返信が「うん」だけになった週のことを、彼らは全員はっきり覚えていた。日付まで言える人もいた。いい感じだったのに急に冷たい女性、六人に話を聞いて出てきたのは、こちらから見えていた時計と向こうの時計が別々に動いていたという話だった。急だったのは、たいてい片側だけだ。
会場は駅前のビルの三階にある喫茶店で、平日の夜は空いている。二人目からは録音を断られたので、以降は手書きで取った。最初のタクヤさんは、当時のトーク画面を今もスクロールできると言った。消していないらしい。
順調になるほど、向こうは怖くなっていた
誘ってくれていたのは、向こうだった
三十四歳のタクヤさんの場合、状況は良かった。
「返信も早いし、会う約束も向こうから振ってくれるようになってたんです。三回目くらいから、次いつ空いてる? って」
このまま自然に、と。
「思ってました。完全に。あんな順調な流れ、それまでなかったので」
いつ変わりました。
「ある週の火曜からです。返信が、うん、だけになって」
それだけですか。
「それだけです。誘っても、最近忙しくて、で濁される。理由を聞いても、別に何もないよ、って」
心当たりは。
「ゼロでした。当時は本気でわからなくて、自分のメッセージを何十回も読み返しました。どこで間違えたのかって」
今はどう考えていますか。
「順調になったから怖くなったんじゃないかと。あの人、好きな相手ほど避けるタイプだったんだと思います。深く愛されたい気持ちと、嫌われたらどうしようっていう恐れが両方あって、恐れの方が勝った」
距離が縮まると警報が鳴る人がいる
三十一歳のユウタさんも同じ形だ。順調に進んでいた相手から、突然、もう無理、と告げられた。
「直前まで普通に会ってたんですよ。前の週末も普通でした」
どう受け止めました。
「自分の愛情が足りなかったのかと思って、しばらく責めてました」
後からわかったことは。
「彼女、関係が深まるほど不安が強くなる人だったらしくて。好きなのに離れる、っていう動き方をする」
理解できましたか。
「理屈は理解しました。誰よりも愛されたいのに、見捨てられたら立ち直れないっていう恐怖の方が先に来るって。ただ、感情としては、いまだに納得しきれてないです」
順調さは、この種の人にとって安心材料ではない。むしろ、失ったときの損害が大きくなる状態として計上される。だから関係が良くなるほど警報の音量が上がり、ある地点で撤退が選ばれる。
こちらから見ると、良くなった直後に冷えたように見える。向こうでは、良くなったから冷えている。
演じていた自分の、燃料が切れた
三十歳のケンさんの話は、まったく別の理由だった。
マッチングアプリで出会った相手と、数回デートを重ねた。
「向こうから、次いつ会える? って聞いてくるし、電話しようって誘ってくるし、デートプランまで立ててくれて」
かなり積極的ですね。
「積極的でした。だから、こっちも自信を持って告白したんです」
それで。
「付き合おうって切り出したあたりから、態度が一変しました。会う日を聞いてこなくなって、こっちが誘っても受け身になって、連絡の温度が下がって」
どう感じました。
「釣った魚に餌をやらないタイプだったのかって、正直かなりショックでした」
今の解釈は違うんですね。
「冷めたっていうより、素に戻ったんだと思います。あの人、付き合うまでは相手が好きそうな自分を演じてたんじゃないかって」
なぜそう思いますか。
「マメで積極的な人を続けるのって、けっこう体力いるでしょ。あれを毎日やってたら、そりゃ燃料切れになる。付き合うっていうゴールに着いた時点で、演技を維持する理由がなくなった」
彼はそこで少し笑った。
「俺が好きになったのは、その演じてた方の人だったのかもしれないですけど。それはそれで、こっちの問題ですよね」
演技が終わったのを冷めたと読むと、対処を間違える。落ちたのは相手の気持ちではなく、出力の方だ。
こちらが気づかなかった間に、我慢が終わっていた
三十七歳のリョウさんの話が、この取材でいちばん重かった。
「絵文字が消えたんですよ。まずそこから」
具体的には。
「それまで文末に何かしら付いてたのが、素の文字だけになって。次に、また今度ね、で日程が決まらなくなって。最後は、最近忙しくて、の繰り返し」
