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引きずる男の特徴は、未練の深さじゃなかった。平気な顔で忘れていない人たちの話

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つき合っている人が、まだ前の恋を抱えている気がする。あるいは逆に、別れた彼が自分のことを少しでも覚えていてほしいと願っている。入り口が正反対でも、たどり着く疑問はだいたい同じところに落ちる。男はどのくらい引きずるのか。引きずっている人は、外からどう見えているのか。

半年かけて五人に話を聞いた。わかったのは、思い出の量と未練の長さがまったく比例しないということだった。むしろ、いちばん長く抱えていたのは、別れの場でいちばん静かだった人たちだ。

平日の夜八時、神保町の路地裏、地下に降りていく喫茶店。換気の悪い店内はコーヒーの焦げた匂いと、誰かが吸っていた煙草の残り香が混ざっていた。Rさんは運ばれてきたアイスコーヒーの氷をストローで沈めながら、最初の十分、元カノという単語を一度も出さなかった。かわりに転職の話をした。年収が八十万上がったこと、部下が三人に増えたこと。私が本題を切り出すと、氷を回す手だけが止まった。

目次

深夜一時四十分、彼のスマホに映っていたもの

画面の明るさで目が覚めた

最初に会ったのはKさん、28歳。つき合って半年の彼がいる。

あの夜、と彼女は言った。眠りが浅くて、顔の横がやけに明るくて目が覚めたんです。彼が横向きでスマホを見ていて、画面には見覚えのないアカウントのプロフィール。指がすっと動いて、すぐ暗くなりました。時刻だけ覚えてる。一時四十分。次の日、洗面所で歯を磨きながら、なんであの数字を覚えてるんだろうって思って、それが気持ち悪かった。

彼女はそこで一度、アイスティーの氷をかき混ぜた。

それから三日後に、自分でそのアカウントを探し当てました。フォロワー六百二十人。プロフィール写真は海辺。二年前の投稿でぱたっと止まってる。多い日で十一回見ました。仕事の合間、トイレ、寝る前。彼が見ているのが嫌なのに、私のほうが回数は多かったと思う。笑っちゃうくらい惨めでした。

泣いてもいない自分が、なぜか比べられた

決定的だったのは、と彼女は続けた。

彼が酔って帰ってきた夜に、ソファでぽつりと言ったんです。前の彼女はこういう時すぐ泣いてたんだよな、って。私は泣いてないんですよ。何なら怒ってもいなかった。なのに、いま採点されたなって感じがして、胸のあたりがざわっとした。あの一言が刺さったのは、比べられたからじゃないんです。彼の頭のなかに、まだ物差しとして彼女が残ってたから。物差しって、しまってあるだけじゃ意味がない。取り出して使ってるってことでしょう。

後日、共通の友人に確かめた。返ってきたのは、あいつ別れたあともしばらくあの子の近況を聞いてきたよ、という一言だった。切り替えが早い男に見えていた。実際は音を立てずに引きずっていただけだった。

振った側のほうが長く残る、という逆さま

二十一日連続で飲み歩いた理由

Rさん、34歳。別れを切り出したのは自分のほうだ。

十一月の火曜、駅の改札前でした。三分で終わった。相手が泣いて、僕が黙って、じゃあ、で解散。その日から二十一日連続で飲みました。数えてたわけじゃなくて、あとでカレンダー見返したらそうだった。カラオケで朝まで、始発で帰って、シャワー浴びて出社。四キロ痩せました。友達には、もう平気、って言い続けてた。実際そのときは本当に平気だったんですよ。忙しくしてれば何も来ないので。

