これは浮気じゃない、と自分に言い聞かせながらスマホを握っている人へ。彼氏がいるのに他の男と毎日LINEしている人五人に会って、始まった瞬間と、終わった瞬間だけを聞いた。全員が同じ場所から入っていた。会話の量ではなく、返信を待っている時間の使い方だった。
聞き取りは平日の夜に分けて行った。一人目は仕事帰りに来て、席に着くなりスマホを裏返して置いた。その動作について後で聞いたら、癖です、と短く答えた。
通知が来ると胸が軽くなる、という状態
彼氏とのトークは、既読をつけるだけの作業だった
二十六歳のサヤカさんは、二年付き合った彼氏がいた。
「彼、仕事が忙しくて。会えるのは月に二回か三回でした」
連絡は。
「おはよう、お疲れ、おやすみ。ほぼこの三つです。返す内容もこっちが決まってるから、考えなくていい。作業でした」
きっかけになった相手とは、友人の紹介で知り合った。
「最初は、今度みんなでご飯どうですかって、その程度です。ほんとに」
いつ変わりました。
「気づいたら、なんですよね。朝の通勤で始まって、寝る前まで。数えたことがあって、多い日で八十通くらい」
内容は。
「くだらないですよ。今日のランチ何食べた、とか。仕事でこんなことがあってさ、とか。全部どうでもいい話」
それなのに。
「通知が来ると、胸が軽くなるんです。あ、来た、って。彼氏のトークを開くときとは、体の感じが全然違ってた」
会話の中身ではなく、待つ時間が変わっている
サヤカさんが繰り返し言ったのは、内容は本当にどうでもよかったということだ。同じことを、五人全員が言っている。
だから量で線を引こうとしても意味がない。判定できるのは、返信を待っている数十分をどう過ごしているかの方だ。
彼氏からの返事は、来たら見る。相手からの返事は、来るまで気になっている。この非対称が発生した時点で、すでに重みが移っている。当人はまだ、ただの話し相手だと説明できる段階にいる。説明できるからこそ止まらない。
バレる前に、体の方が先に反応している
画面を伏せた瞬間
サヤカさんの終わりは、彼氏の家で起きた。
「並んでテレビを見てたんです。そこに、今何してる? って来て」
どうしました。
「画面を伏せました。反射で」
そのとき彼氏は。
「誰? って。真横から」
言い訳をしたが、翌日には露見して大喧嘩になった。
「私、ただの話し相手だったのにって、何回も言ったんですよ。でも自分でわかってました。画面を伏せた時点で、もう終わってる」
伏せる必要がないなら伏せない。彼女の手が先に判定を下していて、口だけが数日遅れていた。
気分転換だから、と説明された側
三十歳のタクヤさんは、見てしまった側だ。
彼女が風呂に入っている間に通知が鳴り、画面が目に入った。知らない男性の名前で、朝から晩までトークが続いていた。
「おはよう、今日も頑張ってね、夜は空いてる? みたいなのが並んでて。ハートのスタンプと、すき、って言葉も」
彼女の説明は。
「昔からの友達で、仕事の愚痴を聞いてくれるだけ、って。それで、毎日これだけ細かく連絡する必要があるのかって聞いたら」
なんと。
「彼氏とのLINEは決まってるし、こっちは気分転換だ、と」
彼はそこで一度、コップの水を全部飲んだ。
「気分転換のために他の男と甘い言葉を交わすのかって。あの一言で、信頼が完全に切れました」
別れを切り出したとき、彼女は泣きながら、本気じゃなかった、ただの承認欲求だったと謝ったという。
「その言葉が、余計にきつかったんですよ。本気じゃないなら、なんで俺が一年半かけて作ったものを、承認欲求のために使うんだって」
後日、共通の友人から、別れたあとも同じことを繰り返していると聞いた。
相手役にされた側から見えていたもの
二十四歳のユウキさんは、逆の位置にいた。
バイト先で知り合った少し年上の女性と、LINEを始めた。
「向こう、最初から彼氏がいるって言ってきたんです。正直に」
それでも続いた。
「深夜まで話してました。仕事の愚痴とか、趣味の話とか。彼氏は忙しくて話を聞いてくれない、束縛がきつくて息が詰まる、って何度も言われて」
どう返してました。
「優しく返してました。俺なら聞くよ、みたいな。今考えると、そう返させる話ばっかりされてたんですけど」
会う約束もしたという。
