迷ったらワンピース、と誰もが言う。それでも前日に鏡の前で固まる。落ちたときに、服のせいだったのか会話のせいだったのか、教えてもらえないからだ。十二人に会った。服で決まった話はほとんど出てこなかった。出てきたのは、座った瞬間に裾を押さえた四十分と、写真と違う人だと思われた一分の話だった。
土曜の午前、都心のホテルのラウンジ。天井が高く、話し声が上へ抜けていく。椅子は深く沈み、座ると膝から下が丸ごと視界に入る。照明はほぼ真上。三時間で六組を数えた。男性は全員スーツかジャケット。女性は淡い色のワンピースが四人だった。
制服にしてしまった人
考えなくて済む一着
美咲さん、二十八歳。相談所に入ってすぐ、仲人から言われた言葉があるという。
お見合い服は制服化したほうがいい、って。
その意味は。
毎回違う服で自分を説明するより、同じ輪郭で会話に集中しなさい、っていうことでした。
実際どうしたのか。
フェミニンな一着で、何回も乗り切りました。プチプラです。高くないけど、きちんと見える。
効果はあったのか。
あります。前日に悩む時間がゼロになりました。その分、話す内容を考えられます。
年代で変わるもの
年代による違いも聞いた。
二十代は、パステルのフィットアンドフレアが多いです。すっきりしたデザイン。
注意点は。
かわいすぎると、年上が多い場だと幼く見えます。そこは何回か失敗しました。
三十代はどうなるのか。
シンプルできれいめ、少し華のある上品さ、って言われます。四十代だと、質感のいいシンプルとか、ナチュラルとか。
色の話も出た。明るいベージュ、落ち着いたピンク、白、ネイビー、ライトブルー、ラベンダー。
花柄は小さめで控えめにしてます。大きなリボンとフリルが多いのと、甘すぎるピンクは、年齢によっては幼くなるので。
ブランドについても指摘があった。
ロゴが全身に出てると、結婚したらお金がかかりそう、って読まれることがあるらしいです。だから、ロゴが目立たない上品さに抑えてます。
カジュアルすぎず、かしこまりすぎず。デニムとスニーカーはマナー違反と書かれる場もある。
シワとヨレは、座って立ち上がった瞬間に見られます。あれが一番怖いです。
彼女はもう一つ、興味深いことを言った。
ドレスみたいに頑張りすぎるのも、ジーンズで力が抜けすぎてるのも、同じことを言われるんですよ。場を読んでない、って。
座った瞬間に、別の服になる
鏡の前ではちょうどよかった
香織さん、三十三歳、営業。
膝丈のワンピースを買ったんです。鏡の前でちょうどよかったので。
当日はどうだったのか。
カフェの椅子に座ったとき、太ももの見え方が想像より上でした。
その後どうなったのか。
会話より先に、手元で裾を押さえてる自分がいました。四十分ずっとです。
内容は覚えているのか。
覚えてないです。裾のことしか考えてなかったので。
あとから言われた言葉が、彼女には効いたという。
立ってるときと座ってるときは、別の服なんだよ、って。
胸元も同じだった
胸元についても同じ話が出た。
前かがみで資料を見る動作があるじゃないですか。あれで開いた印象になるんです。
女性らしさと露出は別だ、と繰り返し言われるという。
開きと、フィットと、短さです。この三つが揃うと、結婚相手として落ち着かない、って感じられやすいらしくて。
夏の失敗も聞いた。
カットソーの丸首を着ていったんです。レースはついてました。
反応は。
男性からはTシャツに見えたみたいで。普段着で来た、って読まれました。
何に変えたのか。
コットンレースとか、軽いポリエステルです。白、水色、ラベンダーの涼しげな一枚のほうが、上下を組み合わせるより暑苦しくないんですよ。
足元と小物についても話が出た。三から五センチのベージュのパンプス。小ぶりのバッグ。大きすぎるバッグとサンダルは、ワンピースの上品さを削る。アクセサリーは一点か二点で、小ぶりのパール。
細かいものが、服の主張を代弁するんです、と彼女は言った。
写真と、当日が違うとき
写真で着た服と当日が違うと、イメージと違う、が先に来る。この話は何人からも出た。
写真のイメージで会うって決めてる人がいるんですよ、と相談所の担当者が言った。
男性側の徹底も聞いた。
スーツもシャツもネクタイも、写真と同じにする人がいます。真夏でも変えない。あれは効きます。
女性側にも同じ案内をするという。
写真の輪郭を崩さない一着が無難です。統一って、誠実さの翻訳なんですよ。
逆のパターンもある。
写真が盛れすぎてると、当日の地味さが裏切りに見えます。
盛る側と見る側で、求めているものが違う。
盛る側は、きれいでありたいんです。見る側は、継続する人柄を服に探してます。継続に見える服って、派手な成功じゃなくて、同じ温度の繰り返しなので。
花柄の強制と、自分の服
いまでも時代錯誤の助言に出会う人がいる。
絶対に花柄ワンピースで、ゆるふわ巻きで、手土産に手作りのお菓子、って言われました、と三十代の女性が話した。
従ったのか。
一回だけ従いました。自分じゃない感じがして、その日はうまく喋れなかったです。
無理に花柄を選ぶ必要はない、というのが相談所側の見解でもあった。
ただ、最初からゴスロリ全開も、一回勝負にはリスクが高いです。強い個性は仮交際以降に、様子を見ながら出したほうがいい。
別の方向で成功した人もいる。
ビタミンカラーのオレンジにしました。黄色のときもあります。
その狙いは。
