避けられているのに、なぜか近くにいる。冷たいと思ったら、他の女性と話していると機嫌が悪くなる。好き避け女性に困っているのは、たぶん態度の冷たさではなく、その一貫性のなさだと思う。七人に話を聞いた。避けていた側の証言と、避けられていた側の観察が、まったく別の場所を指していた。
聞き取りは二回に分けた。避けていた側の四人は、話し始めるまで妙に丁寧で、途中から急に率直になる人が多かった。最初のアカリさんは、これ恥ずかしい話なんですけど、と三回言った。
好きな相手の前だけ、機能が落ちる
周りとは普通に話せるのに
二十九歳のアカリさんは、職場の同僚に対して避ける行動を取っていた。
「目が合うと、すぐ視線をそらしてました。反射で」
意識してではなく。
「してないです。気づいたら下を向いてる」
二人きりになると。
「急に話せなくなるんです。単語しか出てこない」
周りの人とは。
「普通です。普通に喋ってます。それがまた自分でも不気味で」
同じ人間なのに。
「同じなんですよ。彼の前だけ挙動不審になる。あの落差が説明できなくて、当時けっこう悩みました」
冷たい態度を取ったことも。
「あります。わざと。好きだなんて絶対にバレたくないっていう気持ちが強すぎて」
本当は。
「近くにいるだけでドキドキしてました。それを隠そうとすると、冷たくするしかなくなるんですよ。中間の選択肢が思いつかなくて」
いつ自覚しましたか。
「友人に、あの態度、完全に好き避けだったよって言われて。認めるしかなかったです」
隠そうとするから、極端になる
四人の証言で共通していたのは、態度の設計がゼロか百かになる点だった。
自然に接するには、緊張を隠しながら普段どおりに振る舞う必要がある。これは高度な作業で、心拍が上がっている状態ではまず失敗する。失敗すると気持ちが露見する。露見するくらいなら、接触自体を減らす方が確実だ。
だから避ける。技術的な回避策として、それが最も成功率が高い。
二十八歳のミオさんは、その回避を徹底していた。
「廊下で会うと、わざと違う方向に行ってました」
遠回りして。
「遠回りです。用がない方に曲がってました」
休憩室では。
「彼がいると別の場所に移動してました。せっかく座ってても」
そこまでしていて、気にはなる。
「なるんですよ。それが自分でも意味がわからなくて。彼の話が聞こえてくると、つい耳を澄ませちゃうし」
矛盾していますね。
「矛盾してます。避けてるのになんで気になるのって、自分に何回も聞きました」
答えは出ましたか。
「友人に、それ本気で好きな証拠だよって言われて。そこで初めて、自分の気持ちの強さに気づきました」
避けている自覚はあっても、なぜ避けているかは本人にもわからない。全員が、他人に指摘されてから理解している。
傷つく前に、先に距離を取る
三十二歳のサキさんの説明が、いちばん構造的だった。
「連絡が来ても、すぐ返信できなかったんです」
読んではいる。
「読んでます。既読をつけるのも躊躇して、通知だけで何回も確認して」
会う約束を断ったことも。
「あります。忙しいって言って。実際は予定なんてなかったです」
なぜ断ったんですか。
「わからないです、当時は。今ならわかりますけど」
今の説明では。
「拒絶されたときの傷が怖かったんですよ。だから、先にこっちが距離を取っておく」
先制ですね。
「先制です。断られる前に断っておけば、傷つかないので」
本当は嬉しかった。
「嬉しかったです。連絡が来ると、何回もメッセージを読み返してました。避けてるくせに、彼のSNSは見るし、共通の友人から彼の話を聞くと急に元気になるし」
自覚はあったんですか。
「ありました。自分の行動が矛盾してるのは、はっきりわかってて。だから苦しかったです」
好意の強さは、そのまま損失の見積もりに変換される。どうでもいい相手に断られても損害はゼロだが、本気の相手に断られた場合の被害額は大きい。額が大きいほど、回避行動が強く出る。
つまり、避ける行動の強度は、好意の強度と連動している。