「何回か。でも直前で、やっぱり今日は彼氏と、ってキャンセルされる。それが三回くらい続いて」
終わりは。
「突然です。やっぱりダメ、彼氏を大事にしたい、って来て、それきり」
あとでバイト仲間から、彼女が複数の男性と同じやり取りをしていたと聞かされた。
「承認されたいだけなんだよ、あいつって言われて。まあ、そうなんでしょうね」
彼はそのあと、少し笑ってから続けた。
「最初からわかってたはずなんですよ、俺も。彼氏がいるって聞いてたんだから。ただ、毎日返信が来るってだけで、自分は特別なんだって勘違いした。あれ、向こうの技術じゃなくて、俺が勝手にやったことです」
ここが、この構造のいちばん厄介な部分だ。特別扱いされているという実感は、相手が与えているのではない。頻度という材料だけを渡されて、意味づけは受け取った側が自分で作っている。だから騙されたとも言い切れず、誰にも怒れないまま終わる。
一度で終わらない人がいる
二十七歳のミオさんは、親友を近くで見ていた。
「彼氏がいるのに、合コンで会った人と毎日やってて。最初は私も、ただの友達なんだろうって信じてたんです」
いつ変わりました。
「スタンプの頻度と、長文の量ですね。あと、夜中に何往復もしてるのを見て。あ、これ違うわって」
親友の説明は。
「彼氏は仕事ばっかりで寂しいから、話し相手がほしいだけ、って。何度言われても同じ台詞でした」
結局、彼氏に知られて大泣きで電話がかかってきた。なんでこんなことしちゃったんだろう、と繰り返していたという。
「もうやめたほうがいいって言いました。本人も、うん、って」
そのあとは。
「数ヶ月後に、また別の人と同じことを始めてました」
止めましたか。
「言えなかったです。あの子が自分で、癖みたいになってるのかもしれないって言ったので。誰かに反応してもらわないと不安になるって」
同じ形が繰り返されるとき、原因は相手の魅力ではない。空いた時間帯に、決まった刺激を入れる習慣が体に残っている。相手は入れ替え可能な部品で、だから一人終わっても、また同じ位置に別の人が入る。
自分で止めた人が、やったこと
二十八歳のエミさんは、この取材で唯一、露見する前に止めた人だ。
「彼氏とマンネリになって、会話が減ってた時期でした。職場の同僚と、最初は業務連絡だけだったんですよ」
どこから変わりました。
「今日の夕飯何食べた、って送ったときですね。あれ、業務じゃないなって自分でも思ったのに、送っちゃって」
彼氏には。
「同僚だからって説明してました。嘘ではないので」
止まった瞬間は。
「夜中に、会いたいなって送っちゃったんです。送信した直後に、うわ、って。血の気が引いて、その夜は眠れませんでした」
翌日から。
「意識的に減らしました。既読をつけるのを遅らせて、返信を短くして。あと、彼氏と会う日を先に決めて、予定を埋めた」
うまくいきましたか。
「連絡は減りました。でも」
でも。
「あのときの、誰かが自分を待ってくれてるって感覚は、今でもたまに思い出します。消えてないです」
彼女はそこで、少し困った顔をした。
「ただの寂しさだったんですよね。それが毎日の習慣になっちゃって、止めるのがすごく難しかった。悪いことをしてるつもりが、最後までなかったんですよ。それが一番怖い」
誰も、最初は何もしていない
五人の話をつなげると、始まりに悪意はひとつもない。紹介、バイト先、合コン、業務連絡。全部、普通の入口だ。
変わっていくのは、彼氏と過ごす時間の使い方の方だった。サヤカさんはテレビを見ながら次の通知を待っていた。ミオさんの親友は、彼氏の隣で長文を打っていた。関係が薄くなったから外に向かったのではなく、外に注意を割いた分だけ、内側が薄くなっていく。
サヤカさんは彼氏と別れ、その相手との関係は続いた。今どう思っているか聞いた。
「寂しさを埋めるために、相手の反応を求めてただけだったのかもしれない、とは思ってます」
後悔していますか。
「してるかどうか、まだ決められてないんですよ。あの人と続いてるから、間違いじゃなかったって言いたい気持ちもあるし。でも、あの二年を捨てた理由が、通知の音だったって考えると」
彼女はそこで黙って、裏返したままのスマホを見た。画面は伏せられていて、光っているかどうかは、こちらからはわからなかった。