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近寄りがたい男オーラは、直そうとするほど厄介になる。俺が笑顔をやめた理由

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鏡の前で、笑う練習をしていた時期がある。三十歳の頃だ。

近寄りがたい、怖そう、話しかけにくい。物心ついてから、この三つを何百回言われてきたか分からない。だから直そうと思った。原因は笑顔の少なさにあるらしい。ならば笑えばいい。単純な話だと思っていた。

洗面所で口角を上げて、その顔で会社に行った。三日で気づいた。事態は良くなるどころか、悪化していた。

同僚が、前より一段引いた目で俺を見るようになった。あとで一人にはっきり言われた。最近ちょっと怖い、と。無表情のときより、笑おうとしているときのほうが、怖いというのだ。俺は練習をやめた。あの三日で、たぶん大事なことを一つ理解した。

目次

笑顔を足すと、なぜ余計に不気味になるのか

これは、やってみた人間にしか分からない感覚だと思う。

元から柔らかい顔をしている人が笑えば、ただ感じがよくなる。ところが、壁のある顔に笑みだけを後付けすると、顔の中で情報が食い違う。目は硬いのに、口だけが動いている。この不一致を、相手は一瞬で見抜く。そして、無表情よりも不安になる。

目が笑っていない、という状態の正体

目が笑っていない、という言い方がある。あれは、目の筋肉の問題じゃない。俺の場合、そもそも笑う理由が内側になかった。楽しくもないのに口角だけ上げているから、目が置いていかれる。

つまり、表情という出力だけをいじっても無駄だった。入力のほうが動いていないのに、出力を偽装しているから、余計にちぐはぐになる。近寄りがたいオーラは、顔の表面をなぞって直せるものではなかった。これに気づくのに、俺は三十年かかっている。

そもそもオーラは、俺の持ち物ですらない

もう一つ、長く勘違いしていたことがある。

近寄りがたいオーラは、自分が発しているものだと思っていた。だから自分でなんとかできると信じていた。でも、よく考えるとおかしい。俺は何も発していない。ただ普通に、そこに立っているだけだ。無音で、無表情で、突っ立っている。

相手が勝手に、俺の顔に物語を書いている

眉間のしわを見て、怒っている、と読む。低い声を聞いて、不機嫌だ、と受け取る。目つきが鋭いから、何か企んでいそうだ、と想像する。全部、相手の脳が勝手にやっている補完だ。俺は素材を置いているだけで、そこに意味を書き込んでいるのは、俺じゃない。

これは半分きつくて、半分は救いだった。きついのは、自分ではどうにもならない部分で判定されているから。救いなのは、あれは俺の欠陥ではなく、相手の読み取りだと分かったからだ。近寄りがたさは、俺の性格に書いてある罪状ではない。他人が下書きした物語に、俺が勝手にサインさせられていただけだった。

同じ顔が、地域によって別の意味になる

面白いもので、この物語は、相手や場面によって中身が変わる。学生の頃、この顔は、友達ができない原因だった。就職してからは、女性社員に避けられる理由になった。ところが、営業で古株の取引先に回されたとき、同じ顔が、信頼できそう、という評価に化けた。

俺は何も変えていない。顔も、声も、態度も、二十歳の頃のままだ。読み手が変わると、同じ素材から正反対の物語が生まれる。だとしたら、この顔そのものに、いい悪いは、たぶんない。

一歩踏み込んでくる人間だけが、残る

長いこと、この壁を欠陥だと思って生きてきた。損な体質を引いた、と。ある時期から、少し見方が変わった。

声をかけてこなかった人の数を、俺は数えなくなった

若い頃は、避けられるたびに傷ついていた。飲み会で、周りが盛り上がっているのに、俺の半径一メートルだけ人が寄ってこない。その一メートルを、ずっと呪っていた。

でも、いつからか気づいた。この壁を越えてこなかった人たちと、仮に仲良くなれたとして、どうなっていたか。おそらく、表面だけの、浅い付き合いになっていた。壁がなければ、俺の周りには人がもっと集まっていたかもしれない。ただ、その大半は、俺という人間の中身には一切興味のない人たちだったはずだ。

壁は、欠陥じゃなくてフィルターだった

ある時、これはフィルターなんじゃないか、と思った。

近寄りがたいオーラは、人を選別している。感じのいい顔をしていれば、誰でも寄ってくる。その中には、失礼な人間も、こちらを軽く扱う人間も、当然まざる。俺の顔は、その大部分を入口で弾いている。俺の壁をわざわざ越えてくる人間は、少数だ。でもその少数は、共通して、見た目の印象だけで人を判断しない。一歩踏み込む手間を惜しまない。要するに、最初から、まともな人間だけが残る仕組みになっている。

性能の高いフィルターだと思う。効率は最悪だ。通過する人数が、あまりに少ない。ただ、通ってきた一人ひとりの質は、はっきり違う。俺がこれまで築けた数少ない関係は、全部、この壁を越えてきた人たちとのものだ。薄い付き合いが、そもそも発生しようがない。

妻は、俺の壁を越えてきた側だった

結婚して十年になる。妻とは、共通の友人の結婚式で会った。

後年、妻が笑いながら教えてくれた。最初は近寄りがたくて、話しかけるのが怖かった、と。披露宴の間、妻は少し距離を置いて俺を観察していたらしい。それでも、二次会で隣になったとき、意を決して話しかけてきたのは、妻のほうだった。

怖い、から始まった関係のほうが、崩れにくい

俺は昔から無口で、表情も乏しい。だから妻は、最初、俺を冷たい人間だと見積もっていた。低いところからのスタートだ。話すうちに、趣味の話や、家族のことを、ぽつぽつと伝えた。すると妻は、意外と温かいところがある人だ、と評価を上方修正していった。

ここが肝だと思う。妻の中の俺は、冷たいという地点から始まって、温かいへ向かって上がっていった。最初に低く見積もられていたぶん、あとは加点しかない。逆に、第一印象で愛想のいい人は、そこが天井になりがちだ。あとは減点されていく一方になる。近寄りがたい男の関係は、出だしが最悪なぶん、時間とともに良くなるようにできている。壊れにくいのは、そのせいだ。

今でも、その顔してる、と言われる

十年経った今も、俺のオーラは消えていない。妻には、またその顔してる、とからかわれる。無意識に眉間にしわが寄っているらしい。

昔は、それを直せないことに焦っていた。今は、直す気がない。妻がその顔ごと俺を分かっているから、直す必要がなくなった。俺の壁を越えてきた人間の前では、壁はもう壁として機能していない。ただの、俺の顔だ。

同じ壁を持つ相手とだけ、通じる回線がある

もう一つ、書いておきたいことがある。

俺の周りで、俺以外にこの壁を持っている人間は少ない。だが、たまにいる。そういう相手と会うと、奇妙なことが起きる。

警戒し合っているのに、なぜか安心する

以前、仕事で組んだ相手が、俺と同じ種類の壁を持っていた。無口で、目を合わせず、必要以上に喋らない。最初の数回は、お互い探り合っていた。空気が張り詰めていた。

ところがある日、雑談の流れで、昔きつい時期があった、という話に少し触れた。すると相手も、似たようなことを、ぼそりと言った。その瞬間、分かった。この人の壁も、攻撃のためじゃなく、防御のためにあるのだ、と。傷を負った人間が、また傷つかないために立てた壁だ。俺のと、同じ構造だった。

壁のある人間同士は、無理に踏み込んでこない。だから、安心できる。距離を詰めろと急かされない。お互いのオーラの意味を、説明なしで分かっている。あの回線は、たぶん、壁を持つ者同士にしか通じない。

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