急に冷めたように見えた。
「見えました。当時は完全にそう思ってました」
実際は。
「とっくに終わってたんです。あの人の中では」
何があったんですか。
「小さい違和感を、何回も態度で伝えてたらしいんですよ。俺が全部スルーしてました」
たとえば。
「傷ついたって言われたときに、そんな気にすることないよって流したことが何回もあって。あと、面倒くさそうな顔をしたことも、たぶんある」
それが積み重なった。
「どうせ言っても無駄だなって、諦められたんだと思います」
彼はそこで、一度長く黙った。
「怒ってくれてる間は、まだ期待があるんですよね。悲しいって言ってくれてる間も。あれ、エネルギーを使ってくれてる証拠なので。使うのをやめた瞬間に、静かにスイッチが切れる」
音がしないんですね。
「しないです。全然。だから急に見える」
不満を口にしなくなったことを、状況の改善だと読む。これが一番危ない誤読だと思う。要求が消えたのは満たされたからではなく、要求する価値がないと判定されたからかもしれない。
特別扱いが消えた瞬間に、切れる
三十二歳のマコトさんは、後から本人に理由を聞けた数少ない例だ。
「なんで冷めたのか、直接聞いたんです。別れたあとに」
答えは。
「雑にされた、って言われました」
具体的に何を。
「四つくらい挙げられました。本気の悩みを適当に流したこと。小さい嘘がバレたこと。約束を忘れたこと。あと、慣れてきて扱いが雑になったこと」
心当たりは。
「全部ありました。全部、俺の中では大した話じゃなかったやつです」
彼女の側では。
「私じゃなくてもいいよね、って思ったらしいです。いなくなっても困らないだろうな、とも」
彼はそこで水を飲んで、続けた。
「あと、未来の話が減ってたって言われて。それは自分でも気づいてなかった」
マコトさんの整理はこうだ。
「男は飽きたで冷めることが多い気がするんですよ。でも女は、雑にされたで冷める。派手な事件がなくても、私は特別じゃないなって思われた瞬間に、プツンと切れる」
減点がなくても、加点がなければ終わる。悪いことをしていないという弁明が通用しないのは、そのためだ。
反応を全部返したら、価値が下がったという説
二十八歳のショウさんの話だけ、他と毛色が違う。
「ぐいぐい来るタイプの子だったんです。それに全部応えてたら、急に温度が下がって」
どう応えていたんですか。
「連絡が来たらすぐ返すし、誘われたら全部行くし、褒められたら全力で喜ぶし」
それで。
「あとで思ったのは、意外と簡単に手に入りそうだなって思われたのかもって。大したことない男なのかもって」
そう言われて、私は少し引っかかった。相手を試すゲームとして扱う見方は、うまくいかなかった理由の説明としては便利だが、当たっているとは限らない。
「わかってます」と彼は言った。「これ、自分を守るための解釈かもしれないっていうのは。ただ、あのときの温度の下がり方が、他の理由だと説明できなくて」
同じ現象に対して、五人が五通りの説明を持っていた。当然だと思う。相手の内面は誰にも見えない。彼らが持っているのは、自分側から観測できた変化の記録だけだ。
全員が言わなかったこと
一通り聞いて気づいたことがある。六人とも、相手に直接理由を聞いた人はマコトさんだけだった。
タクヤさんに、なぜ聞かなかったのかを尋ねた。
「聞いたら終わるからです」
まだ終わってなかったんですか。
「あの時点では、まだ確定してなかったので。聞かなければ、忙しいだけかもしれないっていう可能性が残る」
今から聞く気は。
「ないです。三年前ですし」
彼はそこで、スマホを取り出してトーク画面を開いた。私には見せなかった。
「消してないんですよ、これ。何回か消そうとしたんですけど」
なぜ消せないんですか。
「あの人が、うん、って返してきた火曜まではスクロールできるんです。その手前までは全部、普通の会話なので。読み返すと、まだ普通に進んでる感じがして」
彼は画面を伏せて、テーブルに置いた。
「たぶん、あの週に何があったかを、俺は一生知らないままなんだと思います」
隣の席で誰かが席を立って、椅子の脚が床をこする音がした。