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好きじゃない人と結婚した夜のこと。回数を重ねても好きには近づかない、と八人が言った

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家計の話ならできる。送り迎えも、義実家との付き合いも、普通に話せる。夜のことだけが、誰にも渡せないまま何年も居座る。好きではない相手と結婚した人にとって、そこは技術の話ではなかった。八人に会って、ほとんど同じ言葉を聞いた。回数を重ねても、好きには近づかない。近づくのは慣れか、麻痺か、別の誰かだ、と。

平日の午後二時、郊外のホームセンターの二階にあるカフェ。下の階からカートの車輪の音が上がってきて、店内放送が十五分おきに同じ文言を繰り返す。テーブルは合板で、コーヒーは紙コップ。美咲さんは足元にレジ袋を置いて、園芸用の土を買いに来たついでなんです、と言った。話が夜のことに入るまで、二十分かかった。

目次

目的があるうちは、夜が回った

三十代に入って、子どもが欲しくなった

美咲さん、三十九歳、事務。

三十を過ぎたころから、友達が次々に結婚したんです。焦ったというより、自分の子どもが欲しくなりました。

出会いはアプリだった。

早めに結婚したい、早めに子どもが欲しい。そこが一致したので決めました。ときめきは後回しです。というか、最初から数えてなかったです。

暮らしはどうだったのか。

過干渉がないんですよ。小さい喧嘩も少ない。子どもが生まれて、今は穏やかです。

目的が果たされても、熱は増えなかった

行為については、彼女は淡々と説明した。

生活の一部っていう感じではなかったです。予定に近い。目的があって、日にちがあって、それをこなす。

目的が終わったあとは。

熱が増えることはなかったです。増えなくても、家は回りました。それが答えなのかは、いまだにわからないですけど。

目標が達成されると、触れる理由が消える

香織さん、三十八歳。相談所で、すぐに子どもがほしい人同士として出会っている。

二人授かりました。子作り以外では、一度もしてないです。

そう言って、彼女は少し笑った。

普通の家庭を作るのが目標だったので。夫への愛情はないです。幸せな主婦の顔はしてます。

装いの内側で何が起きているのか、と聞いた。

身体が、役割を終えた道具になった感じです。

それを愛情の欠如とは呼ばない、と彼女は言い直した。

役割が終わったんですよ。目的が達成されたら、触れる理由がなくなる。理由がないものは、続かないです。

体の相性だけが先にあって、戸籍が追いついた

結衣さん、三十四歳。元は関係だけの相手だったという。

顔はタイプじゃないです。性格も、好きになれなかった。合ってたのは体だけでした。

避妊していたのに妊娠した。相手は喜び、結婚しようと言った。

仕組まれたのかな、って後からぞっとしました。確かめようがないですけど。

結婚後はどうなったのか。

相性は気持ちに変わらなかったです。回数って、感情に変換されないんですよ。

彼女が使った言い方が、この取材で何度か別の人からも出た。

裸の距離と、心の距離は、別々に動きます。近づいた方が、もう片方を引っ張ってくれると思ってました。引っ張らなかったです。

顔がタイプではない、という毎日

暗い部屋で、顔を見ないようにする

理沙さん、三十六歳、営業。

顔がタイプじゃなさすぎて、毎日が苦痛です。

はっきり言いますね、と私が言うと、彼女は即答した。

言わないと死ぬので。大好きな人と結婚したかった。来世に期待してます。

条件で選んだと言った。経済も、家も、学歴も、悪くない相手だったという。

夜は、部屋を暗くします。顔を見ないようにする技術が身につきました。そんな技術、要らなかったのに。

