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彼氏のいびきがうるさい。隣で気持ちよさそうに眠るその人を、私は毎晩ひとりで見ていた

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夜中に何度も目が覚める。朝はもう疲れきっていて、日中も頭が回らない。隣では、彼が信じられないほど気持ちよさそうに眠っている。彼氏のいびきがうるさい、と検索する指の裏には、たいてい慢性的な睡眠不足と、それを誰にも言えない孤独があります。しかも厄介なのは、彼に何の悪気もないこと。今回は、いびきと何年も付き合ってきた女性たちに、その夜のことを聞きました。

最初に会ったナギサさんは、35歳のフリーランスです。席につくなり、彼女はスマホを取り出して、これ聞いてください、とイヤホンの片方を差し出してきました。再生されたのは、彼女が我慢の限界の夜に、こっそり録音したという彼のいびきでした。低く唸るような、それでいて時々ぐぐっと喉が詰まるような音が、数十秒続きました。掃除機を遠くでかけているような、と彼女が言った表現が、ぴったりでした。

「これを毎晩、すぐ隣で浴びてたんです。本人は、まったく気づいてないんですよ」

そう言って、彼女は少し疲れたように笑いました。

目次

大好きな人の隣で、私だけが眠れない

同棲初日、小型エンジンのような音に固まった

時間を巻き戻して、いびきとの出会いから聞きたくなりました。別の日に会ったアヤさんは、25歳の会社員。付き合って八ヶ月で同棲を始めた、その初日の夜のことを、鮮明に覚えていました。

「電気を消して、さあ一緒に寝るぞって幸せな気分だったんです。そしたら、彼が眠った数分後に、低く響く音が始まって。まるで小型のエンジンがかかったみたいな。耳を塞いでも、振動みたいに伝わってくるんですよ」

肩を叩いて止めようとしても、すぐにまた始まる。耳栓を試しても遮断しきれない。

「結局その夜は、リビングのソファに逃げました。それが何日も続いて。次の日、大事なプレゼンがあったのに、寝不足で失敗して、上司に注意されて。トイレで泣きました。大好きな人と一緒に寝られるはずだったのに、その人のせいで眠れないって、どういうことなんだろうって」

苦しいのは音より、ひとりで起きている孤独だった

アヤさんの話を聞いていて、いびきの本当のつらさが、少しずつ見えてきました。

睡眠不足そのものも、もちろんしんどい。でも彼女が一番こたえたのは、その状況の非対称さでした。

「夜中の三時に目が覚めて、暗い中でぼんやり彼を見ると、本当に幸せそうな顔で眠ってるんです。すやすや、気持ちよさそうに。で、私だけが削られてる。この温度差が、すごくこたえました。隣にいるのに、まるで一人ぼっちみたいで」

片方は何も知らずに熟睡し、片方は毎晩こっそり目を覚まして、それを見ている。いびき問題のいちばん深いところにあるのは、音そのものより、この夜ごとの孤独だと思います。自分だけが起きている真夜中の、隣の幸せな寝息。それを一人で聞いている時間の心細さは、デシベルでは測れません。

「彼に伝えたら、全然気づかなかった、ごめんって謝って、横向きで寝るようにしてくれました。少しはましになったけど、完全には直らない。今も限界の日は、ソファで寝てます」

怒りたいのに、怒る相手がいない

悪意も自覚もない人を、どう責めればいいのか

いびき問題には、もうひとつ独特の苦しさがあります。怒りの行き場がない、ということです。

彼に悪意はありません。自覚もない。ただ気持ちよく眠っているだけ。だから、毎晩睡眠を奪われて腹が立っても、その怒りをぶつける正当な相手が、どこにもいないんです。

「それ、本当にそうなんです」アヤさんが強くうなずきました。「彼を責めると、悪気もないのに責められた、みたいな空気になって。逆にこっちが、たかがいびきで神経質になってる心の狭い人、みたいになっちゃう。被害を受けてるのは私なのに、なんで私が悪者なんだろうって」

被害者なのに、加害者の役を押しつけられる。この理不尽さが、いびきを単なる騒音以上に消耗させます。怒る相手がいないから、多くの女性は、結局自分を黙らせる方向に流れていく。

我慢を続けたら、別の場所で爆発した

でも、我慢は消えてなくなるわけではありません。睡眠負債として、確実に積もっていきます。

ナギサさんが、まさにそうでした。

「何年も、いびきくらいで騒いじゃいけないって、自分に言い聞かせて耐えてたんです。でも睡眠不足って、じわじわ性格を侵食するんですよ。疲れてると、人に優しくできない。彼の何でもない一言にカチンときて、いびきとは全然関係ないことで、激しい喧嘩になる。原因はいびきなのに、出口は別のところっていう」

我慢の限界で録音に踏み切ったのは、その悪循環を断ち切りたかったからだといいます。睡眠を削って溜め込んだものは、たいてい関係の一番弱い場所から噴き出します。

別室で寝るのは、愛の終わりなのか

一緒に寝たい、という彼の寂しそうな顔

睡眠を確保する手っ取り早い方法は、別の部屋で寝ることです。でも、これがまた、簡単ではない。看護師のミオさん、31歳の話です。

「シフト制で、ただでさえ睡眠が不規則なのに、夜勤明けでやっと眠れそうってときに、隣で大音量でしょう。何度も起こされて、もう無理だと思って、別室で寝るようにしたんです」

