四十を過ぎて、十以上下の男性から本気の目で見られる。当人たちが最初に言うのは、嬉しいでも困ったでもなく、意味がわからなかった、だった。
若さで勝負していない相手が、なぜ選ばれるのか。取材した四人の女性と、年上既婚女性に惹かれた男性一人。全員に共通していたのは、モテている自覚が薄いことと、それとは別のところで何かが揺れていたことだ。
落ち着きますね、と言われた夜
会ったのは駅ビルの上のカフェ、夕方の混む時間だった。あやのさん、四十二歳、会社員。彼女は名刺入れをずっと手で回していた。
配属されてきた二十八歳の子でした。最初は完全に指導対象です。資料の作り方から教えてた。
仕事の相談が、だんだん私用の話になっていって。彼女さんと揉めたとか、実家がどうとか。私は聞く側で、それが普通だと思ってました。
言われたのは、残業した日です。あやのさんって家庭があるのにいつも穏やかですね、一緒にいると落ち着きます、って。
その場は笑って流しました。ありがとう、おばさんだからね、みたいなことを言って。でも家に帰る電車でずっとそのことを考えてて、あ、なんで私こんなに考えてるんだろう、と思った。
気になったのは彼ではなく、自分の反応だった
彼女はここで言い方を探すように黙った。
彼のことを好きになったわけじゃないんですよ。そこははっきりしてる。気になったのは、あの言葉に反応した自分のほうです。
結婚して十四年です。夫との仲は悪くない。悪くないんですけど、私のことを、いい人とか、頼りになるとか、そういう言い方で見る人はもういなかった。母か、妻か、先輩か。それ以外のカテゴリーが消えてた。
その消えてたところに、久しぶりに何か入ってきた感じでした。それが怖かった。
飲み会で隣に座られ、帰り際にまた話を聞いてください、と真顔で言われたとき、これは先輩後輩の話ではないかもしれない、と初めて思ったという。
何もないまま彼は異動しました。ほっとしたのが八割、残りの二割は、正直に言うと寂しかったです。この二割の話は、誰にもしてないです。
若さを競わなくていい相手として選ばれている
みほさん、四十五歳、パート勤務。子どもの手が離れてから通い始めたヨガ教室で、三十代前半の男性インストラクターと知り合った。
年齢の話を一回もしてこない人でした。それが新鮮で。四十過ぎると、女同士でも年の話が絶対どこかで出るんですよ。もう若くないからとか、体型が戻らないとか。
休みの日にランチでも、と誘われて、私は最初に、既婚ですよ、と言いました。念のためというか、線を引いておきたくて。そしたら、わかってます、それでも話したいんです、って。
比較されないところに来ていた
何度か食事をするうちに、彼が本音らしきことを漏らした。年上の女性のほうが無理をしなくていい、同年代だと何かと比較される感じがする、と。
そのとき腑に落ちたんです。この人は私を選んでるというより、比較のない場所に来てるんだな、と。
同年代の女性と会うと、向こうも値踏みするし、こっちも値踏みされる。年収とか、将来とか。私は最初から対象外だから、その計算が発生しない。だから彼は楽なんです。
がっかりしたか聞くと、彼女は少し笑った。
全然。むしろ気が楽でした。競って勝ったなら、次はいつか負けるじゃないですか。競ってないところで必要とされるのは、減らないんですよ。
関係は友情の範囲で止めた。ただ、あの時期は鏡を見る回数が増えました、と彼女は言った。
求められることと、モテることは別だった
さやかさん、四十三歳。三十八歳で結婚し、当時は子育てが一段落した頃だった。職場の二十七歳の同僚が、よく相談に来るようになっていた。
仕事の話から始まって、そのうち私生活の話になって。ある夜、さやかさんみたいな人が近くにいたら、結婚しても寂しくないと思います、って真剣に言われたんです。
笑って流しました。何言ってんの、って。でも、その言葉が三日くらい抜けなかった。
家では母親の役しか残っていなかった
当時の家庭の様子を聞くと、彼女は淡々と答えた。
夫は仕事が忙しくて、平日はほぼ会話がない。休日も疲れてて寝てる。責める気はないです。働いてくれてるので。
ただ、家で私に向かってくる言葉が、全部用件になってた。あれどこ、これ何時、それ頼んだっけ。母親か、家事の担当者としてしか話しかけられない。