彼女は言葉を選ばずに続けた。

嫌いとまでは言えない相手なんですよ。ただ、肌に好きの回路がない。回路がないまま進むと、痛いというより異物です。

終わったあとに残るのは親密さではなかった。

自分が何をしたか、っていう確認だけです。

開かないことを、性格のせいにされる

奈々さん、三十二歳。猛アタックに押されて交際が始まった。

次は結婚できる相手じゃないと付き合わない、って断ろうとしたんです。そしたらプロポーズされました。

決めた理由は。

適齢期の圧力です。あと、持ち家があって、地位もあって、借金がないこと。恋愛感情は二の次でした。

結婚後に何が起きたのか。

最初から身体が開かないんですよ。それを、性格の問題にされました。冷たいとか、愛情がないとか。

彼女はもう一つ言葉を足した。

育児にも協力しないです。結婚してやらなければ独身だった、って言われたこともあります。あの言葉と、夜の話はセットで来ます。

好きじゃないからその気になれない、と言われた七年

えりさん、当時三十三歳。取引先の五つ上に憧れて結婚した。

妊娠がわかった夜に、言われたんです。喜んでもらえると思ってました。

何と言われたのか。

独占欲の延長で結婚してしまった、って。そこまで純粋に好きでもないのに、結婚したり子どもを持つのは間違ってた、とも言われました。

それから七年、キスも行為もない。

誘ったことは何度かあります。返ってきたのが、女性として好きじゃないからその気になれない、でした。

疲れた、なら次があると彼女は言う。

あれは拒否じゃなくて、定義なんですよ。身体が動かない理由を、私の魅力の欠如として渡された。渡されたら、返せないです。

産後に、そもそも好きじゃないと言い出す人

似た話は他でも聞いた。産前はまったく違った態度だった人が、産後になって、そもそも自分は行為が好きではない、と言い出す。

記憶が書き換わってるみたいに聞こえるんです、と一人が言った。

ただ、中身はたぶん恐怖です。目的が子どもだった行為から、目的のない行為に移るのが怖い。目的があるうちは動けたので。

顔は好きではないと言われながら結婚を迫られ、子作りにも応じ、そのあと夫だからと迫られた人もいた。妻の側から見ると、同意の質が途中で変わっている。

触れ方が、義務になったとき

育児の最中に、スイッチだけ入る

三十代の女性の話だ。

料理してるときとか、子どもを抱いてるときに、後ろから触られるんです。キスもされる。

そのときの体の状態を、彼女は正確に言葉にした。

こっちは戦闘態勢なんですよ。時間との勝負をしてる。そこに性のスイッチだけ入れられる。不快が骨まで来ます。

やめてほしいと言えたのか。

言いました。笑ってやめないんです。冗談にされる。そのうち、怒ってる自分のほうがおかしい気がしてくる。

彼女はそこに、思い込みがあったと振り返る。

結婚したら、不快なときでも身体を明け渡さないといけないと思ってました。あれ、好きかどうかの前に、境界の話なんですよね。

好きではない相手の場合、その境界は最初から薄い。薄いところに、夫だから、が乗る。

行為の有無が、愛情の証拠にされる

義務みたいで辛い、と泣いた家の話も聞いた。

断ったら愛がないと思われる。求められなければ愛されてないと思う。両方から挟まれるんです。

好きではない結婚では、その証明が最初から成り立たない。

嘘の上で、身体だけが正直なんですよ。だから開かない。

一方で、開かない理由を全部好きじゃないに寄せるのは残酷だ、という声も聞いた。

そこに寄せると、拒む側が愛情不足の被告人になります。求める側だって、ヘコヘコせずに人生と妻と子どもにまっすぐ向かうしかない。どっちも、夜の技術で前提を上書きできないのを知ってるんです。

