真面目で、時間を守って、誰からも信頼されている。付き合う前は最高の条件に見える。それなのに、なぜか一緒にいて息が浅くなる。あるいは自分がその優等生の側で、なぜ恋愛だけうまく回らないのかわからない。ちゃんとしている人は、ちゃんとしていない時間をどこへ捨てているのか。六人に話を聞いた。捨て場所は、だいたいひとつだった。
土曜の午前11時、大学の近くにある古い定食屋の二階。畳の上にテーブルが四つだけ置いてあって、階下から油の匂いが上がってくる。窓が開いていて、外の道を自転車が通る音がする。リョウさんは約束の時間の十二分前に着いていた。彼女の話をしに来たのに、まず自分が時間に厳しくなった話から始まった。
予定を効率的に組みたがる人と、休日を過ごす
デートに、所要時間が書かれていた
リョウさん、29歳。二年つき合った相手がいる。
最初のデートで、彼女がスマホのメモを見ながら喋ってたんです。何を見てるのか聞いたら、見せてくれた。11時に美術館、13時に昼食、15時にカフェ、って時間が入ってて。移動時間まで書いてあった。
しっかりしていて安心した、というのが第一印象だったという。
実際、待ち合わせに遅れたことが二年で一度もないです。三分前には必ずいる。連絡もマメで、既読が三時間つかないみたいなことがない。安心感はすごかった。
予定が空くと、彼女の顔が曇った
苦しくなり始めたのは、何もしない休日だった。
雨の日曜に、家で映画でも観ようって言ったんです。そしたら彼女、二本立て続けに観ようって言い出して。しかもレビューを調べて、評価の高いやつを選んで。
それのどこが問題なのか、と私は聞いた。
だらだらできないんですよ。休むのにも成果を求めるっていうか。俺が昼寝しようとしてソファに転がったら、彼女、急に不安そうな顔したんです。何かしなきゃ、って口の中で言ってた。あれを見てから、俺が休むと彼女が緊張するんだなって気づいて、俺も休めなくなった。
感情を出さない人と、喧嘩ができない
冷静な話し合いが、二時間半続く
タクミさん、33歳。相手は学生時代からずっと成績優秀で、周囲からは真面目でいい子だと言われ続けてきた人だった。
喧嘩になっても、絶対に声を荒げないんです。感情的にならずに、じゃあ何が問題だったか整理しよう、って言う。最初はすごい大人だなと思いました。
問題はその長さだった。
一回の話し合いが二時間半とかになるんですよ。しかも彼女、ちゃんとメモを取る。三十歳を過ぎた男が、恋人との喧嘩の議事録を作られてるんです。笑い話みたいでしょう。当時は笑えなかった。
泣かない人は、こちらの怒りも吸い取る
彼が一番きつかったのは、自分の感情の行き場がなくなることだったという。
こっちが怒っても、彼女は受け止めるんです。冷静に、うん、それはごめん、って。返してこない。だから喧嘩にならない。怒った側だけが子どもみたいになる。
好きだという言葉も、彼女は出すのに時間がかかった。
付き合って半年目に、初めて好きって言われました。半年ですよ。行動では伝わってたんです。誕生日も覚えてるし、風邪をひけば来てくれる。でも言葉が出ない。もう少し感情をぶつけてほしいって、何回か言いました。
伝えたら変わりましたか。
一回だけ、電話口で泣かれたことがあります。私だってちゃんとやってるのに、って。あのときが一番、この人といてよかったと思った瞬間かもしれない。ひどい話ですけど。
負けを認められない人の、本気
ボードゲームで、本気で落ち込む
ケイさん、31歳。彼が驚いたのは、彼女の負けず嫌いだった。
友達の家で人生ゲームみたいなのをやったんです。彼女、負けて黙り込んだ。帰りの電車でも一言も喋らない。
その場では可愛いと思ったという。
でも三回目くらいから、気を遣うようになりました。ゲームを提案するときに、これは彼女が勝てそうかなって考えてる自分がいる。あれ、けっこう疲れます。
恋愛にも、正解を求めていた
彼女は交際の浅い時期から将来の話を持ち出したという。
三ヶ月目くらいで、何年後にどうしたいか聞かれました。ちゃんと向き合いたいから、って。真剣なのはわかるんです。でも真剣さの向く先が、俺じゃなくて計画の方だった気がして。
ケイさんは、彼女の努力そのものは尊敬していたと繰り返した。
資格の勉強を毎朝5時に起きてやってました。二年続いてます。あれは本当にすごい。俺は真似できない。
外での完璧さは、家で回収される
二人きりでも、完全には崩れない
ソウさん、35歳。彼が感じたのは、恋人が仮面をかぶっているという感覚だった。
