真剣さの証明として使われることもあれば、体の関係へ進むための道具として使われることもある。経験がある人は男女ともおよそ三割。年代が上がるほど重いと感じる割合が増え、四十代の男性で顕著になる。八人に会って、その言葉のあと何が起きたのかを聞いた。分かれ目は、言葉を信じたかどうかではなかった。
平日の夜八時、駅から離れた場所にある小さな洋食屋。厨房から油の跳ねる音が絶えず届く。彩さん、仮名は席に着くとおしぼりで手を拭いて、あの日のこと、そんなに面白い話じゃないですよ、と先に言った。実際は、期限の切り方が一番具体的だった。
一年以内に決めてほしい、と返した
食事の帰り道に、突然言われた
彩さん、当時三十代前半だった。
友人に紹介された人と食事をして、その帰り道です。駅まで歩いてるときに、結婚前提のお付き合いがしたいです、って言われました。
驚きましたか。
驚きました。まだ二回目でしたし。ただ、嫌ではなかったです。
条件を返した
彼女が返したのは、感情ではなく期限だった。
長い時間は待てないので、と伝えました。一年以内に結婚するかどうか決めてほしい、って。
相手の反応は。
固まってました。たぶん、はい、って返ってくると思ってたんでしょうね。しばらく黙って、それから、わかりましたって。
一年後にプロポーズされ、今は結婚して暮らしている。
曖昧な真剣さが、具体になった
なぜ期限を切ったのか、と聞いた。
結婚前提って、そのままだと何も決まってないんですよ。前提としか言ってない。だから、いつまでに、を足しただけです。
あの一言がなかったらどうなっていたと思いますか。
たぶん、ずるずるいってました。相手が悪い人だからじゃなくて、期限がないと人は決めないので。
言葉にしたほうを選んだ
結婚相談所で知り合った女性の話も聞いた。半日デートの帰りに、同じことを言われたという。
唐突でした。でも不安はなかったです。
そのとき、彼女はもう一人と並行していた。
もう一人のほうは、お付き合いを、とは言わないんです。においだけ出してくる。将来を匂わせる話はするのに、こちらから確認しないと何も言わない。
選んだのは、はっきり言葉にしたほうだった。
不器用なんですよ、選んだ人。話も上手じゃない。でも、口に出したのはそっちだった。
安心感がどこから来たのか、彼女ははっきり言った。
将来の絵の中身じゃないです。口に出したかどうかだけでした。
一度断って、二度目を受けた人
有言実行だった
別の女性は、一度目を断っている。
将来を考えられる人としか交際しません、って言って断りました。それが一回目です。
しばらくして、相手は同じ人にもう一度来た。今度は結婚を前提に、と言葉を変えて。
そこからは早かったです。三か月で同棲、半年で指輪、十か月でプロポーズ、一年で籍を入れました。
決め手を聞いた。
言ったことを全部やった人だったんです。それと、無理だと思う点が一つもなかった。妥協した部分がない。
数年経った今も、後悔はないという。
会議みたいな話し合いはします。喧嘩はないです。それが良いのか悪いのかは、まだわからないですけど。
二か月でプロポーズした四十代
初対面から一か月以内に、車の中でその言葉を出した四十代の男性にも会った。
二か月でプロポーズして、その年のうちに籍を入れました。
早すぎませんか、と聞くと、彼は首を振った。
居心地の延長に結婚があっただけです。急いだ感覚がないんですよ。違和感が一個もなかったので。
うまくいったケースの速度は、前提という言葉の強さではなく、引っかかりの少なさに比例していた。
前提が、口を封じることもある
離婚したあとに絞った反省
結婚ありきで付き合い、離婚した男性の話が、この取材で一番刺さった。
反省点は二つに絞れます。本音でぶつからなかったことと、結婚ありきで付き合ったことです。
その二つは繋がっているという。
逃したくない、嫌われたくない、が先に立つんですよ。前提って言った以上、途中で崩したくない。だから違和感を言えなくなる。
具体的には。
金銭感覚がずれてるなと思っても言わない。実家との距離感が気になっても言わない。全部、結婚が決まるまで我慢すればいいと思ってました。
結婚したら言えたんですか。
言えなかったです。癖がついてたので。
彼は今、順番を組み替えて考えている。
本音を出して、ズレを共有して、それでも一緒にいたいか確かめて、そのあと結婚だと思います。順番が逆だった。
願望の強さと、生活は別だった
親友のカップルを横で見ていた人の話も聞いた。
