好きなのか、依存なのかがわからない。冷たくされると余計に欲しくなり、優しくされた日は一日中いい気分でいられる。抜けた人が最初に否定したのは、あの熱そのものではなかった。熱が引いたことを愛の終わりだと読んだ、自分の判断のほうだった。
金曜の夜、繁華街から一本入った場所にある小さなバー。氷を割る音と、有線のジャズ。麻衣さんは席に着いて、これ話すの初めてなんですよ、と前置きした。三年間の話をするのに、彼女は相手の名前を一度も出さなかった。
パチンコと同じだと言われた日
天使と地獄が、同じ人の中にある
麻衣さん、当時二十六歳。三年つき合った相手がいた。
優しいときは天使なんです。本当に。会話も丁寧だし、覚えててくれるし。
冷たいときは。
地獄です。三日返信が来ない。理由も言わない。急に連絡が来て、急に途切れる。それの繰り返しでした。
彼女はその振れ幅を恋だと思っていたという。
こんなに好きになれる人はいないと思ってました。しんどいのに離れられないのが、本気の証拠だと。
変動報酬、と言われた
友人に言われた一言が、彼女の見方を変えた。
それパチンコと同じだよ、って言われたんです。変動報酬、っていう言葉も出てきて。
その言葉で何がわかったのか。
たまに甘いから続いてるだけだって、そこで理解しました。毎回優しかったら、たぶん三年もいなかったです。
彼女は自分の流れを順番に説明した。
最初に受け入れられて、嬉しくて、もう一回欲しくなる。そのあと冷たくされて、そこで中毒になる。気まぐれに優しくされると、また上がる。それの繰り返しです。
同じ刺激では足りなくなっていったという。
中途半端な承認だと物足りないんですよ。もっと強い言葉が欲しくなる。あれ、完全におかしかったです。
好きだったのは、人ではなかった
三年目に気づいたことを、彼女は正確に言葉にした。
してくれたことと、言ってくれたことが好きだっただけなんです。あの人そのものではなかった。
それに気づいて、すぐ離れられたのか。
無理でした。三年使ってるので。ここでやめたら、その三年が全部無駄になる気がして。使った分があるから諦められない。あれも足を止める要因でした。
五分五分のときが、一番出る
初期は分泌が増え、アドレナリンも上がる。落ち着かせるほうの物質は下がる。頭から離れず、連絡の頻度が増える。強迫に近い数値まで下がる、という説明もある。
取材した人の中に、この仕組みを調べ尽くした男性がいた。
快楽そのものじゃないらしいんですよ、と彼は言った。
衝動を駆り立てる物質なんです。予測より実物が良かったときに、たくさん出る。
彼が挙げた条件が、この取材で一番腑に落ちた。
連絡が来る確率が五分五分のときが、一番出るんです。毎回来るとダメ。全然来なくてもダメ。乗るか反るかが燃料になる。
その説明で、自分の過去がわかった、と彼は言った。
いい人と付き合ってたとき、退屈だと思ってたんですよ。あれ、退屈じゃなくて、確率が高すぎただけでした。
二年で値が戻る
愛らしかった行動が、耐えられなくなる
長くて二年、早ければ半年で戻る。この話は取材中に何度も出た。
クセが気になり始めるんです、と三十代の女性が言った。
前は可愛いと思ってた行動が、急に無理になる。食べ方とか、口癖とか。この人のどこがよかったんだっけ、って思う瞬間があります。
魔法が解ける、という言い方をした人が二人いた。三年で効果が薄れ、四年目に離婚が多いという話に結びつける人もいる。
枯れているだけ、のことがある
ここで多くの人が判断を誤る、と話した人がいた。
ときめかない、刺激がない、もう好きじゃない。全部同じだと思っちゃうんです。
実際は違うのか。
枯れてるだけのことがあります。工場が止まってるだけで、相手が悪いわけじゃない。
その穴を埋めようとして、何が起きるのか。
刺激の強い相手に行くんです。不安定な関係とか、駆け引きとか、追いかける恋とか。一時的には出ます。ただ、不安も一緒に増える。
人から得ようとすると消耗戦になる、と彼女は言った。
二種類の恋を、別の名前で呼ぶ
盛り上がる感情のほうと、家族に近い穏やかさのほうを、別の物質の名前で呼び分ける人がいる。
盛り上がるほうは、二、三年で冷めやすいです、と相談所で活動していた女性が説明した。
穏やかなほうは、最初どんな感じなんですか。
嫌ではない、よく分からない、くらいから始まります。だから最初は判定できないんですよ。
彼女が使っていた物差しは二つだった。
家族として大事に思えるか。一緒にいて疲れないか。この二つで見ると、けっこう判断がつきます。
ただし、と彼女は付け足した。
生理的に無理な相手だと、どちらにもならないので。そこだけは別枠です。
人を好きになれない、今の相手を好きか分からない。そういう状態のとき、盛り上がるほうの物差しだけで測っている可能性がある、とも言っていた。
居心地のいい相手とゆっくり進むと、異性の見え方が変わることがあります。私はそれで結婚しました。
供給源が一つしかないと、詰む
