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浮気が本気じゃないなら、まだまし。その思い込みを、言った人と言われた人が裏切った

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浮気されたとき、せめて本気じゃなければ救われる。多くの人がそう思おうとします。身体だけなら、心はまだ自分のもの。逆に、本気で誰かを好きになられたら、それこそ立ち直れない。本気じゃないから大丈夫、という言葉は、する側もされる側も、どこかですがりたくなる呪文です。でも、この言葉を三つの違う立場の人にぶつけてみたら、その素朴な前提は、崩れていきました。同じ本気じゃないという一言が、立場によって、まったく別の意味を放っていたんです。

最初に会った38歳、会社員、マキさんは、その言葉を、言われた側の人でした。結婚十年目で、夫の浮気が発覚した。注文したお茶に手をつけないまま、彼女は当時の夫の言葉を、淡々と再現しました。

「相手とはただの身体の関係で、本気じゃない、ただのミスなんだ。夫は、そればっかり繰り返したんです」

目次

「本気じゃない」と言われて、なぜ余計に傷ついたのか

ただの遊びだ、と夫は繰り返した

マキさんは最初、子どものことを思って、許そうと努力したといいます。

「本気じゃないなら、心は私のところに残ってるってことだよね、って、無理やり自分を納得させようとしました。すがる気持ちで。でも、夫の携帯に残ってたメッセージとか、相手の女性から送られてた写真を見ちゃって。明らかに、夫もある程度の感情を持ってたんです」

そこで彼女の中の何かが、決定的に変わりました。

「本気だったんじゃない、っていう怒りも、もちろんありました。でも、それ以上に、不思議な感覚があって。本気じゃないって言葉を、私はぜんぜん救いだと感じられなかったんです。むしろ、その言葉自体に、すごく傷つけられた」

心は無事という慰めと、遊びで踏まれたという侮辱

なぜ、本気じゃないという慰めの言葉が、彼女を傷つけたのか。聞いていて、その理由が見えてきました。

本気じゃない、ただの遊びだ。これは一見、あなたへの愛は変わっていないという配慮に聞こえます。でも裏を返すと、こうも言っているんです。自分は、あなたを、家族を、遊びで踏みにじれる程度には軽く見ていた、と。

「そうなんです」マキさんが、はっきりうなずきました。「本気じゃないってことは、私との家庭を、遊びで壊しかけてもいい、その程度のものだと思ってたってことでしょう。本気で誰かを好きになって、抑えきれずに、っていうならまだ人間味がある。でも、たいして好きでもない相手と、ただの暇つぶしで、十年の結婚を危険にさらしたんだって思うと、私の存在って、それ以下なんだって。軽く扱われてることに、ぞっとしました」

本気じゃないという言葉は、被害者に二つのものを同時に手渡します。心は奪われていないという慰めと、あなたは遊びで裏切れる程度の存在だという侮辱。後者の刃は、思っているより深く刺さる。結局マキさんは、信頼を取り戻せず、離婚を選びました。

「本気じゃないなら、まだましだと思ってたんですよ、私も。違いました。本気じゃない浮気には、本気じゃない浮気の傷があるんです」

その言葉は、言った本人を守る呪文だった

本気じゃないから大丈夫、と自分に言い訳した

では、その言葉を言う側は、何を考えているのか。次に会った29歳、リョウさんは、まさにそれを口にした経験のある男性でした。同棲している彼女がいながら、別の女性と一夜を過ごしてしまった。

「彼女とは、当時セックスレス気味だったんです。それで、その場の欲求を満たしただけ。だから、自分にずっと言い聞かせてました。本気じゃないから大丈夫、これはただの事故だって」

その言葉は、誰に向けたものだったのか。

「今思えば、相手にじゃなくて、自分にですね。本気じゃないって唱えてると、自分の罪が軽く感じられるんですよ。心は彼女のところにあるんだから、これは浮気のうちに入らない、みたいな。自分を許すための、まじないみたいな言葉でした」

なぜしたの、に答えられなかった

ところが、その呪文は、長くは効きませんでした。

「翌朝、彼女がいつも通り、おはようって優しく挨拶してくれて。何も知らずに、何気ない会話をしてくるんです。その瞬間、本気じゃないっていう言い訳が、一気に崩れました。本気じゃなかったなら、なんで俺はこんな大事な人を裏切ったんだ、って」

リョウさんは、自分から打ち明けたといいます。そして彼女に、ある問いを突きつけられた。

「本気じゃなかったなら、どうしてそんなことをしたの、って聞かれて。僕、何も答えられなかったんです。完全に黙り込んでしまって」

ここに、本気じゃないという言葉の急所があります。それは加害者を守る呪文ではあるけれど、被害者の前では、たちまち嘘に変わる。本気じゃないなら、なぜしたのか。その問いに答えられないとき、本気じゃないは、罪を軽くするどころか、軽い気持ちで大事なものを壊した、というもっと惨めな事実を、むき出しにしてしまう。彼女は、信頼がなくなった、と言って去りました。

