月末の三日間だけ、私は自販機の前を素通りするようになる。
四十五歳の男が、百六十円の缶コーヒーを我慢して会社に入っていく。誰に見られているわけでもない。それでも、少し情けない気持ちになる。その帰り道に、スマホで検索した。旦那のお小遣いの平均額。
出てきた数字は、月に三万九千円ほどだった。会社員を対象にした調査で、女性会社員は三万五千円ほど。しかも、この額は前の年より減っている。物価は上がっているのに、小遣いは下がっている。
当時の私は、一万五千円だった。
平均額を検索している人は、金額じゃなくて審判を探している
数字を見つけた瞬間、私は少し勝った気になった。ほら、平均の半分以下じゃないか、と。
その晩、妻にそれを見せた。うまくいかなかった。
統計を持ち出した時点で、話がこじれた
妻の反応は、冷静だった。よその家の平均を持ってこられても困る、と。それはその通りだった。うちの手取りも、家賃も、子どもの年齢も、平均の家庭とは違う。
いま思うと、私は数字を情報として調べたのではなかった。話し合いで勝てなかったから、審判を連れてこようとしていた。平均額を検索している人の多くは、たぶん同じことをしている。金額を知りたいのではなく、自分の言い分を裏づけてくれる第三者を探している。
そして、それは効かない。統計は、自分の家の事情を何ひとつ知らないからだ。
同じ三万円でも、中身が違えば別物になる
数字を見せて失敗したあと、ようやく別のことに気づいた。金額を比べても意味がないのは、比べているものが揃っていないからだ。
平均の使い道の一位は、昼食代だった
調査を読み進めて、そこで手が止まった。小遣いの使い道の一位は、男女とも昼食代なのだ。
つまり、平均三万九千円という数字の中には、平日に食べる昼飯が入っている。ここが揃っていないと、比較は完全に無意味になる。
昼食が月に二万円かかる人にとって、三万円の小遣いは、実質一万円だ。一方、弁当を持っていく人の二万円は、まるごと二万円として使える。同じ表に並べていい数字ではない。
境界線をどこに引くかで、実質は倍変わる
だから、揉めているとき最初にやるべきなのは、金額の交渉ではない。何が小遣いに含まれるのかを、二人で紙に書き出すことだと思う。
昼食代。職場の飲み会。散髪。服。スマホの通信費。趣味の道具。冠婚葬祭のご祝儀。このあたりは、家によって扱いがまるで違う。うちは、この線引きを一度もしていなかった。だから私が足りないと感じ、妻は渡しているつもりでいた。両方とも本当だった。
私がこたえていたのは、金額そのものじゃなかった
もう少し正直に書く。一万五千円で生活が破綻していたわけではない。飯は家で食えるし、家賃は払えている。
それでも毎月末に、あの妙な惨めさが来た。その正体を、しばらく言葉にできなかった。
説明しなくていい金が、月に一万五千円しかなかった
お小遣いというのは、要するに、使い道を報告しなくていい金のことだ。家計から出す金には理由がいる。小遣いには、いらない。
私にとって、自由に使える範囲が一万五千円ということは、説明せずに動ける領域が、生活のなかにそれだけしかない、ということだった。金額が減って困るのは、貧しくなるからではなく、この領域が縮むからだ。
同僚に誘われた飲み会を、金がないという理由で断るのは、たいして恥ずかしくない。恥ずかしいのは、家に帰って、なぜ飲みに行ったのかを説明する場面を想像することのほうだった。
レシートを捨ててから帰る癖がついた
一時期、コンビニのレシートを店の前のゴミ箱に捨てて帰るようになっていた。
責められたことは一度もない。妻が財布を見たこともない。それでも、捨てていた。四十を過ぎた人間が、缶コーヒーの証拠を隠している。書いていて情けないが、そういうことをしていた。
三ヶ月だけ、家計簿を引き受けた
平均額を見せて失敗した翌月、妻が提案してきた。じゃあ三ヶ月やってみる、と。
引き受けた。正直、少し得意だった。管理してみせようと思っていた。
数字を見て、黙るしかなかった
一ヶ月目で分かった。余っていない。
家賃、光熱費、通信費、保険、子ども二人の学費と習い事。そこに食費と日用品。私が削れると思っていた部分は、すでに削られたあとの姿だった。残りをかき集めても、私の小遣いを倍にできる余地はなかった。
私は、家計を見たことがないまま、足りないと言い続けていた。妻がなぜ一万五千円という数字を出したのか、三ヶ月かけてようやく理解した。
妻の自由費の欄が、空白だった
もう一つ、見つけたものがある。
家計簿には、私の小遣いの欄がある。妻の欄もある。そこが、ずっと空白だった。数字が入っている月が、ほとんどない。
管理している人間が、いちばん自分に回していない。しかも、それを一度も言ってこなかった。私が缶コーヒーを我慢していた同じ月に、妻は自分の分をゼロにして帳尻を合わせていた。
これを見てから、平均額の話をする気が完全に失せた。
変えたのは、金額よりも仕組みのほうだった
そのあと、私たちが決めたことを書いておく。金額は最終的に三万円になったが、効いたのは金額ではなかったと思う。
昼食代を、小遣いの外に出した
これが一番大きかった。昼飯は生活に必要な支出だから、家計から出す。その代わり、弁当を持てる日は持つ。
これだけで、私の実感は劇的に変わった。手元の額はさほど増えていないのに、自由に使える部分が増えたからだ。
年に一度、見直す日を決めた
もう一つは、これだ。四月に一度、金額を見直す。昇給しても子どもが大きくなっても、その日に話す。
この約束をしてから、値上げの相談がしやすくなった。以前は、小遣いを増やしてほしいと切り出すこと自体が、不満の表明になっていた。見直す日が決まっていると、それがただの定例作業になる。
据え置きの期間が長いほど、不満は静かに溜まる。金額を決めるより、いつ決め直すかを決めるほうが効いた。
大きな出費は、事前に一言
飲み会が続く月や、まとまった買い物をしたい月は、先に言う。あとから相談するのと、先に言うのとでは、受け取られ方がまったく違う。これも決めておいてよかったことの一つだ。
そもそも小遣い制じゃない家もある
うちは小遣い制を選んだが、それが唯一の形ではない。
生活費として必要な額を二人で共同の口座に入れて、残りは各自が自由に使う、という分担のやり方をしている家庭もある。管理する手間は減るし、干渉されるストレスも小さい。ただ、全体の貯蓄額が把握しにくくなるので、そこを別に決めておく必要がある。
どの形にしても、大事なのは片方だけが我慢する構造になっていないかどうかだと思う。うちは、まさにそこが崩れていた。
三万円になって、二年経った。それでも、月末の三日間はやっぱり足りない。金額が倍になっても、月の終わり方は変わらないらしい。人間はそういうふうにできているのだと、諦めている。
ただ、レシートは捨てなくなった。缶コーヒーも、妻の前で普通に飲む。あの頃、私が本当に欲しかったのは一万五千円の上乗せではなく、百六十円を隠さなくていい状態のほうだったのだと思う。妻の自由費の欄には、いまは少しずつ数字が入っている。まだ私より少ない。それについては、四月にまた話すことになっている。