二十五歳まで交際が半年も続かなかった男性の話を聞いた。
そのころは、恋愛が全部だったんです。ほかに何もなかった。
変わったきっかけは。
自己理解と、仕事にハマったことです。恋愛の優先順位が下がりました。
そのあとの恋愛は違ったのか。
依存しなくなりました。健全に愛するっていう感覚が、初めてわかった気がします。この人しかいない、がなくなったんですよ。
鍵は同じ物質だった、と彼は言う。
仕事と自己理解から取ってたんです。恋愛と同じか、それ以上に没頭できるものがあると、相手が唯一の供給源じゃなくなる。
供給が止まると、どうなるのか。
連絡が減って、予定が曖昧で、未来が描けないと、出なくなります。意欲が落ちて、何をしても楽しくない。あの状態のときは、恋愛以外から小さく作るしかないです。
具体的には。
最後までやる、というのが大事でした。終わった感覚も報酬になるので。あと、世界を少し広げること。場所と、人と、視点。それで依存は薄れます。
熱があるうちに、何を積むか
過熱している期間に、相手の人間性への敬意と相互理解を重ねて信頼へ移れれば、熱が落ち着いても崩れない。この話をした人が複数いた。
逆に、と六年目の夫婦の一方が言った。
無理して頑張れてる状態のまま、素を知らずに結婚すると、熱が引いたときに冷めや豹変が出てきます。
その夫婦は、最初から熱に頼らなかったという。
好きになってもらうのは大変でした。難度は高いです。ただ、落差のない幸福感が続いてます。喧嘩はほぼないし、よく喋るし、夜のこともあります。
変わることのリスクが少ないという意味では、最初から燃えていない恋のほうが安全だと思います、と彼は言った。
新しさを求める気質は、不満とは別
新奇性を求める気質は、関係への不満とは独立している、という整理も聞いた。
同じルーティンが嫌っていうのは、相手が嫌なんじゃなくて、気質のニーズなんですよ。
その場合、どうするのか。
新しい相手じゃなくて、今の相手との未経験の活動で取ります。作ったことない料理、行ったことない場所、始めたことない趣味。
それで足りるのか。
足ります。しかも、その興奮が相手に紐づくので。
一方で、ときめきばかりで相手を一人の人間として見られない状態は、恋愛そのものが好きな依存に近い。
共同生活が始まると急にダメになる人がいます。それで、また新しい人を探す。結婚や日常って、予測と実物のズレが小さいんですよ。五分五分の当たり外れがないので、スリルが減る。
秘密の関係が強いのも、同じ回路
不倫や隠れた関係が強い理由についても話が出た。
バレるスリルと、たまの大当たりです。家庭では得られない承認が、予測を上回るので。
倫理はどこにあるのか、と私は聞いた。
物質にはないです。衝動だけがある。だから理屈で止まらないんですよ。
好きと依存の境目を、彼はこう整理した。
適度に出て安定してるか、急に上がって急に落ちるか。量とタイミングを自分で調整できるか。離れて少し寂しい程度か、空虚になって自分の価値まで預けてるか。そこで分かれます。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
依存かどうかの見分け方
麻衣さんの基準が具体的だった。優しくされた記憶を数えているなら、人ではなく行為を好きになっている。あとは、離れたときに寂しいのか、自分の価値まで揺れるのか。
熱はいつまで続くのか
半年から二年、長くて三年。取材した人の実感もこの範囲に収まった。三年で薄れ、四年目に離婚が多いという話を挙げた人もいる。
冷めたのか、枯れただけなのか
区別する方法として挙がったのは、相手の欠点が増えたのか、自分の意欲が全体的に落ちているのかを見ることだった。仕事も趣味も面白くないなら、恋愛だけの問題ではない。
抜けるには何をしたのか
恋愛以外の供給源を作る、というのが共通していた。仕事、自己理解、小さくても最後までやる作業。相手を替えた人は、同じ場所に戻っている。
熱がない相手と、うまくいくのか
六年目の夫婦は、最初から熱に頼っていない。落差のない状態が続いていると話した。ただし、好きになってもらうまでは大変だったとも言っている。
工場が止まったあと
麻衣さんは今、別の相手と暮らしている。
あの三年を否定したいわけじゃないんです、と彼女は言った。
花火は本物でしたよ。あんなに人を好きになったことはないです。
いまの相手とはどう違うのか。
会いたい、っていう感覚は、正直あんまりないです。
それは寂しくないんですか、と聞いた。彼女は少し考えて、答えた。
前はそこで判定してました。会いたくないなら好きじゃない、って。でもいまは、一緒にいて疲れない時間があるほうが大事だと思ってます。
判断を変えた瞬間があったんですか。
工場が止まったのを、愛が終わったって読まなくなったときです。止まるのは普通なので。
彼女はグラスの氷を一度回して、それ以上は言わなかった。店主が新しい氷をアイスペールに移す音がした。有線の曲が変わって、少しだけテンポの遅いものになった。