君は悪くない。そう言われた側は、たいてい納得しない。むしろ、悪くないなら何が悪かったのかを一人で探し始める。今回は五人に、自分を責めるのをやめられた瞬間だけを聞いた。全員が、理由を知ってからではなかった。
平日の午後、私鉄の終点近くにあるチェーンの喫茶店で順番に会った。窓の外に自転車置き場があって、屋根が半分壊れている。最初のアカリさんは、三年付き合った相手から、月曜の朝に短い文面を受け取った側だ。
君は悪くない、と言われた側が始める作業
週末は普通に笑っていた
三十歳のアカリさんの別れは、前触れがなかったという。
「土日は普通でした。普通どころか、これからも一緒にいようねって言われてて」
そこから。
「月曜の朝に、ごめん、別れよう、って。それだけ。既読つけたあとで、意味がわからなくて三回読み直しました」
理由は聞きましたか。
「聞きました。将来が見えなくなった、君は悪くない。この二つを繰り返すだけで」
その後どう過ごしました。
「自分の言動を、片っ端から検証してました。最近甘えすぎたかな、とか。仕事の愚痴を聞かせすぎたかな、とか。誕生日にあげたもの、気に入ってなかったのかな、とか」
具体的すぎませんか。
「そうなんですよ。細かいところまで全部。夜も眠れなくて、既読がつかない画面を何回も開いて閉じて。あれ、今考えると異常な行動だったなって思います」
悪くないと言われると、逆に探し始める
これは五人全員に起きていた。君は悪くない、と言われた側が、そこから自分の落ち度を全力で探し始める。
理由が示されないと、人は空白を埋めようとする。埋める材料として最も手近にあるのが、自分の記憶だ。相手の内面はわからないが、自分の言動なら思い出せる。だから捜索範囲は自分側に限定され、必ず何かが見つかる。あの日の一言、あの態度、あの沈黙。
つまり、優しさとして差し出された君は悪くないという言葉が、結果として最も長い自己尋問を発生させている。
アカリさんの場合、数週間後に共通の友人から事情を聞いた。相手は半年前から転職を考えていて、遠方への転勤が決まっていた。
「一緒にいる未来が描ききれなくなったんだろうって聞いて。それで、私がもっと支えてあげればよかったって、また自分を責めたんですよ」
理由がわかったのに。
「わかったからです。私、支えられる立場だったのにやらなかったって話に変換して」
そこからどう抜けました。
「時間です、結局。あと、あの人が最後まで優しかったのは、私を傷つけたくなかったからかもしれないって思えた日があって。そこからちょっとずつ」
喧嘩がなくなった年に、もう半分終わっていた
三十四歳のケンタさんの別れ方は、正反対だ。
五年同棲した相手と、静かに別れた。
「喧嘩がほとんどなかったんですよ。特に最後の二年は穏やかで。仲が良くなったんだと思ってました」
違ったんですね。
「ある夜、彼女がぽつりと、喧嘩しなくなったよね、って言ったんです。俺が、そうだね、仲良くなったねって返したら」
なんと。
「期待の在庫が切れたから、って」
彼はそこで、少し笑った。笑い方が硬かった。
「あの言い方、今も忘れられないです。在庫って」
心当たりはありましたか。
「ありました。三年目の夜に、俺が靴下を脱ぎっぱなしにして、彼女が初めて黙って拾ったんですよ。それまでは必ず言われてたのに」
そのとき何か思いました。
「思わなかったです。楽になったなくらい。でも彼女は、注意するのも体力がいるって感じてたらしくて。同じ頃、俺も彼女の遅刻に何も言わなくなってて」
つまり。
「お互いに、直してもらう期待をやめたんです。二人とも。あれが分岐点でした」
荷物を運び出した日、彼は最後の二年は喧嘩しなかったねと言った。彼女は、うん、それが答えだったんだよ、と答えたという。
「五年目に壊れたと思ってたんですけど、違うんですよね。三年目の静かな夜に、もう半分終わってた」
要求をやめることは、関係が成熟した証拠にも、更新を放棄した証拠にもなる。見た目では区別がつかない。区別がつくのは、たいてい終わってからだ。
綺麗な言葉に、意味を求め続けた十年
四十二歳のユウコさんは、十年近く付き合った相手と、お互いのためにという形で別れた。
「好きな気持ちは残ってました。両方に。ただ、仕事の都合で遠距離になって、将来のビジョンが合わなくなって」
