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「好きになると、壊れそうになる」アスペルガーの人が恋をしたとき、心の中で本当に起きていること

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「なんであの人、私のことが好きなのに、こんなに冷たいの?」

そう思ったことがある人は、少なくないはずだ。

あるいは逆に「自分が誰かを好きになるたびに、なぜかうまくいかない。好意を伝えているつもりなのに、相手が引いていく」と、静かに傷を重ねてきた人も。

アスペルガー症候群(ASD/自閉スペクトラム症)を持つ人が、誰かを好きになったとき。その内側では、私たちが想像するより、はるかに激しい何かが動いている。でも、それが表に出る形は、ときに「無関心」に見えたり、「異常なほどの執着」に見えたり、あるいは「事務的な親切心」に見えたりする。

この記事は、当事者3人とそのパートナーへの取材をもとに「恋愛がうまくいかない理由」ではなく、「感情がどう動いて、どう外に出て、どこで噛み合わなくなるか」その回路を、できるだけ正直に描き出そうとした記録だ。


目次

「翻訳」という言葉

場所は、東京・高円寺の古い雑居ビルの2階にある喫茶店。木の椅子がきしむ音と、マスターがたてるコーヒーの香りが混ざり合う、昭和の匂いのする空間だった。

待ち合わせより12分早く来ていた村瀬さん(仮名・34歳)は、私が着くと同時に立ち上がり、「お疲れ様です、座りますか、コーヒーはどうしますか」と矢継ぎ早に言った。取材の場を整えようとする、過剰なほどの丁寧さ。でも目は、どこか違うところを見ていた。

「昔から、好きな人の前でだけ、うまく喋れなくなるんです」

彼はそう切り出して、少し笑った。照れ笑いではなく、自分を観察しているような、静かな笑いだった。


アスペルガーの人が「好き」になると、内側で何が起きるのか

最初に聞かせてください。村瀬さんが誰かを好きになったとき、自分の中で何が変わりましたか?

「変わる、というより……増えるんです。情報の処理量が。その人のことを考える時間が、気づくと1日の6割くらいを占めてて。その人が昨日言ってた言葉の意味を考えて、声のトーンを思い出して、表情の変化を分析して。普通の人も恋愛中はそうなのかもしれないけど、僕の場合は、それが”作業”みたいになるんですよね。楽しいけど、疲れる。感情なのか、計算なのか、自分でもわからなくなる」

アスペルガーを持つ人は、一般的に「特定の物事への強い関心(こだわり)」を持ちやすいとされている。それが恋愛相手に向くと、相手の言動・習慣・感情状態を徹底的に「観察・記録・分析」するモードに入ることがある。

「好意を伝えたくて、相手の好みを全部リスト化したことがあります。好きな食べ物、嫌いな話題、疲れてるときの口癖、機嫌が悪い日のパターン。ノートに書いて、毎日アップデートしてた。でも相手はある日、『なんでそんなに私のことわかってるの、怖い』って言って離れていきました」

村瀬さんは、そこで一度、口を閉じた。コーヒーカップを両手で持って、少し俯いた。

「……愛情だったんですよ。本当に。でも、それが”愛情に見えない”って、当時は全然わからなかった」


好意のサインが、なぜ「怖い」と受け取られるのか

アスペルガーを持つ人の恋愛行動でよく語られるのが、「好意の表現が、ニュートラルすぎる」か「過剰すぎる」かのどちらかに振れやすいという点だ。

次に話を聞いたのは、名古屋在住の中田さん(仮名・29歳・女性)。彼女は20代前半でASDの診断を受け、以来3度の交際を経験してきた。

——中田さんにとって、「好きな人への接し方」で一番難しいと感じることは何ですか?