睡眠の質は、それで劇的に上がった。でも、別の問題が生まれました。

「彼が、一緒に寝たいなあって、寂しそうな顔をするんです。それを見ると、すごく罪悪感がわいて。私、夫婦なのに同じベッドで寝るのを拒否してる、冷たい妻なんじゃないかって。睡眠を取るか、一緒に寝るか、どっちかを選ばなきゃいけないのが、つらかったです」

よく眠れる距離が、関係を守ることもある

ミオさんを縛っていたのは、恋人や夫婦は同じベッドで寝るもの、という当たり前の前提でした。一緒に眠ること、イコール愛。別々に眠ること、イコール距離。でも、この思い込みは、いびき問題では呪いに変わります。

実際には、隣にいることと、よく眠れることは、両立しないことがよくある。そして、睡眠を削ってまで同じベッドにこだわると、慢性的な寝不足が、愛情そのものを蝕んでいく。疲れた人は、優しくなれないからです。

皮肉なことに、別室でぐっすり眠ったほうが、昼間に相手を好きでいられたりする。同じベッドが愛の証だという神話を手放して、よく眠れる距離を選ぶことが、むしろ関係を守る。別室は、愛の敗北ではなく、愛を守るための合理的な選択になりうるんです。

ただし、ひとつ条件があります。その距離を、二人で決めた合意にできるかどうか。片方が我慢の末に追い出される形だと、それは禍根になる。でも、お互いの睡眠を大事にするために二人で選んだ距離なら、距離は愛を損ないません。ミオさんも、最近は変わってきたといいます。

「睡眠は大事だよねって彼と話して、二人で休みを調整したり、寝室の使い方を相談したりするようになって。別室で寝る日も、追い出されてるんじゃなくて、二人で決めたことだと思えるようになったら、罪悪感が薄れました」

いびきが、隠れた病気のサインだった

無呼吸と診断され、CPAPを使い始めた夫

ここまでは気の持ちようや工夫の話ですが、いびきが医学的なサインであるケースもあります。主婦のサチさん、38歳の体験です。

「夫のいびきは昔からだったんですけど、子どもが生まれてから特にひどくなって。夜中に夫のいびきで、子どもたちまで起きちゃうんです。家族全員、寝不足で」

サチさんが見逃さなかったのは、夫のいびきが、時々ぴたっと止まって、しばらくして大きく息を吸い直す、という点でした。

「調べたら、睡眠時無呼吸症候群かもしれないって。本人は、疲れて深く寝てる証拠だよ、大げさだって渋ったんですけど、説得して耳鼻科を受診させたら、軽度の無呼吸って診断されて。CPAPっていう、寝るときに着ける機器を導入することになりました」

結果は、本人がいちばん驚いたそうです。

「使ってみたら、朝の目覚めが全然違うって。昼間の眠気も減って。今では夫のほうから、あれのおかげで楽になった、ありがとうって言ってくれます。いびきって、ただうるさいだけじゃなくて、本人の健康の問題でもあったんだって、痛感しました」

息が止まるタイプのいびきは、放置すると本人の体に負担がかかります。うるさいから困る、という話を超えて、医療につなぐべきサインのこともある。これは知っておく価値があります。

録音という劇薬と、自覚させることの難しさ

いびき問題の出発点は、たいてい本人に自覚がないことです。だから、まず気づいてもらうところからになる。ナギサさんの録音は、その劇薬でした。

「翌朝、これがあなたのいびきだよって聞かせたら、彼、こんな音出してたのかって、本気で落ち込んでました。それをきっかけに耳鼻科に行って、鼻づまりが原因の一つだとわかって。鼻の治療と、寝る前のお酒を控えるのと、横向き寝で、かなりましになったんです」

ただ、彼女は注意も付け加えました。

「録音してよかったとは思うけど、やり方によっては、晒し者にされたって感じて喧嘩になってたかもしれない。責めるためじゃなくて、一緒に解決しようっていう空気で渡せたのが、たまたまよかっただけで」

太ったから、と体重を責めるのは地雷になりやすい。だから、一緒にジムに行こう、一緒に健康診断を受けよう、と誘う形に変える。問題を、彼ひとりの欠点ではなく、二人で取り組むことにする。自覚させることと、追い詰めることは、紙一重なんです。

私だけの夜を、二人の夜にできるか

いびきの話を集めて、ひとつわかったことがあります。これには、きれいな完治がない。録音で自覚させても、医療につないでも、痩せても、別室にしても、加齢や疲労やお酒で、また揺り戻すことがある。みんな口をそろえて、完全には直らない、と言っていました。

だから、ゴールは直すことじゃないのかもしれません。いびき問題が本当に問うているのは、音をどう消すかより、それまで片方が一人で抱えていた夜の負担を、二人の問題として分け合えるかどうか、なんだと思います。

ナギサさんが、別れ際にこんなことを言っていました。

「録音したデータ、今も時々二人で聞いて、昔はこんなだったねって笑ってるんです。完璧に消えたわけじゃないけど、もう私一人の悩みじゃない。彼も一緒に気にしてくれてる。それだけで、同じ寝不足の夜でも、ぜんぜん違うんですよ」

真夜中に一人で起きて、隣の幸せな寝息を聞いていたあの孤独が、二人で向き合う課題に変わること。いびきそのものは消えなくても、私だけの夜が私たちの夜になること。それが、この終わりのない問題における、たぶん一番の救いなのだと思います。

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