問題は、忙しさが切れたあとだった。

感情には後払いがある

彼を取材していていちばん引っかかったのは、感情の請求書が遅れて届くという言い方だった。

別れの場で泣かなかった分を、あとで払わされるんです。しかも利子がついてる。僕の場合、七ヶ月後の夏でした。友達の結婚式の二次会で、自分でも驚くくらい自然に、そういえばあの子元気?って聞いてた。相手が、彼氏できたらしいよ、って答えた瞬間、グラスの水滴が指を伝ったのを妙に鮮明に覚えてる。顔は笑ってました。トイレの個室で五分くらい座ってたけど。

その場で泣いて、みっともなく取りすがった男のほうが、実は先に終わっている。別れの現場で感情を全部置いてきたからだ。逆に、格好よく退場した人ほど支払いが残る。振った側だから未練がないというのは、たぶん順番が逆だ。

新しい相手がいても、ふとよぎる

新しい彼女ができてからも消えなかった、と彼は言った。

これ最低なんですけど、前のほうが良かったかもって頭をかすめる瞬間があるんです。今の子が悪いんじゃなくて、比べる癖が抜けてない。連絡はしません。したいと思ったことは何度もあるけど、今さら送って冷たく返されたら立ち直れる気がしないので。プライドっていうか、たぶん怖いだけです。

あっさり受け入れた男が、いちばん抜けない

わかった、の四文字で終わった別れ

Mさん、25歳。相手は感情をほとんど表に出さない人だった。

別れ話はファミレスでした。メロンソーダを頼んだのを覚えてる。全部言い終わったら、彼は、わかった、って。それだけ。引き止めもしないし理由も聞かない。伝票を持って立って、財布から千円札を二枚出して、ありがとう、って言われました。二時間かけて話す覚悟で行ったのに、十五分で終わった。帰りの電車で、なんで私が泣いてるんだろうって思いました。

終わらなかった会話が、いちばん長く残る

一年二ヶ月後、共通の知り合い経由で彼の言葉が届いた。引き止めてほしかった、何か言ってほしかった、と。

その頃の彼は、私と別れた時期の話題を露骨に避けてたらしいです。あの年の秋の話になると席を立つ、みたいな。でも私の近況は探ってた。新しい人とつき合っても無意識に比べる癖が抜けなくて、しばらく恋愛に前向きになれなかったって聞きました。ずるいですよね。その一言を、私に直接言えばよかったのに。

引きずる男の話を集めていると、忘れられないのは相手そのものではないと何度も思う。残高として残っているのは、言えなかった一言だ。人は完結した話を覚えていられない。途中で切れた会話だけが、頭のなかで何年も続きを探す。だから、きれいに終わった恋ほど早く消えて、途中で電源が落ちた恋ほど長く点滅し続ける。

元カノを悪く言う男は、まだ終わっていない

重かった、を繰り返す彼

Yさん、23歳。つき合った彼は、元カノの話をやたらとした。

重かった、メンヘラだった、束縛がひどかった。最初は、運が悪かったんだねって同情してたんです。かわいそうだなって。でも三ヶ月くらいで気づきました。悪口を言う頻度が、多すぎる。もう何とも思ってないなら、そんなに話題に出ないはずでしょう。

そして、彼女自身の変化が始まった。

返信が来なくなったんです。既読だけついて、一日に三回スルーされる日もあった。送ったメッセージを取り消して、また打ち直して、また消して。鏡の前で、怒ってない顔の練習をしてました。声を荒らげたら重い女になるから。気づいたら、前の子と同じ役をやらされてた。彼が誰かを不安定にする側だったんだって、そこでやっと理解した。

別れ際に彼がこぼしたのは、また次もそうなるんだろうな、という一言だったという。過去の相手をまとめて悪者にしておけば、自分は何も直さなくていい。悪く言うほど手放せていないというのは、たぶんそういうことだ。