外では完璧なんですよ。誰に対しても丁寧で、悪口を言わない。周りからの評価もすごくいい。
二人でいるときは少し緩む。ただ、最後まで抜けきらない部分があったという。
例えば部屋着でも、ちゃんとした部屋着なんです。ヨレヨレのTシャツを着てるところを二年間見なかった。すっぴんも見たことがない。同棲してたのに。
いい子でいることを、子どもの頃に覚えた
後になって、彼女は理由を話してくれたという。
小学生のときからずっと、いい子でいることを求められてきたらしいです。テストの点で親の機嫌が決まる家だったって。だから、評価されない自分の姿を人に見せるのが怖い、って言ってました。
その癖が恋愛にも出ていた。
俺に対しても、採点されてると思ってたんですよ。だからちゃんとした彼女をやろうとしてた。恋人なのに。
崩れた日のこと
変わったのは、彼女が仕事で大きなミスをした日だった。
夜中に帰ってきて、玄関で座り込んで泣いたんです。化粧も落ちてて、髪もぐちゃぐちゃで。私、こんなの初めて見せた、って言いながら。
その姿を見て、彼はどう感じたのか。
やっと会えた、って思いました。二年かかってやっと。可哀想とかじゃなくて、嬉しかったんです。それを言ったら怒られましたけど。
評判のいい人と付き合うと、こちらが削られる
いい子だね、と言われるたびに
ダイキさん、28歳。彼が苦しかったのは、周囲の反応だった。
友達にも家族にも、いい子だねって褒められるんです。彼女の話をすると、みんな安心する。それが、じわじわ効いてきて。
どういう風にですか。
俺、それに見合ってるのかなって思うようになりました。彼女はそんなこと一言も言わないんですよ。気にしてる様子もない。全部こっちが勝手にやってた。
気を遣いすぎて、疲れた
会うたびに、ちゃんとした自分でいようとしたという。
服も選ぶようになったし、店も適当に決められなくなった。彼女が減点する人じゃないのはわかってるのに、勝手に採点表を想像してた。一年くらいで、正直しんどくなりました。
楽になったのはいつですか。
彼女が財布を落としたときです。それも二回。二回目のときに、ごめん私ほんとダメなんだ、って言われて。あ、この人も普通に失敗するんだって、そこで初めて肩の力が抜けました。
この言葉で検索してきた人が、知りたいこと
何が一番の特徴なのか
六人の話で共通して出てきたのは、時間と約束に関する行動だった。遅刻がない、連絡が返ってくる、忘れ物をしない。ここは全員が挙げている。次に多かったのが、感情を言葉にするまでに時間がかかること。この二つは、たぶん同じ性質の裏表だ。
付き合うと疲れるのか
疲れたと答えたのは四人。ただし全員が、彼女が何かをしたからではないと言った。緊張しているのはこちらの側で、相手は求めていない。ダイキさんの言い方が正確だった。採点表を持ってきたのは俺なんです、と。
ギャップはどこで見えるのか
甘えん坊な一面が出るのは、決まって疲れているときか、体調が悪いときだったという。リョウさんは、彼女が熱を出した日に初めて手をつないでほしいと言われたと話した。健康なときは自分で全部やる人だから、それが起きるのは年に数えるほどしかない。
別れた人と続いた人の違いは
タクミさんとケイさんは別れている。ソウさんとリョウさんは続いている。分かれ目になったのは、崩れる場面に立ち会えたかどうかだった。二年かけて一度も泣かなかった人とは終わり、玄関で座り込んだ人とは続いている。
優等生側の人はどうすればいいのか
これは私が知りたかったことでもある。ソウさんの相手が言ったという言葉が、答えに一番近い気がした。ちゃんとしてないと、いなくなると思ってた、と。逆だった、と彼女は後から言ったそうだ。ちゃんとしてる間、誰も近づいてこなかった、と。
二年目の部屋着
ソウさんに、今も同棲は続いているのかと聞いた。続いていると彼は答えた。
去年、彼女がヨレヨレのTシャツで朝ごはんを食べてたんです。首元が伸びてるやつ。俺が何も言わなかったら、彼女の方から、これ見て何か思った、って聞いてきました。
何と答えたんですか。
別に、って言いました。そしたら、そっか、って。それだけ。
彼はそこで少し黙って、湯呑みを両手で包んだ。階下でフライパンを打ちつける音がした。
たぶん彼女、今もあのTシャツを着るとき緊張してると思います。俺が何も思わないことを、まだ確かめ続けてる。それがいつ終わるのかは、わからないです。終わらないのかもしれない。
窓の外を、部活帰りらしい高校生の一団が通っていった。ソウさんは箸を持ったまま、それをしばらく目で追っていた。