った。

「夫への感情が、友情に変わってたと気づいたから。好きな人ができたことで、比べてしまったのは事実。でも比べてみて気づいたのは、別の誰かが好きということより夫への感情が、とっくに変質してたということで。好きな人がいなかったとしても、いつかは気づいてたと思う」

「でもそれが正しいかどうかは、今でもわからない。離婚して4年経って、後悔してないかと聞かれたら、してない。でも、夫を傷つけたことへの罪悪感は、今もある。消えない」

一方、離婚を選ばなかった人として話を聞いたのが、埼玉在住の岡田さん(仮名・44歳・会社員)だった。

結婚11年目に好きな人ができ、2年間その感情を抱えたまま、結局何もしなかった。Zoomで繋ぐと、画面の向こうが静かだった。家族が寝た後の時間を使ってくれていた。

「離婚しなかった理由は、子どもです。正直に言うと、それだけです。子どもがいなかったら、違う選択をしていたかもしれない」

少し間があった。

「その人のことは、本当に好きだった。会うたびに、自分が自分でいられる感じがして。妻の前では、いつの間にか父親か夫としてしか存在できなくなってた。その人の前だけ、岡田という一人の人間として扱われてる気がして」

「でも子どもの顔を思い浮かべると、動けなかった。離婚して好きな人と付き合うことより、子どもの毎朝の顔のほうが、重かった。その優先順位を、俺は変えられなかった」

「今も、あの人のことを思い出すことがある。それが未練なのか、答え合わせをしたいだけなのか、自分でもわからない。ただ——後悔してるかと聞かれると、正直に言えない」


離婚して好きな人と付き合った、その後の現実

中村さんは、離婚後に好きだった相手と付き合い始めた。

「離婚から3ヶ月後に、向こうから連絡が来た。俺も気になってた、と言われて。そこから始まった」

「付き合い始めて最初の半年は、本当によかった。あの人と一緒にいられることが、信じられなかった。こんなに好きな人と、ちゃんと付き合えてるんだ、って」

「でも1年が経つころから、変わってきた。生活が見えてきた、とも言える。相手の嫌な部分も見えてきて、喧嘩もするようになってあ、これは普通の恋愛だ、と気づいた。輝いていたのは、距離があったからだった」

「今も付き合ってる。でも正直に言うと夫婦だったころより、幸せかどうかはわからない。あのころは生活の重さがあった。今は別の重さがある。幸せの形が違うだけで、量は変わってないのかもしれない」

この証言が、比較恋愛の罠の核心を突いていると感じた。

新しい関係は、時間が経てば、今の関係と同じ地平に降りてくる。摩擦が生まれ、疲れが出て、生活の匂いがしてくる。それは当然のことだが、離婚を決める時点では見えていない。その「見えていない部分」を、どれだけ想像できるかが、判断の質を左右する。


好きな人ができたことを、配偶者に話した人・話さなかった人

須藤さんは、後輩への感情を妻に話さなかった。

「話せなかった、が正確です。何度か、話そうとした。でも言葉が出なかった。傷つけることへの怖さより言った瞬間に、引き返せなくなる怖さがあって」

「その感情を1年半、一人で抱えた。抱えながら、後輩とは意識的に距離を置いた。二人きりにならないようにして、LINEも最低限にして。物理的に遠ざけることで、感情を消そうとした」

「消えたかというと完全には消えなかった。でも、薄くなった。今は、あの感情は何だったんだろうという記憶に近くて、今の妻への気持ちとは別のところに収まってる気がする」

「話さなくてよかったのか、話すべきだったのか、今でもわからない。でも——話さなかったことで、妻を傷つけずに済んだのは事実で。それは俺の、唯一の誠実さだったと思いたい」

もう一人、話を聞いた松下さん(仮名・39歳・教師)は、好きな人ができたことを夫に話した、珍しいケースだった。

福岡在住で、電話で話してくれた。声が落ち着いていた。

「話したのは、自分一人では抱えきれなくなったから。好きな人への感情より、それを隠し続けることへの消耗のほうが大きくなって夫に話さないと、私が壊れる、と思った」

「夫の反応は、予想とまるで違った。怒ると思ってた。でも夫は、静かに聞いて、最後に『話してくれてありがとう』と言った。その言葉が怖かった。怒られるより、感謝される方が、ずっと怖かった」

「その後、夫婦で長い時間をかけて話し合った。私が好きになったことの背景に、夫婦の間に積もっていた何かがあった、という話になって。その話し合いが、関係を作り直すきっかけになった」

「好きだった人とは、自然に距離ができた。あの感情が消えたわけじゃない。でも今の夫との関係のほうが、私には大事だとわかった。話してよかった、と今は思ってる。でもあれは、夫が特別な人だったから成立した話で誰にでも勧められることじゃない」


罪悪感の話「最低な自分」を抱えて生きた時間

取材した全員が、程度の差はあれ、罪悪感の話をした。

中村さんは「離婚して4年経っても、夫を傷つけたことへの罪悪感は消えない」と言った。岡田さんは「選ばなかった側の後悔と、選んだら生まれたはずの別の後悔を、両方想像して苦しむ夜がある」と言った。須藤さんは「感情を持ってしまったことへの罪悪感は、感情を手放してからも長く続いた」と言った。

罪悪感は、正しい判断をした人にも、間違えた人にも、平等についてくる。

それは、誰かを好きになることへの罰ではなく好きになった相手が存在した、という事実の重さだと、取材を通じて感じた。人を好きになるという行為は、何かを動かす。動いたものは、どんな選択をしても、完全には元に戻らない。

岡田さんが取材の終わりにこう言った。

罪悪感って、消えるものじゃないんですよね。薄くなることはあっても。でも罪悪感があるということは、ちゃんと誰かを思ってたということで。最低な人間の証拠じゃなくて、人間だった証拠だと、最近やっと思えるようになってきた。

須藤さんは「今日、久しぶりにあの頃のことを全部思い出した」と言い、

「あの感情は、何だったんだろう、って今でも思う。本物だったのか、逃げたかっただけだったのか。でもあの感情があったから、今の妻との関係を、もう一度ちゃんと見ようと思えた。そういう意味では、必要だったのかもしれない」

石畳の坂を並んで少し歩いて、角で別れた。須藤さんは駅と反対の方向に歩いていった。妻の待つ家に帰る道が、そちらなのかもしれなかった。

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この記事を書いた人

ノンフィクション・リアルドキュメント編集部
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