金がないと、自信が持てなかった。
デートの会計のたびに申し訳なさが湧いて、プレゼントを渡す時に手が震えた。女性の表情を読んで、幻滅されてないか探った。
でも10年後、振り返ってみると、金のない時期にだけ見えていたものがあった。
金で人を選ぶ人間と、金がなくても寄り添う人間の違いが、あの頃の方がはっきり見えていた。
1000円のデートしかできなかった22歳―貧乏だったから残った思い出
吉祥寺の居酒屋。平日の夜、奈々は学生時代の恋愛を懐かしそうに語った。30歳、会社員。当時付き合っていた彼氏は、アルバイト掛け持ちで常に金欠だった。
「毎回1000円のデートだったんです。コンビニでおにぎり買って、公園で食べたり。映画行けない時は、図書館で同じ本を読んで」
奈々は今でもその日々を笑顔で話す。
「みじめだったかって言われたら、全然。工夫してたんです、あの子が。限られた中でどうするか考えて、手書きのデートプランを毎回作ってきてくれて」
奈々はそのメモを、今も捨てていない。
「高級レストランの思い出より、あの1000円のデートの方が細部まで覚えてる。金があったら生まれなかった創造性が、あの頃の彼には確かにあった」
彼とは就職後の環境変化で自然に別れた。奈々に後悔はない。
「金のない人間が価値ないとは、あの体験があるから絶対に思えない。ただ金のない時代を、どう過ごしたかだと思う。あの子は、ちゃんと過ごしてた」
貧しさが削ぎ落とす装飾、浮かび上がる人間性
金があると、金で解決できる。演出も、気遣いも、感謝の伝え方も、金が肩代わりしてしまう。でも金がない時、人間は本来の創造力と誠実さだけで立つことになる。その姿が、相手の目にどう映るかで全てが決まる。
奈々の友人、麻衣は32歳。彼女は逆の体験をした。
「金持ちの男と付き合ったんです。毎回高級レストラン、記念日はホテル。でも会話が浅くて、一緒にいるのに孤独だった」
麻衣は1年で別れた。
「金は確かに素晴らしい体験をさせてくれる。でも人間と繋がってる感覚が、全然なかった。今の彼氏、年収400万くらいで特別裕福じゃないけど、話が深くて一緒にいると満たされる」
麻衣は金を基準にしなくなった。
「一緒に頑張れるかどうかが基準になったんです。金は後から変わるし、人間性は変わりにくい」
努力しない姿勢という本当の致命傷
渋谷のカフェ。休日の午後、彩花は元彼氏への複雑な感情を語った。29歳、会社員。元彼の拓海は30歳、正社員だが給料は低く貯金ゼロだった。
「金がないこと自体は、別に気にしてなかったんです。でも誕生日プレゼントが数百円のものだったり、旅行の話をすると今を大事にしようって先延ばしにされたり」
彩花が疲れたのは、金のなさじゃなかった。
「改善しようとする気配がなかったんです。スキルアップしようとか、将来こうしたいとか、そういう話を一切しなくて。趣味には全振りして、私への投資は最小限で」
彩花は続けた。
「金がない状態を、ただそのまま維持してる人と、金がない今を通過点だと思って動いてる人は、全然違う。拓海は前者で、私はだんだん先が見えなくなってきた」
彩花は半年で別れた。
「今でも拓海のことは嫌いじゃないんです。優しい人だったから。でも一緒に生きていく相手としては、選べなかった」
金のなさが問題なのか、姿勢のなさが問題なのか
女性が「金のない男は無理」と言う時、多くの場合は金そのものへの拒否ではない。金のない状況を改善しようとしない姿勢への不信だ。この二つは全く別の問題だが、混同されやすい。
彩花の同僚、真由は27歳。彼女は明確にそれを言葉にした。
「金がない男が自信なくて卑屈になるのが一番しんどいんです。価値がないんじゃなくて、マインドセットの問題。自分で自分を価値なしと決めてると、こっちもそう感じてきてしまう」
真由は続けた。
「金のない自分を恥じながら付き合う男性と、金は少ないけど俺にはこれがあると胸を張れる男性は、全然印象が違う。前者と付き合うと疲れるんですよ、こっちまで申し訳ない気持ちになって」
収入が低くても家族が幸せだった理由―手取り20万の父親の話
調布の公園。休日の午後、百合は父親について語った。34歳、主婦。夫の誠は37歳、工場勤務で手取り20万ほど。
「派手な生活は全然できないんです。旅行も年1回行けたらいい方で、外食もたまにのファミリーレストランで」
でも百合は不満を言わない。
「毎週末、家族で公園に来てるんです。誠が子供の勉強を見てくれて、一緒にご飯を作って。お金はないけど、時間がある」
百合は以前、別の男性と付き合っていた。収入は誠より高かった。