一緒にいて楽しそう、会話が弾みそう、を出したかったので。
相談所の担当者は、こうも言っていた。
定番があなたに合うとは限らないです。服装もLINEも仮交際の進め方も、全員に同じ正解を当てはめないほうがいい。
当てはめすぎた制服ワンピースは、安心と同時に自分が消える。消えない範囲の淡さ、というのが現場の妥協点になっていた。
失敗が、別の場では通った
チュニック事故の話も聞いた。
パーティーに着ていく服がなくて、急いで買ったんです。ワンピースだと思ってたら、チュニックでした。
どうしたのか。
下のパンツが丸出しのまま、凌ぎました。座り方を工夫して。
結果は。
参加してた男性の八割から申し込みが来ました。人生でいちばんのモテ期だったかもしれないです。
彼女はそう言って笑った。ただし、これは正式なお見合いの膝下マナーとは別の空気だ。
別の空気だと、失敗が親しみに翻訳されることがあるんですよ。翻訳されない場だと、同じ丈が、品がない、になります。
場を読むというのは、服のデザインより先に、どのテーブルに座るかの問題だった。
服装だけで、断られ続ける人
岩盤浴の隣で聞いた、という話も出た。四十七歳の男性のケースだ。
全身ドラえもんなんです。ワンポイントじゃなくて、ドーンと。帽子もバッグも。
その格好で見合いに行くのか。
行きます。それで、その服装は失礼です、ってはっきり言われて、毎回断られてるらしくて。
条件は悪くないという。都内にマンションが二室。身長も見た目も性格も悪くない。
来るけど断られる理由が、服なんです。
本人はどう言っているのか。
ドラえもん以外は嫌だそうです。オーダーもするらしくて。面白いと思える人じゃないと、って。
周囲の反応は割れている。もったいない、と本人に言う人もいれば、その姿勢を受け止める人もいる。
条件を並べて会う前に切るより、まず会うほうがいいと私は思ってます。ただ、服が第一印象の全部じゃなくても、門にはなるので。
門で落ちる人と、門の内側で話が始まる人がいる。ワンピースの淡さは、その門を通るための通行証として機能していた。
通行証を嫌う人は、自分のキャラで門を壊す。壊した先に、その服を面白いと思う人がいることもある。いないこともある。いない場では、最低ではなく、失礼、と呼ばれる。
デートの一枚と、見合いの一枚
付き合う前の三回目に、初めて髪を巻いてワンピースを着ていった二十七歳の話も聞いた。
嬉しかったのは、似合うね、じゃなかったんです。
何だったのか。
今日のために早めに準備してくれたんだね、って言われたことです。
その違いは何か。
見た目の変化は誰でも気づくんですよ。何を着るか迷って、早く起きて、鏡の前で確認した時間まで受け取ってもらえるかどうかで。
評価ではなく、好意に気づいてもらえた瞬間が残ったという。
お見合いのワンピースは、その準備を、まだ好きでもない相手の前で行う服だ。
好きでもない人に、ご両親に出せる丈で座るんですよ、と彼女は言った。
その矛盾が、場の緊張になる。緊張のまま笑顔を作る。接客モードのまま全員から仮交際希望が来て、それが苦しくなる話とも地続きだった。
家に帰ってもワンピの姿勢ではいられないです。当日の服って、家の服じゃないので。
彼女が最後に言ったことが、この取材の一つの答えに近かった。
家の服じゃないことを、忘れない相手が残りました。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
何を基準に選ぶのか
座っても安心な丈。顔まわりが明るく見える色。ラインを拾いすぎない形。写真と同じ温度。ロゴを消す。花柄を小さくする。夏はTシャツに見えない素材。十二人の話で挙がったのはこの七つだった。
何を確認しておくのか
椅子に座って確認する、というのが最も具体的だった。立っているときと座っているときで、別の服になる。見合いの本体は、会釈する一分ではなく、座って話す四十分のほうだ。
ご両親に紹介されても違和感がないか
これを物差しにしている人が複数いた。判断に迷ったとき、いちばん早く結論が出るという。
制服化していいのか
会話に集中できる、という利点がある。一方で、自分が消えるという声もあった。消えない範囲の淡さ、が現場での折り合いだった。
服で結果は変わるのか
変わらない、というのが取材の実感だ。服が決めるのは、話を始める席に座れるかどうかまで。座ったあと、ワンピースの印象は四十分で薄れる。薄れたあとに残るのは、話し方と、相手の話を置ける余白のほうだった。
同じ一着のまま
美咲さんに、いまも同じワンピースを着ているのか聞いた。
着てます。もう十四回目です。
飽きないんですか、と聞いた。
飽きます。ただ、服を変えても結果が変わらないのが、途中でわかったので。
何を変えたのか。
断られ方と、話し方です。
具体的には。
前は、断られると、あの服だったからかなって考えてました。今は考えないです。かわりに、あの日の四十分で何を話したかを思い出します。
それで何か変わったのか。
わからないです。まだ決まってないので。ただ、着替える時間が減ったぶん、思い出す時間が増えました。
彼女はコーヒーを飲み干して、時計を見た。
変えられるのは生地じゃないんですよ。座ったあとの四十分だけです。
ラウンジの奥で、また新しい一組が席に着いた。女性は淡いベージュのワンピースだった。美咲さんはそちらを一度だけ見て、視線を戻した。何も言わなかった。