終わったあとに残るもの

汚れたのではなく、空洞になった

性欲や不安から行為をしても、あとには虚しさだけが残る。この話は複数の人から出た。

無防備になるには安心が要るんですよ、と一人が言った。

警戒してる相手に、お腹は見せないじゃないですか。動物と同じで。好きじゃない人の腕の中で無防備になる訓練って、身体のほうが拒否します。

拒否できなかった人はどうなるのか。

汚れた感じじゃないんです。空洞になる感じです。終わったあと、何も入ってない。

愛情表現だと思っていた

離婚した女性の告白が、この取材でいちばん長かった。

行為そのものは好きじゃなかったんです。でも、これは私を好きだっていう愛情表現なんだと思ってました。

結婚してどうなったのか。

一年で、男の人も、行為も、両方嫌いになりました。守るために離婚しました。

そのあとは。

自由にはなりました。ただ、武器のない孤独が来ます。守るものがなくなると、今度は何も持ってない。

数年後、別の相手と出会っている。

心が震える行為を、そのとき初めて知りました。それで混乱したんです。私は行為が好きなのか、この人との行為が好きなのか。

答えは出たのか。

出てないです。ただ、証明に使われた身体は、あとから証明を憎むんだなと思いました。

点火していない灯油

レスになった家の話も聞いた。夫の側の後悔では、この件が上位に来る。大事にされない、制限される、と続く。妻の側では、我慢、金銭感覚、大事にされない、が上に来やすい。

同じレスでも、と六十代の男性は言った。

好きじゃない結婚のレスは、冷めたんじゃないです。最初から火がついてない灯油みたいなものなので。

彼は子作り以外は外で済ませてきたと話した。

妻が行為を好きじゃないので。結婚したから性生活が幸せになるとは限らないです。

その分担をどう思っているのか。

好きじゃない前提の延長です。それ以上の説明はできないです。

うまく回っている家に、共通していたこと

好きだった人とは結婚できず、いまの夫は自分を大好きで、言うことを聞き、好きなようにさせてくれる。そう話した女性がいた。

子どもが生まれてから、夫を好きかどうかはどうでもよくなりました。子どもが世界で一番大切なので。

彼女が挙げた条件は具体的だった。過干渉がない。同じ速度で子どもを欲しがった。経済の不安が先に消えた。

夜の満足じゃないんですよ。生活の摩擦が少ないかどうかで、幸せを数えてます。

周囲の印象としては、幸せそうに見える家が四割前後、そうでない家が六割前後だと言われる。ただ、その印象は夜の中身まで届かない。

分けられる人と、分けられない人

人としては好き、恋愛としては別、と分けて暮らす人もいた。

理解が深いし、精神性も高い人です。人として好きになれない性格ではないので。

分けられる人は、夜を必須にしない。分けられない人は、夜がないこと自体が好きではない証明に見える。

証明にされた側は、好きでも触れられたくなくなります、と一人が言った。

好きじゃない側は、触れても何も増えないんですよ。どっちからも、同じ場所に行き着きます。

八人に、同じことを聞いた

慣れるのか

慣れた人と、最後まで慣れなかった人がいた。慣れたと答えた人も、それを愛情とは呼ばなかった。麻痺に近い、という言い方をした人が二人いる。

好きになることはあるのか

八人のうち、結婚後に相手を好きになったと答えた人はいなかった。近づくのは慣れか麻痺か別の誰かだ、という言葉が、そのまま全員の答えになっている。

子どもができたら解決するのか

しない。えりさんの家では妊娠が引き金になり、香織さんの家では目的の達成とともに理由が消えた。子どもは、夜の問題を別の場所へ動かすだけだった。

話し合えるのか

できた家とできなかった家がある。分かれ目は、好きかどうかを議題に乗せなかったかどうかだ。触れ方の約束だけを、好きとは別の言葉で決めた家は続いている。

離婚したのか

八人のうち、離婚したのが二人。続けているのが六人。続けている六人のうち、夜のことが解決したと答えた人はいない。

土を買いに戻る

美咲さんに、いま幸せかと聞いた。彼女は紙コップを両手で包んで、しばらく答えなかった。

幸せの数え方を変えました、と言った。

どういう意味ですか。

前は、好きかどうかで数えてたんです。いまは、朝ちゃんと起きられるかとか、子どもの支度が滞りなく終わるかとか、そういうので数えてます。

それは負けたということですか、と踏み込んで聞いた。

負けたと思う日もあります。夜だけは、どうしても数字にならないので。

彼女は足元のレジ袋を持ち上げて、中身を見た。土はまだ買っていないと言った。二階に上がってきたのは、この話をするためだったらしい。

店内放送が、また同じ文言を流し始めた。十五分前とまったく同じ声で、まったく同じ順番だった。彼女はそれを聞き終えてから立ち上がり、じゃあ買って帰ります、と言って階段のほうへ歩いていった。

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