十九年たっても、数年に一度襲ってくる

トリガーは、柔軟剤の匂いだった

Tさん、41歳。既婚、子どもが二人いる。話を聞かせてほしいと連絡したら、妻には言わないでほしいと最初に釘を刺された。

24のときに八ヶ月つき合った子がいます。うまくいかなくなって、自分から返信を三週間止めた。それで自然消滅。ひどい別れ方をしたのは僕のほうです。

普段は思い出しません。仕事も家庭もある。でも数年に一度、来るんです。きっかけは決まってて、ある柔軟剤の匂い。すれ違いざまに嗅ぐと、あ、と思う。その日から二週間くらい、ずっと頭のなかで当時の会話をやり直してる。もっとちゃんと向き合えばよかったって。夜中にコンビニまで歩いて、駐車場で缶コーヒー飲んで、それでも収まらない日もある。息が浅くなって、生きてるのがしんどくなる瞬間があります。子どもの寝顔を見ながらそれを考えてる自分が、いちばん嫌だ。

結果で覚える人と、時間で覚える人

彼は自分の癖をこう説明した。

僕は何でも結果で記憶するタイプなんだと思います。仕事もそう。あの案件を落としたのは自分の判断ミスだった、って十年前のことをまだ持ってる。恋愛も同じで、うまくいかなかった事実じゃなくて、自分が下した決断のほうを何度も見返してしまう。楽しかった時間を懐かしんでるわけじゃない。判定を蒸し返してるだけなんです。

だから終わらない。過ぎた時間は薄れるけれど、自分が下した判断は消えずに残る。

読者が実際に知りたがっていること

引きずっている男を見抜くサインはあるか

取材から拾えた共通点は五つある。酒が入ると元カノの話が出る。普段は何とも思っていないと言い切るのに、アルコールが入ると、今どうしてるかな、元気かな、と口にする。そして自分からは連絡しない。次に、悪く言う頻度が高い。それから、比較の物差しとして持ち出す。共通の知人経由で近況を探る。最後に、別れた時期の話題だけ器用に避ける。

外から見て切り替えが早い人ほど、実は現場で感情を払っていない。派手に落ち込んだ男より、涼しい顔で仕事に打ち込んでいる男のほうが、あとから効いてくる。

やめたいと思った瞬間はあったか

Rさんの答えは具体的だった。SNSを見に行く指の動きが、無意識になってると気づいたときです。改札を通る動作と同じで、考えてない。あれが怖くて、アプリを消しました。三回インストールし直しましたけど。

Kさんの場合は、彼の元カノのフォロワー数を暗記している自分に気づいた朝だった。

生活や仕事はどう変わったのか

Rさんは半年で体重が四キロ落ち、飲み代が月に八万を超えた月もあったという。Mさんは一年ほど新しい恋愛に踏み出せず、休日は資格の勉強に逃げた。Tさんは表向き何も変わっていない。年収も上がったし、家も建てた。変わっていないように見えることが、たぶんいちばん厄介なのだと本人が言っていた。

周囲の反応はどうだったか

友人からは、もう忘れただろ、と言われ続けたと全員が答えた。忘れたことにしておくほうが会話が早い。だから彼らは、忘れた顔を覚える。周りが完結したと思っている時期に、本人のなかでは続きが再生されている。

答えの出ていない話

Kさんは、いまも彼と別れていない。

一度だけ、正面から聞いたそうだ。まだ見てるでしょう、と。彼は否定しなかった。かわりに、見てるけど戻りたいわけじゃない、と言った。信じたかと聞くと、彼女は長く黙って、氷の溶けたグラスを両手で包んだ。

信じてはいます。でも私も、まだそのアカウント見てるんですよ。月に二回くらい。彼が見てるのが嫌なのに、自分もやめられない。二人とも同じことをしてる。それって、おあいこなのか、共犯なのか、私にはまだわからなくて。

店を出ると雨が降っていた。傘を持っていない彼女は、駅までの三分を小走りで行くと言って、途中で一度だけ振り返った。何か言いかけて、やめた。答えの出ていない話を、答えが出ないまま持ち歩いている人の顔だった。

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この記事を書いた人

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