「軽い気持ちで、一番大事な人を失いました」リョウさんは、目を伏せて言いました。「本気じゃないって言葉に、いちばん騙されてたのは、僕自身でした」

本気か遊びかは、始めるときには決まっていない

身体から入ったのに、心を持っていかれた

三人目のサキさんの話は、また違う角度から、この言葉の幻想を照らしました。26歳、会社員、仮名。彼女は、本気じゃないつもりで始めて、本気になってしまった側です。

「当時、付き合ってる彼氏がいたんです。なのに、会社の先輩と、一度だけのつもりで関係を持ってしまって。ただの欲求で、ばれなきゃいい、本気になんてならない、って軽く考えてました」

でも、そのあとが、彼女の想定外でした。

「関係を持ったあと、先輩から優しいLINEが来たり、仕事でさりげなくフォローしてくれたりして。会うたびに、気持ちがどんどん大きくなっていったんです。身体から入ったはずなのに、気づいたら、心まで全部持っていかれてた。こんなはずじゃなかった、って」

感情は、自分で選べない場所で発生する

サキさんの体験は、多くの人が見落としている事実を突いています。本気か遊びかは、行為を始める時点では、決まっていないということです。

人は、これは遊び、これは本気、と最初にラベルを貼って始められると思っている。でも、感情はそんなふうにコントロールできません。繰り返し会って、優しくされて、特別だと言われると、脳は接触と好意を、勝手に愛着へと変換していく。本気にならないように遊ぶというのは、火に触れても火傷しないと決めるのと、同じくらい無理な話なんです。

「だから、本気じゃないから大丈夫、っていう前提が、そもそも間違ってたんですよね」サキさんは、疲れた声で言いました。「本気になるかならないかは、自分の意志で決められる場所にない。始める前は遊びでも、続けてるうちに、勝手に本気が生えてくる。今は、毎回会うたびに、甘い気持ちと罪悪感がぐちゃぐちゃに混ざって、精神的にもうへとへとです」

本気じゃないから大丈夫、という言葉は、感情の仕組みを無視した、危うい幻想の上に立っています。

「本気じゃないなら許せる」という物差しの嘘

本気で後悔しているほうが、信じられた

三人の話を突き合わせて、最初の素朴な前提が、完全に崩れているのに気づきました。本気じゃないなら許せて、本気なら許せない。この物差しが、そもそも壊れているんです。

取材の中で、別の男性から聞いた話が、これを裏づけていました。彼は妻に浮気されたけれど、許すことを選んだ。妻が、昔から好きな相手だったけれど今はあなたと家庭を大事にしたい、本気で後悔している、と真剣に謝ったからだといいます。

彼の言葉が、印象的でした。本気じゃなかったと言われていたら、かえって信用できなかった、と。本気で悔いている態度のほうが、信じられた、と。

つまり、本気か遊びかという軸と、許せるか許せないかという軸は、思っているほど素直に対応していません。本気の浮気でも、本気の後悔があれば信頼が戻ることがあるし、遊びの浮気でも、その軽さゆえに人を深く侮辱することがある。本気じゃないなら、まだまし。その公式は、現実の前ではあっさり崩れます。

確かめようのない問いから、人は降りられない

ここまで考えて、ひとつの場所にたどり着きました。被害者が本当に問うべきなのは、相手が本気だったかどうかではないのかもしれない、ということです。

本気だったか遊びだったかは、結局、加害者の心の中の話です。本人ですら、サキさんのように、よくわかっていないことがある。被害者には、ついに確かめようがありません。確かめられないものを問い続けるより、相手が自分という存在をどう扱ったか、その確かな事実だけを見て、去るか留まるかを決めるしかない。マキさんが見たのは、軽く扱われたという事実でした。あの男性が見たのは、本気で悔いている態度でした。判断の材料は、本気か遊びかではなく、そこにありました。

それでも、と思います。人はやっぱり、本気だったの、遊びだったの、と問い続けてしまう。確かめようのない問いだとわかっていても、その答えを知れば楽になれる気がして、囚われてしまう。マキさんも、別れ際にぽつりと言っていました。今でも時々、夫はあのとき本当に本気じゃなかったのかな、なんて考えちゃうんです、と。離婚して、もう関係ないはずなのに。答えの出ない問いから降りられないことこそ、浮気という裏切りが残していく、いちばん長い後遺症なのかもしれません。

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