MENU

生活保護の恋人の家に泊まりに行く。一緒に住まないことが、その人を守る場合がある

  • URLをコピーしました!

生活保護を受けながら一人暮らしをしている恋人の家に、泊まりに行く。狭い部屋で過ごす相手への、いとおしさと気遣い。そして、頻繁に泊まったら相手の保護に影響が出るのではないか、という現実的な不安。この二つは、きれいに切り離せません。今回、その経験をした人たちに話を聞きました。語られたのは、貧しさの中で深まる親密さと、愛が制度とぶつかる、答えのない葛藤でした。

最初に会ったサキさんは、二十六歳の女性です。持病で生活保護を受けている、七つ年上の彼と付き合っています。付き合って五ヶ月目に、初めて彼の家に泊まった夜のことを、彼女は今でもよく覚えていました。

「彼、本当に狭いから、って、行く前から何度も謝ってて。こっちが、逆に気まずくなっちゃって」

目次

何も隠せない部屋で、彼は泣いた

百均のライトで、部屋を明るくしてくれていた

サキさんが訪ねたのは、六畳ほどのワンルームでした。

「キッチンとユニットバスがくっついた、古いアパートで。布団は畳に直接敷いてあって、夏なのにクーラーの効きが弱くて。隣の部屋の物音が、丸聞こえなんです」

それでも、彼なりの精一杯が、部屋のあちこちにあったといいます。

「彼、私が来るからって、百均で新しいLEDライトを買って、部屋を明るくしてくれてたんです。少しでも、よく見えるようにって。その夜、彼が、こんなところでしか泊まれなくて、ごめんね、って何度も言うから、肩を抱いたら、急に泣き出しちゃって。三十過ぎの大人の男の人が、子どもみたいに」

豊かさという虚飾が、剥がれ落ちる

このサキさんの夜の話を聞いていて、思ったことがあります。狭くて何もない部屋には、人を裸にする力がある、ということです。

豊かな環境では、人はいろいろなものを隠せます。広い家、きれいな服、しゃれた外食、気の利いたプレゼント。それらが、関係の表面を飾って、本当の姿を、うまく覆い隠してくれる。でも、冷蔵庫が空で、隣の物音が筒抜けの六畳間では、何も隠せません。相手の弱さも、貧しさも、こんなところでしか、という情けなさも、全部、目の前にさらけ出される。

「あの夜、彼の、いちばん見せたくなかった部分を、見ちゃったんだと思います」サキさんは言いました。「でも、それを見て、嫌になるどころか、もっとこの人を抱きしめたくなって。豊かさとか、見栄とか、そういうものが全部はがれた、素の彼が、そこにいたんです」

狭い部屋だからこそ、関係が深まる

呼ぶのを嫌がった彼女と、味噌汁の朝

似た経験を、別の人からも聞きました。ケンさん、三十五歳の男性です。病気で保護を受けている彼女がいます。

「彼女、最初、自分の家に呼ぶのを、すごく嫌がったんです。汚いし狭いから、って。なかなかOKをくれなくて」

ようやく訪ねてみると、印象は違ったといいます。

「確かに小さい部屋だったけど、彼女なりに、すごく工夫して暮らしてるのが、わかったんです。泊まった夜、彼女が、こんなところで我慢させてごめん、って繰り返すから、我慢なんかしてない、って何度も言って。朝、彼女が作ってくれた、具のシンプルな味噌汁が、びっくりするくらい美味しくて」

相手のプライドを、傷つけないように。持って行ったものを、いらないと言われても、そっと置いておく。受給している側の、貧しさを恥じる気持ちに、どう向き合うか。それも、この関係の、繊細な部分でした。

隠せないから、残るのは剥き出しの問いだけ

豊かさという飾りが剥がれ落ちたあと、関係に残るのは、たった一つの問いだけになります。それでも、この人と一緒にいたいか。

広い家や、楽しい外食や、贈り物。そういうものでごまかせない場所で、その問いに、迷わずイエスと言えるかどうか。貧しさは、つらいものです。でも、貧しさが剥ぎ取ってくれるものがあるとすれば、それは、愛を試す、ごまかしのきかない本物の問いなのかもしれません。ケンさんが言いました。

「あの味噌汁の朝に、思ったんです。俺、この人と、何もなくても、一緒にいたいんだなって。お金とか、部屋の広さとか、関係なかった。それがわかったのが、あの狭い部屋だったんですよ」

でも、二人を試すのは、貧しさだけじゃなかった

また来てくれる、の奥にあった制度の影

ただ、この関係を試すのは、貧しさだけではありませんでした。もっと厄介な、制度という壁があるんです。サキさんが、あの泊まった翌朝のことを、こう続けました。

「朝、二人で安いインスタントコーヒーを飲んでたら、彼が、また来てくれる、って聞いてきて。胸が詰まりました。来るよ、って即答したんですけど、その瞬間、頭の片隅をよぎったことがあって」