結婚したい、を二人ともずっと言ってたんです。熱量はすごかった。
でも、と彼女は続けた。
嫌われる本音を、どっちも出せてないんですよ。その先に家庭が見える気がしなかったです。結婚したい気持ちの強さと、この人と生活を築けることは、全然別なので。
言葉として使われる場合
数回のデートのあと体の関係を持ち、価値観が合わない、と切られた例も聞いた。
前提って言われたから信じたんです、と当事者は言った。
言葉に費用がかからないんですよね。言うだけなら誰でもできる。
期限のない前提が、そのまま長期化した例もある。
八年近く続きました。最後に相手が言ったのが、結婚してもしなくても同じだよね、っていう一言です。
その八年で、二人の考えていたことは違っていた。
私は、熱が冷める前に籍を入れたいと思ってました。向こうは、冷めたから次の相手を探そうと思ってた。同じ八年を、別の目的で過ごしてたんです。
意識した瞬間に、見え方が変わる
同棲した人のうち四割前後が、そのあと別れた経験があるという数字がある。取材でも、同棲後に見えてきたものの話が複数出た。
生活習慣と金銭感覚が、急に大きく見えるんですよ、と一人が言った。
欠点が増えたわけじゃないんです。審査の解像度が上がっただけで。前は気にならなかったものが、結婚を意識した瞬間に全部拾えるようになる。
計画が崩れた、と聞こえる終わり方
家族の反対。将来像が描けない。恋人から家族のような感覚になって情熱が冷める。前提交際でも別れる理由は、普通の恋愛とあまり変わらない。
違うのは終わり方の聞こえ方だ、と話した人がいた。
遊びが終わった、じゃないんですよ。計画が崩れた、になる。周りへの説明も違ってきます。
式の一か月前に別れを告げられた人の話も聞いた。仕事を辞めたあとで、地元へ移る予定だけが残ったという。
準備が進むほど、止めるコストが片側に寄るんです。私は仕事も家も手放してました。向こうは何も手放してなかった。
恋愛感情とは別の意思を運ぶこともある
三十代の女性から、こういう話も聞いた。職場の四つ下の後輩から、帰り道に打ち明けられたという。
自分の性的指向を先に話されました。その上で、女性と結婚して子どもを育てたい、結婚前提で付き合ってくれませんか、って。
どう答えたのか。
好きな気持ちは変わらなかったので、付き合うことにしました。
前提という言葉が、恋愛感情の有無とは別に、家族を作りたいという意思だけを運ぶこともある。この一件は、それを一番はっきり示していた。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
どのくらいの人が経験しているのか
男女ともおよそ三割。年代が上がるほど重いと受け取られる割合が増え、四十代の男性で目立つ。
本気かどうか、どう見分けるのか
期限を返してみる、という方法が一番具体的だった。彩さんの一年以内、という条件がそれにあたる。前提という言葉だけでは何も決まっていない。そこに日付を足せるかどうかで、相手の反応が変わる。
どのくらいで結果が出るのか
決まった人は早かった。三か月で同棲して一年で入籍した人、二か月でプロポーズした人。逆に、期限を置かなかった八年の例がある。速度の差は、違和感の少なさに比例していた。
前提で付き合うと、何を失うのか
本音を言う機会だ、と離婚した男性が答えた。嫌われたくない気持ちが先に立ち、違和感を飲み込むようになる。審査は早く始まるのに、本音は遅れる。
結局、続いた家は何が違ったのか
八人の話を並べると、前提を信じたかどうかではなかった。前提を口にしたあとで、嫌われそうな話をできたかどうかだ。結婚したい二人と、結婚できる二人は、同じ言葉の下に別々に座っている。
一年という期限について
彩さんに、あの期限をいま振り返ってどう思うかを聞いた。
冷たい女に見えたと思います、と彼女は言った。
言ってから、少し後悔もしたんですよ。もっと可愛い返し方があったんじゃないかって。
いまはどうですか。
夫に一回聞いたんです。あのとき、引かなかったのって。
返ってきた答えは。
引いたよ、って言われました。引いたけど、そこまで言う人なら嘘はつかないと思った、って。
彼女はそこで少し笑って、水を飲んだ。
だから正解だったのかは、いまだにわからないです。たまたま、そう受け取る人だっただけかもしれないので。
厨房から皿を重ねる音がした。店主が閉店の準備を始めていた。彼女は腕時計を見て、あ、と小さく言って、上着に手を伸ばした。