自慢の彼女が欲しかった。友達の前で堂々と紹介できる、完璧な彼女。料理が上手で、気が利いて、優しくて、見た目も悪くない。そういう女性と付き合えたら、周りから羨ましがられる。
でも自慢し始めた瞬間から、彼女の目が死んでいった。
友人の前で彼女の話をするたびに、帰り道の沈黙が長くなった。褒めれば褒めるほど、彼女は遠ざかっていった。気づいた時には、もう手遅れだった。
自慢の彼女を求めた男性たちに話を聞いた。彼らが失ったものは、想像以上に大きかった。
手作り料理を自慢した代償―商品化された愛情の末路
恵比寿の居酒屋。金曜の夜、拓海は3杯目のビールを飲みながら、2年前の別れを振り返っていた。33歳、メーカーの営業職。元彼女の優子は30歳、料理が得意で気遣いのできる女性だった。
「優子の手作り料理、本当にうまかったんですよ。残業続きで疲れて帰ると、テーブルに栄養バランス考えた温かい食事が並んでて。デザートまで手作り。バレンタインはチョコレート何種類も作ってくれて」
拓海は当時のことを嬉しそうに話す。でもその表情には、後悔が滲んでいる。
「友達に自慢したんです。俺の彼女、こんなにすごいんだって。写真も見せて。みんな羨ましがって、お前いい女捕まえたなって言ってくれました」
その後、変化が起きた。
「優子、急に料理しなくなったんですよ。聞いたら、疲れたって。毎日作るの大変だからたまには外食したいって。俺、何気なく言っちゃったんです。でも友達に自慢してたのにって」
拓海は目を逸らした。
「優子の顔、その瞬間曇ったんです。ああ、私は自慢の道具だったんだって気づいた顔でした」
愛情を評価対象に変えた瞬間、関係は壊れ始める
優子が料理を作っていたのは、拓海を愛していたからだ。でも拓海がそれを友人に自慢し始めた瞬間、料理は評価対象に変わった。
拓海の後輩、健斗は28歳。彼女の美咲は26歳、気遣いができて優しい女性だ。健斗も、美咲のことを周りに自慢している。
「美咲、俺が落ち込んでる時、すぐ気づいて励ましてくれるんです。今日も頑張ったねって。それ友達に話したら、いい彼女だなって」
健斗は満足げに笑った。でもその笑いには、気づいていない危うさがある。
「美咲に言ったんです。友達がお前の彼女最高だって言ってたよって。そしたら美咲、ありがとうって言ったけど、笑顔が引きつってました」
健斗は首を傾げた。
「何か気に障ること言ったんですかね。褒めたつもりだったんですけど」
健斗はまだ気づいていない。美咲が引きつった理由を。自分が彼女を商品化し始めていることを。
友人に褒められた彼女―その日から演技が始まった
新宿のカフェ。休日の午後、大輝は元彼女の瑞希との関係を後悔していた。31歳、IT企業のエンジニア。瑞希は28歳、明るくて社交的な女性だった。
「瑞希、俺の友達の前でもすごく愛想よくて。みんな瑞希のこと気に入ってくれて。お前いい彼女だなって言われるの、正直嬉しかったんです」
大輝は当時のことを思い出す。
「で、ある日友達に言ったんです。瑞希は俺の自慢の彼女だって。みんなも羨ましがってるよって。そしたら瑞希、急に黙り込んで」
帰り道、瑞希は一言も話さなかった。次の日、メッセージが来た。
「私、あなたの友達の前で演技してた。本当の私じゃない、あなたが自慢できる彼女を演じてた。もう疲れた」
大輝は衝撃を受けた。
「瑞希、ずっと無理してたんです。俺が友達に自慢するから、期待に応えなきゃって。明るく振る舞って、気を使って、全部演技だった」
大輝は深くため息をついた。
「俺、瑞希のありのままを愛してなかったんですよ。自慢できる彼女としての瑞希を愛してた。本当の瑞希、見ようともしてなかった」
自慢されるプレッシャーが作る偽りの自分
自慢される側は、期待に応え続けなければならないプレッシャーを感じる。自慢に値する彼女でい続けるために、本当の自分を隠す。
大輝の友人、隆志は35歳。彼女の奈々は32歳、仕事もできて金銭感覚もしっかりしている。隆志は奈々のことを周りに自慢している。
「奈々、束縛しないし、俺の趣味も理解してくれるんです。飲み会行くときも楽しんでおいでって送り出してくれる。友達にそれ話したら、理想的だなって」