彼は何と言いましたか。
「嫌いになったわけじゃない、君のせいじゃない。何回も言われました」
どう受け取りました。
「希望を残しちゃったんですよ。まだ可能性があるのかもって。あの言葉があるうちは、完全には終わってないんだって」
いつ変わりました。
「時間が経ってからです。言葉じゃなくて行動を見るようになって」
具体的には。
「本当に愛してるなら、離れないんですよ。それだけです。どれだけ優しい言い方をされても、今そばにいないっていう事実の方が正しい」
彼女は少し間を置いた。
「綺麗に包装された別れの言葉に、いつまでも意味を求める必要はなかったなって。あれ、包装紙なんです。中身は別れなんですよ」
言葉と行動が食い違うとき、迷ったら行動を採用する。単純だが、当事者にはこれが一番難しい。優しい言葉の方が、聞いていて痛くないからだ。
自尊心の回復役をやらされていた人
二十四歳のタクヤさんの話は、少し毛色が違う。初めての交際相手に突然振られた。
「俺なんかやめときなよ、って言われて。本当は幸せになってほしい、とも」
どう受け取りました。
「自分がダメだったからだと思いました。当然」
そのあと。
「冷静になってから振り返ったら、あの人、本気で別れる気はなかったんじゃないかって思えてきて」
なぜですか。
「あれ、俺の、離れないよっていう言葉が欲しかっただけなんですよ。毎回そうでした。不安になると同じことを言って、俺が否定する。その繰り返し」
回数は。
「数えてないですけど、少なくとも七、八回はあります。一年ちょっとで」
彼は少し声を落とした。
「気づいたんです。俺、恋人じゃなくて、あの人の自尊心を回復させる装置になってたんだなって。毎回、不安を埋め合わせる役をやらされてた」
それに気づいて。
「もう自分を解放していいなって思えました。あの人が逃げたのは、向き合う器がなかっただけで、俺が悪かったからじゃない」
言い切れるようになるまで、どのくらい。
「一年半ですね」
何も起きなかった関係の、終わり方
二十七歳のミサキさんの話だけ、恋愛ではない。
学生時代からの親友と、自然に距離が開いた。
「喧嘩、ゼロなんですよ。ゼロなのに終わった」
きっかけは。
「就職です。生活のリズムが変わって、返信が遅くなって、会う約束が先延ばしになっていって」
自分を責めましたか。
「めちゃくちゃ責めました。私が忙しいって言いすぎたのかな、あの子の話をちゃんと聞いてなかったのかなって」
いつ抜けました。
「別の友達から、あの子も最近、自分の世界に入ってるみたいだよって聞いたときです」
それで。
「あ、両方だったんだ、って。私だけが離れたわけじゃなかった」
彼女はその後、こう考えるようになったという。
「関係が果たす役割を終えただけなんだなって。好き嫌いじゃないし、どっちが上とか下でもない。あの時点の二人が、もう同じ場所を見てなかっただけ」
追いかけなかった。
「追いかけなかったです。必要な準備が整ったときに、必要な人とはちゃんと繋がるので」
そう言い切れますか。
「言い切りたいんです、たぶん。言い切らないと、また探しに行っちゃうので」
五人とも、納得したから終わったわけではない
一通り聞き終えて、私が確認したのは、自分を責めるのをやめられたのはいつかという点だった。
アカリさんは、理由を知った後もしばらく責め続けている。ユウコさんは十年分の言葉を包装紙だと判定するまでに数年かかっている。タクヤさんは一年半。ケンタさんに至っては、いつやめたのかを答えられなかった。
「やめたっていう瞬間がないんですよ」と彼は言った。「気づいたら、あんまり考えなくなってた。それだけです」
つまり、納得が先に来て回復するのではない。生活が先に進んで、そのうち検証作業をする時間がなくなる。理解は、たいてい後から追いついてくる。
アカリさんが帰り際、鞄を持ちながら言ったことを書いておく。
「今も、あのとき何か言えてたら変わってたかも、って思う日はあります。月に一回くらい」
まだ責めていますか。
「責めてるっていうか、残ってるだけです。消えるものだと思ってたんですけど、消えないですね。ただ、前ほど痛くはないので」
窓の外で、誰かが壊れた屋根の下から自転車を引き出していた。金具が引っかかって、二回、大きな音がした。