「タイミング、ですかね。距離感っていうか。好きになると、会いたい気持ちと、でも失敗したくない気持ちが同時に来て、結局どっちも中途半端になるんです。1週間に1回しか連絡しないのに、会うと2時間ぶっ通しで話し続けちゃったり。相手からしたら、ペースがバグってるんだと思う(苦笑)」

「一番しんどかったのは、26歳のとき付き合ってた人に『なんでそんなに表情変わらないの?私が悲しんでるのに』って言われたこと。私はちゃんと悲しんでたんです。でも、それが顔に出なかった。内側ではぐるぐる渦巻いてるのに、外から見たら”平然としてる人”に見えるらしくて。別れる直前、彼に『お前って本当に人間なの?』って言われて……それはさすがに、泣きました。一人でコンビニのトイレで」


「感情の翻訳コスト」——誰も言わない、恋愛の本当の消耗。

アスペルガーを持つ人の恋愛が難しいとされる理由は、「感情がない」からではまったくない。むしろ逆で——感情はある。でもそれを「相手に伝わる形」に変換するのに、膨大なコストがかかるという構造的な問題がある。

これを私は取材中、「感情の翻訳コスト」と呼ぶようになった。

健常発達の人が「好きだよ」と自然に言えるとき、その言葉は感情と直結している。でもアスペルガーを持つ人の場合、「今自分の中にある感情」→「それを言語化する」→「相手に伝わる表現を選ぶ」→「タイミングを計る」→「声に出す」という多段階の処理を、ほぼ毎回意識的にやっている。

村瀬さんが言った「翻訳」という言葉は、まさにそれだ。

「日本語を話してるつもりなのに、相手には外国語に聞こえてる、みたいな感覚、ずっとあります。僕の”好き”という気持ちは確かにある。でもそれが相手に届くまでに、どこかで形が変わってしまう。それが悔しくて……正直、好きになるたびに、ちょっと消耗するんですよね」


具体的な行動パターン——アスペルガーの人が好きな人に対してやりがちなこと

「情報収集型」の愛情表現

好きな人の趣味・好み・習慣を徹底的に調べ、それに沿った行動をとろうとする。誕生日の2ヶ月前からプレゼントを検討し、相手が以前「好き」と言っていたお店を予約し、当日の会話のトピックまで事前に準備する——というケースも珍しくない。

村瀬さんの場合、好きだった女性が「最近眠れない」と言ったその日のうちに、睡眠に関する論文を3本読んで、「これが効果あるらしい」とLINEで送った。

「彼女の反応は『……ありがとう』だけでした。次の日から既読スルーが増えた」

本人は純粋に「役に立ちたい」「解決したい」という愛情から来た行動だ。でも相手には「なんか重い」「分析されてる感じがして怖い」と受け取られることがある。

「ゼロか百か」の連絡頻度

好きだからこそ邪魔したくない、と思って1週間連絡しない。と思ったら急に「今日暇?」と送る。相手に「どのくらい自分に興味があるのか」が読めない。

中田さんはこれを「自分でもコントロールできない」と言った。「連絡したいのに、したら迷惑かなって考え始めると止まれなくなって、気づくと5日経ってる。でも頭の中では毎日その人のことを考えてるんです。完全に、バグってますよね」

感情表現の「ラグ」

嬉しいとき、その場では表情が動かない。でも帰り道に一人で、じわじわと幸せを感じる——というパターン。カップルになっても「デートの最中より、後で一人で反芻してる時間のほうが好き」という感覚を持つ当事者もいた。

相手からすると「楽しくなかったのかな」「私のことそんなに好きじゃないのかも」と映る。このラグが積み重なって、関係が静かに冷えていくことがある。


当事者が語る、恋愛でいちばんしんどかった瞬間

三人目の取材対象は、Zoomで話してくれた福岡在住の斎藤さん(仮名・38歳・男性)。彼は35歳で初めて診断を受け、その時点ですでに2度の離婚を経験していた。

画面越しに見える彼の部屋は、整然としていた。本が高さ順に並んでいた。

——斎藤さんが「自分の恋愛のやり方は、もしかしたら間違っていたのかもしれない」と気づいた瞬間はいつですか?