「でもいつも忙しくて、記念日も仕事で来られなくて。お金はあったけど、一緒にいる時間が少なすぎて。孤独だった」
百合は誠を選んだ。
「誠が堅実で、ギャンブルもしないし、貯金の計画を一緒に立ててくれる。20万の中でちゃんとやりくりしてくれる安心感が、高収入の不安定さより大事だった」
百合は少し考えてから言った。
「でも子供が小学校に上がったら、もう少し稼いでほしいとは思ってる。今は十分でも、教育費を考えると現実がある。金が全てじゃないけど、全てじゃないとも言いきれない」
金のなさが露わにする、人間の別の価値
低収入でも長続きする関係には、金の代わりに何かが豊かだ。時間、誠実さ、創造力、情緒の安定。それが相手に伝わる時、金という物差しは別の物差しに置き換わる。
百合の母は、全く逆の道を歩んだ。
「父が高収入だったんですよ、うちの。でもいつも仕事でいなくて。母は孤独で、最終的に離婚して。お金があっても、それだけじゃ足りないって、母を見て学んだんです」
無職期間が人間関係を作った逆説
新宿のバー。金曜の夜、和樹は自分の過去を笑いながら語った。33歳、現在は小さな会社を経営している。数年前は無職で、親の援助で生きていた時期がある。
「金がなかった時、ちゃんと話を聞いてくれる人が本当の友達だって分かったんです」
和樹は無職期間に、金があった時代の人間関係が綺麗に整理された。
「奢ってもらえなくなった途端に連絡が減った人、金がなくても飯に誘ってくれる人。はっきり分かれた」
その時に繋がり続けた人間が、後のビジネスを支えた。
「起業した時、最初に助けてくれたのが、あの無職期間に残った人たちで。人脈の質が全然違った。金がなかったからこそ、本物と偽物が見えた」
和樹は続けた。
「金がない時期を、ただ恥じてる人間と、必死で動いてる人間は全然違う。俺は後者だったと思いたいけど、最初の半年くらいは恥じてるだけだった。でもある日、もういい加減に動くしかないって気づいて、そこから変わった」
金のない状態が教える、本質だけを見る目
金があると、金が作る環境の中で人と出会う。金がないと、金のない状態の中で誰が残るかを見ることになる。これは厳しい試練だが、同時に最も信頼できる人間を選別する機会でもある。
和樹の友人、浩二は35歳。彼はまだ収入が低い状態で、交際を続けている。
「彼女に申し訳なさを感じてたんですよ、ずっと。でもある日彼女が言ったんです。金がないことは今だけじゃないかって。今一緒に頑張れるかどうかを見てるって」
浩二は少し声を落とした。
「その言葉で、卑屈になるのをやめた。金がない自分を恥じるより、今何ができるかを考えるようにしたら、関係が変わった」
フリーランスが貧しい時期に見せたもの―知識と時間が金の代わりになった日
代官山のカフェ。週末の午後、裕一はフリーランスのライターとして食えていなかった頃を語った。36歳。当時の彼女から話を聞いたと言う。
「デートはいつも安い場所だったんですよ。高いレストランは行けないから、公園でコーヒー飲んで話すだけ、みたいな」
でも裕一には話があった。
「どんな話題でも深く掘り下げてくれるんです。音楽でも、映画でも、仕事の話でも。2時間があっという間で、帰り道がもったいない感じがして」
当時の彼女がそう語ったと、裕一は言う。
「経済力なくて最初は不安だったって言ってました。でも一緒にいるだけで落ち着いて、話を聞いてもらえる時間の質が違うって」
裕一は収入が不安定な時期、時間と労力を相手に使った。
「金をかけられない分、相手のことを考える時間が増えた。何が嬉しいか、何が好きか。調べて、覚えて、形にした。お金じゃない投資をしてたんだと思う」
裕一は今、収入が安定している。
「でも当時の方が、人に対する丁寧さがあったかもしれない。金が入ってくると、楽な方法に流れてしまうから」
金がない時代にしかできない投資の形
金がない時代、投資できるのは時間と誠実さだけだ。その投資が相手に届く時、金では作れない種類の信頼が生まれる。問題は、届かせようとしない人間と、届かせようとする人間の違いだ。
裕一の友人、大輝は30歳。彼は金がないことを卑屈に使ってしまった側だ。
「金がないからって、常に申し訳なさそうにしてたんです。デートのたびに、ごめんねしか言えなくて」
相手の女性は疲れた。
「謝られ続けるのが辛かったって言われた。価値がないって言ってるみたいで、こっちまで気が滅入るって」
大輝は後で気づいた。
金がないことは事実だった。でも金がないことを武器にして同情を引こうとしてたんですよ、無意識に。それが一番ダメだった。