だから彼の言葉が刺さったんだと思います。あれ、私のことを人として見てる言葉だったので。
彼女は少し声を落とした。
罪悪感はずっとありました。何もしてないのに、後ろめたい。あの時期、彼と話す三十分が唯一の息抜きになってて、それを自覚したときに、これはまずいと思って自分から距離を取りました。
彼女がいちばん正直だったのは、この後の一言だった。
モテたかったわけじゃないんです。求められてるのが嬉しかった。この二つ、似てるようで全然違います。モテるって、選ばれる可能性の話でしょ。求められるのは、今この瞬間に必要とされてるかの話。四十過ぎると、後者のほうが効くんですよ。
余裕があるのではなく、下心の出しどころがないだけ
四人の話を並べていて、余裕という言葉が何度も出てきた。ただ、当人たちはその余裕を持っている自覚がない。
考えられるのは、既婚という立場が、恋愛的な計算を自動的に止めているということだ。この人と付き合えるか、条件は合うか、という思考が発生しない。だから相手の話をそのまま聞ける。値踏みが混ざらない。
年下の男性が受け取っているのは、たぶんそこだ。自分を測ってこない人と話す時間は、単純に楽だろう。それを余裕と呼んでいるにすぎない。
裏を返せば、この魅力は当人の努力の結果ではない。あやのさんは、私が何かしたわけじゃないので、褒められても実感がないんです、と言っていた。もらった好意の理由が自分の中に見つからないから、受け止め方がわからなくなる。四十代の戸惑いは、たぶんここから来ている。
頼られる側になったのは、四十を過ぎてからだった
ゆみさん、四十一歳、自営業。子どもの学校行事で知り合った、十歳以上年下の父親との話だ。
最初は本当に子どもの話だけでした。クラスがどうとか、先生がどうとか。それが、だんだん奥さんとうまくいってない、みたいな話になってきて。
私も迷いました。家庭がある者同士で、こんな話をしていいのかと。でも、聞かないという選択もできなくて。
頼られることに慣れていなかった
ある日、彼から言われたという。ゆみさんといると年齢を忘れる、もっと大人の女性と話したかったのかもしれない、と。
嬉しかったです。ただ、その嬉しさの中身が、自分でもよくわからなかった。
考えたんですけど、私、四十まで、本気で頼られたことがなかったんですよ。子どもには頼られる。でもあれは母親としての機能で、私じゃなくてもいい。夫には頼られてない、というか、頼るような人じゃない。
だから、大人の男性から個人として頼られたのが初めてだったんです。四十一年生きてきて初めて。それが嬉しかったんだと思います。彼が好きとか、そういうことじゃなくて。
最終的には双方が自制し、関係は友人のまま終わった。既婚者同士だったから止まれたんだと思います、と彼女は言う。どっちかが独身だったら、たぶん違ってました。
男性側は、何を見ていたのか
三十四歳の会社員に話を聞いた。当時、職場の四十二歳の既婚女性に惹かれていたという。
同年代の女性と会うと、どこかで焦りみたいなものを感じることがあったんです。年齢の話とか、将来の話とか。責める気はないですよ。事情はわかるので。ただ、こっちも判定されてる感じがして、疲れる。
彼女は違いました。結婚してるから、俺を候補として見てない。だから自分を大きく見せる必要がなかった。仕事で失敗した話も、そのまま話せた。
惹かれた理由を、後から言語化した
告白はしなかった。しても意味がないし、あの人の生活を壊すのは違うので、と彼は言う。
後から考えたんですけど、俺が惹かれたのは彼女の年齢でも既婚であることでもなくて、判定されないことだったんだと思います。年上既婚っていう条件が、たまたまその状態を作ってただけで。
そこを勘違いすると、次も同じ条件の人を探すことになる。それは違うな、と思ったので、自分の中で整理して終わりにしました。整理するのに一年くらいかかりましたけど。
四人の女性は全員、この話を誰にもしていないと言った。夫にはもちろん、友人にも。自慢に聞こえるのが嫌だし、疑われるのも面倒だから、というのが理由だ。
あやのさんが帰り際に言ったことが残っている。あの二年、私は何もしてないんですよ。何もしてないのに、あの頃のことを思い出すと、いまだに少し胸が痛い。何もしてないのに痛いって、どういうことなんでしょうね、と。