「……2回目の離婚の夜です。妻が出ていくとき、玄関でしばらく待ってたんですよ。何か言葉をかけなきゃって思って。でも何も出てこなくて。妻が『何か言うことないの?』って言ったとき、僕が言えたのは、『タクシー、呼ぼうか?』だけだった」

画面の向こうで、彼は少し目を細めた。

「今でも思い出す。妻の顔。ものすごく疲れた顔してた。愛してたんです、本当に。でもあの瞬間、それを伝える言葉が、一個も出てこなかった。感情はあるのに、出口がなかった」

「診断を受けてから、過去を全部見直した。好きだった人の前で固まっちゃって、黙って帰ってしまったこと。プロポーズを『一緒にいる効率がいいと思う』みたいな言い方しちゃったこと。全部、愛情だったのに。伝わってなかった」

——今、恋愛をしたいと思いますか?

長い沈黙。

「……したい、とは思う。でも怖い、というのが正直なところです。また誰かを、僕のやり方で傷つけるのが。もう傷つけたくない。でも、方法がわからない。今もまだ、それを探してる途中です」


パートナー側の本音——「わかっていても、しんどいことはある」

取材後半、アスペルガーを持つパートナーと交際・婚姻中の人にも話を聞いた。

埼玉在住の田中さん(仮名・32歳・女性)は、ASDの夫と結婚して4年目になる。

——正直に聞かせてください。アスペルガーのパートナーとの恋愛・婚姻生活で、一番つらいと感じることは何ですか?

「一番は……”察してもらえない”こと、ですかね。具合が悪くてソファに倒れてても、夫はいつも通りの生活を続ける。悪意がないのはわかってる。でも、わかってても、やっぱり孤独なんです」

「結婚前は、これが普通だと思ってた。『この人は変わってる、でもそこが面白い』って。でも子どもが生まれてから、精神的に余裕がなくなって、夫の特性がしんどく感じる瞬間が増えた。夜中に子どもが泣いてても、一切起きない。でも朝5時には自分の趣味のために起きてる。怒りより、悲しみが来た」

ただ、と田中さんは続けた。

「逆に言うと、夫は私が明確に言葉で伝えれば、ちゃんとやってくれる。『今しんどいから助けてほしい』って言えば、動いてくれる。察することはできないけど、伝えれば動く。それがわかってからは、だいぶ楽になりました。……まあ、毎回言葉にするのが、こっちの疲れでもあるんですが」

苦笑しながら言った最後の一言に、全部が詰まっていた気がした。


関係が続いた人・壊れた人——その分岐点はどこにあったか

複数の当事者・パートナーへの取材から見えてきたのは、関係が続くかどうかを分けるのは「特性の有無」ではなく、「特性を”翻訳”し合う意志があるかどうか」だということだ。

アスペルガーを持つ側が「自分のやり方では届かないことがある」と気づくこと。 パートナー側が「察してほしい」という期待を手放し、言葉で伝えるコストを受け入れること。

どちらか一方に”理解する義務”を押し付けた関係は、長続きしなかった。

中田さんは、現在3年半交際中のパートナーについてこう言った。

「彼は私に『お前の感情、もっと教えてくれ。勝手に察しようとは思ってないから』って言ってくれた。最初はその言葉の意味がよくわからなかったんですけど、今は——それが一番やさしい言葉だったんだなって思ってます」


「伝わる」と「届く」は、違う

取材を終えて、高円寺の喫茶店を出た夜、村瀬さんが帰り際にぽつりと言った。

「僕、ちゃんと好きになれてるんですよね?」

自信なさそうに、でも確認するように。

その問いに、私はすぐには答えられなかった。

アスペルガーを持つ人が好きな人に向ける感情は、嘘じゃない。情報収集も、リスト化も、論文を送ることも——全部、その人なりの「愛してる」だ。ただ、それが「相手に伝わる言語」で届いていないだけで。

「伝えている」と「届いている」の間には、目に見えない翻訳の壁がある。そしてその壁は、どちらか一方だけが頑張っても、崩せない。

村瀬さんは今も、好きな人がいる。名前は教えてくれなかった。でも「今度は、ちゃんと翻訳しながらやってみる」と言っていた。

それが成功するかどうかは、私にはわからない。

きっと彼にも、わからない。

それでも、また好きになる。それが——どれほど翻訳コストがかかっても——人間というものの、どうにも変えられない部分なのかもしれない。

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この記事を書いた人

ノンフィクション・リアルドキュメント編集部
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