それは、何でしたか。

「頻繁に来すぎたら、彼の生活保護に、影響が出るんじゃないか、って。一緒にいたいのに、その気持ちのまま動くと、彼の生活の土台を、崩しちゃうかもしれない。そう思ったら、純粋に、また来たい、って言えない自分がいて。それが、すごく切なかったです」

一緒に住めば、彼は保護を失うかもしれない

ここに、この恋愛が直面している、いちばん重い現実があります。

普通の恋愛は、どうやって距離を縮めるか、いつ同棲するか、を考えます。近づくほど、関係は深まると、信じられている。でも、恋人が生活保護を受けているとき、その前提が崩れるんです。生活保護は、世帯を単位に判断されます。だから、頻繁に泊まって生計を一つにしていると見なされたり、まして一緒に住んだりすれば、二人は一つの世帯として扱われ、相手の保護が打ち切られたり、見直されたりする可能性がある。生活の基盤そのものが、揺らいでしまう。

この三年、四十代の彼と付き合っているナオさんは、その壁に、ずっと向き合ってきた人でした。

「彼とは、再婚も考えてるんです。でも、一緒に住んだら、彼の保護はどうなるのか。それを考えると、簡単に、一緒に暮らそう、とは言えなくて。普通のカップルなら、同棲しよう、で済むことが、私たちには、彼の生活を左右する、重い決断になるんです」

愛しているからこそ、別々に暮らす。一緒にいたいのに、一緒に住まないことが、相手の生活を守ることになる。この逆説の中で、二人は揺れていました。

一緒にいたいのに、一緒に住めない

制度とは、隠すのではなく、向き合うもの

ナオさんは、ケースワーカーの訪問予定日と、自分が泊まっている日が重なりそうになって、慌てて外に避難したことがある、と打ち明けてくれました。

「後で笑い話にはしましたけど、本当は、笑えないことなんですよね。こそこそしなきゃいけないのが、つらくて」

ここは、慎重に書いておきたいところです。泊まりに行くこと自体が、直ちに問題になるわけではありません。ただ、その頻度や、生計を同じにしているかどうかによって、世帯と見なされ、保護に影響することはあり得ます。そして、その判断は、状況ごとに、福祉事務所やケースワーカーが個別に行うものです。

だからこそ、隠して、びくびくし続けるよりも、本当は、率直に相談したほうがいいんです。同棲や結婚を将来考えているなら、その場合に保護がどう扱われるのか、事前に福祉事務所に確認することもできる。制度は、二人の敵のように感じられるけれど、こそこそ避けるより、正面から向き合って、使える制度や手続きを知っておくほうが、結局、二人を守ることになります。ナオさんたちも、何度も話し合った末に、今のところは別々の住所のままがいい、という結論を、自分たちで選び取っていました。

二人を試すのは、貧しさと、制度という、二重の壁でした。きれいごとを言えば、愛があれば乗り越えられる、と書きたくなります。でも、制度の壁は、気持ちだけでは越えられない。一緒に住みたいのに、住めば相手の生活が崩れる。この二人は、近づくことと、相手を守ることが、両立しない場所に立っています。答えは、ありません。別々に暮らしながら愛を保つのも、覚悟の上で一緒に住むのも、どちらも痛みを伴う。

それでも、と思います。貧しさと制度が、二人から、ありとあらゆる虚飾を剥ぎ取った、その先に残った、たった一つの剥き出しの問い。それでも一緒にいたいか。その問いに、サキさんも、ケンさんも、ナオさんも、迷いなくイエスと答えていました。生活の土台が揺らいでいるからこそ、その気持ちだけは、不思議なくらい、確かなんです。

ナオさんが、最後にこう言いました。

「一緒に住めない、っていうのは、悲しいことです。でも、住めないからこそ、毎回会えることが、当たり前じゃなくなる。狭い部屋で過ごす一晩の、密度が濃いんですよ。制度は、私たちを引き離そうとするけど、引き離せないものも、ちゃんとあるんだって、最近は思えるようになりました」

制度は二人の距離を決めようとする。でも、その制度が決められない部分に、たぶん、いちばん大事なものが残っているのだと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ちょいエロからまじめな恋愛まで、街頭で聞いた本音、匿名で寄せられた告白、実際に会ってインタビューした当事者の生の声だけ。

当サイト運営 YouTubeチャンネル
ノンフィクション・リアルドキュメント
https://www.youtube.com/@non-fictionrealdocumentjap3035
チャンネル登録者数 1.31万人


街頭インタビュー
匿名体験談の募集・取材
当事者への直接インタビュー
読者投稿の検証と公開

取材協力や体験談の投稿は、ブログのお問い合わせフォームからお待ちしています。

目次