隆志は満足そうだ。でも奈々の本音は違うかもしれない。
「実は最近、奈々がちょっと冷たいんです。前は笑顔で送り出してくれたのに、最近は無言。理由聞いても何でもないって」
隆志は首を傾げる。
「束縛しない彼女って自慢してたのに、最近束縛してほしいって言われて。意味分からないんですよ」
隆志は気づいていない。奈々が束縛しなかったのは、自慢の彼女でいるためだったことを。本当は寂しかったのに、それを隠し続けていたことを。
自慢された側の苦痛―愛されているのか評価されているのか
渋谷のバー。平日の夜、恵理は元彼との関係を語った。29歳、デザイナー。元彼の慎也は32歳、会社員だった。
「慎也、私のこと友達にすごい自慢してたんです。最初は嬉しかったんですよ。愛されてるんだなって」
恵理はワインを傾けた。
「でも次第に違和感が出てきて。慎也、私の話するとき、いつも同じエピソードなんです。料理が上手い、気が利く、優しい。それしか言わない」
恵理は続けた。
「私が仕事で失敗した話とか、ダメなところとか、全然話さないんですよ。友達の前では、完璧な彼女として紹介される。でも私、完璧じゃないんです」
ある日、恵理は慎也に聞いた。私のどこが好きなのか。
「慎也、困った顔して。優しいところとか、料理上手なところとか。友達に自慢してたエピソードそのまま言ってきたんです」
恵理は笑った。でもその笑いには、悲しさが混じっている。
「私という人間を見てなかったんですよ、慎也は。自慢できる彼女としてのスペックしか見てなかった。愛されてたんじゃなくて、評価されてただけでした」
恵理は別れを切り出した。慎也は驚いた顔で、何がダメだったのか聞いてきた。
「友達にいい彼女だって言われてたのにって。その言葉聞いて、ああやっぱりって思いました。慎也にとって私は、友達に認められる彼女でしかなかったんだなって」
承認欲求を満たす道具としての彼女
自慢の彼女を求める男性は、彼女を通じて承認欲求を満たしている。いい彼女と付き合っている俺、すごいだろという自己肯定。
恵理の友人、麻衣は31歳。元彼の翔太は34歳だった。翔太も麻衣のことを自慢していた。
「翔太の友達の集まりに呼ばれて、みんなの前で紹介されたんです。俺の自慢の彼女だよって。嬉しかったんですけど、何か違和感があって」
麻衣は当時を振り返る。
「翔太、私の学歴とか仕事とか、スペック的なこと全部話すんですよ。でも私の趣味とか好きなこととか、そういう個人的なこと全然知らなくて」
ある日、麻衣は試しに聞いてみた。私の好きな食べ物、知ってる?
「翔太、答えられなかったんです。付き合って1年なのに。でも友達には、麻衣は年収いくらでとか、大学どこでとか、そういうの全部話してる」
麻衣は冷めた。
「私、翔太にとって履歴書だったんだなって。人間として見られてなかった。自慢できるステータスでしかなかった」
自慢できない彼女との関係が教えてくれたもの
吉祥寺の定食屋。平日の夜、裕太は今の彼女との関係を語った。37歳、公務員。彼女の沙織は35歳、地味で目立たない女性だ。
「沙織、正直友達に自慢できるタイプじゃないんです。料理も普通だし、見た目も派手じゃない。気が利くわけでもない」
裕太は味噌汁を飲んだ。
「でも沙織といると、すごく楽なんですよ。自分でいられる。無理しなくていい。沙織も無理してない。ありのままの俺とありのままの沙織がいるだけ」
裕太は以前、自慢できる彼女と付き合っていた。美人で料理上手で気が利く女性だった。
「友達に自慢しまくってました。でも疲れたんです。彼女も俺も。常に完璧な二人でいなきゃいけないプレッシャー。どっちかが崩れたら、関係も崩れる気がして」
裕太は箸を置いた。
「沙織とは逆なんです。お互いダメなところ全部見せてる。それでも一緒にいる。自慢できないけど、手放したくない。そういう関係です」
自慢という行為が奪う親密さ
自慢することは、相手との親密さを奪う。自慢するということは、相手を外部に晒すということだ。二人だけの関係ではなく、周りの評価を気にする関係になる。
裕太の後輩、健人は26歳。彼女の彩花は24歳、自慢できるタイプの女性だ。健人は彩花のことを友達に話している。
「彩花、可愛いし性格もいいし、友達にも評判いいんです。でも最近、彩花が俺の前で弱音吐かなくなって」
健人は不安そうだ。
「前は仕事の愚痴とか、悩みとか、全部話してくれたのに。今は笑顔でいつも元気。なんか距離できた気がして」
健人は気づいていない。彩花が弱音を吐かなくなったのは、自慢の彼女でいなきゃいけないと思っているからだと。
「友達に、彩花は俺の前でいつも笑顔だって話したんです。そしたら彩花、複雑な顔してました。何か悪いこと言ったんですかね」
健人はまだ、理解していない。
公開的に褒めることと本当の尊重の違い
池袋のカフェ。休日の午後、誠は元彼女との関係を後悔していた。40歳、自営業。元彼女の恵は38歳だった。
「恵のこと、SNSでも友達の前でも、めちゃくちゃ褒めてたんです。自慢の彼女だって。恵も最初は喜んでくれてました」
誠は当時のことを振り返る。
「でも半年くらい経ったら、恵が俺に言ったんです。公開的に褒めるのやめてほしいって。私、あなたの前でしか本当の自分見せられなくなったって」
誠は理解できなかった。褒めてるのに、なぜダメなのか。
「恵、泣きながら言ったんです。あなたが褒めてくれるのは、外向けの私だけ。家でダラダラしてる私とか、機嫌悪い私とか、そういうの全然褒めてくれないって」
誠は初めて気づいた。自分が恵のどこを見ていたのか。
「俺、恵を尊重してなかったんです。公開的に褒めることで、俺自身が承認されたかった。恵の気持ちなんて、考えてなかった」
誠と恵は別れた。
「恵、別れ際に言ったんです。あなたは私を愛してたんじゃなくて、自慢できる彼女を持ってる自分を愛してたって。その言葉、今も忘れられないです」
自慢という承認欲求が壊した本物の愛情
自慢の彼女を求める男性は、本物の愛情を見失っている。彼女を愛しているのではなく、自慢できる彼女を持っている自分を愛している。
誠の友人、隆は42歳。長年の彼女、奈緒は39歳。隆は奈緒のことを自慢しない。
奈緒、別に完璧じゃないんです。料理も得意じゃないし、気が利くわけでもない。でも俺、奈緒が好きなんですよ。
隆は静かに笑った。
「友達に奈緒の話しても、特に反応ないです。羨ましがられもしない。でもいいんです。俺が好きなのは奈緒で、周りの評価じゃない」
隆は続けた。
「自慢の彼女って、結局周りの目気にしてるだけじゃないですか。俺は奈緒と二人の関係が大事。周りがどう思うかなんて、どうでもいい」
隆と奈緒は、結婚を考えている。
「奈緒、俺が友達に自慢しないこと、最初不安だったみたいです。私のこと好きじゃないのかなって。でも説明したんです。二人の関係は、二人だけのものだって」
自慢の彼女を求めた末に残ったもの
新宿のバー。金曜の深夜、カウンターに座る男性たちの話題は、自慢の彼女について集中していた。
「自慢の彼女、欲しかったんですよ。周りから羨ましがられる、完璧な彼女」
そう語るのは、36歳の男性だ。
「でも手に入れた瞬間から、関係がおかしくなった。彼女が演技し始めて、本当の姿見せなくなって。自慢すればするほど、距離ができた」
彼は煙草に火をつけた。
「今思えば、俺が欲しかったのは彼女じゃなくて、承認だったんです。いい彼女と付き合ってる俺、すごいだろっていう。彼女のこと、人間として見てなかった」
彼は深く息を吐いた。
「自慢の彼女って概念自体が、おかしいんですよ。人を自慢するって、その人を物扱いしてるってことじゃないですか」
拓海は今、新しい彼女と付き合っている。でも友達には、ほとんど話さない。大輝は瑞希との別れから学び、今は相手のありのままを愛そうとしている。恵理は、自分を評価する男ではなく、自分を理解する男を探している。裕太は沙織と、自慢できないけど手放したくない関係を続けている。
自慢の彼女を求めた男性たちが失ったもの。それは、本物の愛情だった。自慢という承認欲求が、関係を壊していく。周りの目を気にした瞬間、二人だけの関係は終わる。
誠は最後にこう言った。
「自慢の彼女なんていないんですよ。いるのは、大切な人だけ。それを自慢するかどうかは、相手への尊重の問題です」
彼はグラスに残った水を飲み干し、席を立った。外は静かな夜だった。一人で帰る道は、いつもより長く感じた。