避けられた側が見ていたもの
三十五歳のケンタさんは、避けられた側だ。
「前の彼女が、付き合う前に明らかに好き避けをしてました」
どんな行動でしたか。
「僕が近づくと少し距離を取る。話しかけても短い返事で終わる」
それだけなら。
「それだけなら、嫌われてると思うでしょ。実際、最初はそう思ってました」
違ったんですね。
「僕が他の女性と話してると、急に冷たい視線を送ってくるんですよ。あと、僕が離れようとすると急に話しかけてくる」
矛盾しますね。
「するんです。別に興味ないって言いながら、結局いつも近くにいる。あれで混乱しました」
後でわかったことは。
「好きすぎてどう接していいかわからなかった、って彼女が言ったんです。それであの矛盾が全部説明ついて」
三十七歳のユウトさんも、似た観察をしていた。
「彼女、普段は明るい性格なんですよ。なのに、僕の前だけ静かになる」
誘ったことは。
「あります。予定があるって断られました。何回か」
そこで諦めなかった。
「諦めかけてました。ただ、僕が体調を崩したときに、こっそり様子を見に来てくれたことがあって」
こっそり。
「こっそりです。他の人がいないタイミングで。あれで、あれ、と思って」
他には。
「他の男性が近づくと、露骨に機嫌が悪くなる。あれもわかりやすかったです」
後で理由を聞きましたか。
「好きだったからこそ、変に意識されて傷つくのが怖くて避けてたって言われました」
四十三歳のヒロシさんは、その相手と結婚している。
「妻が結婚前、明らかに僕を好き避けしてました」
どんな形で。
「グループでいるときは普通なんです。二人になると急に黙る。目も合わせない」
そこだけ見ると。
「嫌われてるのかなと思いました。当然」
判断が変わったのは。
「僕が他の女性と話してると、急に近くに来るんですよ。あと、後から、何話してたの? って聞いてくる」
嫉妬ですね。
「嫉妬です。あれ、嫌ってる人にはやらないでしょ」
後で確認できましたか。
「付き合ってから、好きすぎてどうしていいかわからなかった、と言われました。あれで納得しました」
判別できるのは、態度ではなく状況差
三人の観察を並べると、共通の手がかりが出てくる。
彼らが判断を変えたのは、冷たい態度が優しくなったからではない。相手の態度が状況によって変わることに気づいたからだ。
グループでは普通なのに、二人だと黙る。近づくと距離を取るのに、離れると話しかけてくる。誘いは断るのに、体調を崩したときは様子を見に来る。他の女性と話していると機嫌が変わる。
態度そのものではなく、態度が場面ごとに反転する現象の方が判別材料になっている。
興味がない相手に対しては、この反転が起きない。一貫して同じ距離が保たれる。ケンタさんが混乱したのは、まさにその一貫性がなかったからだ。
ただし、ここには注意が要る。誰かの態度を好き避けだと解釈して接近を続けるのは、相手が本当に避けている場合には迷惑にしかならない。判別材料として使えるのは、相手の側から近づいてくる行動が実際に発生している場合に限られる。
二十六歳のナナミさんの証言が、その点をはっきり示していた。
「彼が離れていくと寂しくなって、つい後を追ってしまうんです」
避けているのに追う。
「追ってました。自分でもおかしいと思いながら」
友人には。
「好き避け全開だねって言われて、赤面しました」
全員が、当時の自分を不器用だったと言った
四人に同じことを聞いた。あの行動を後悔していますか。
サキさんの答えは明確だった。
「してます。あれで一回チャンスを潰したので」
その人とは。
「終わりました。断り続けたら、当然来なくなるので」
今なら違う行動を。
「取ると思います。ただ、あのときの自分には無理でした。方法を知らなかったので」
ミオさんは、少し違う言い方をした。
「後悔というか、あれが精一杯だったなって。避けるくらいしか、気持ちを処理する方法がなかったので」
アカリさんは、しばらく考えてから答えた。
「不器用でしたね。ただ、不器用なりに全部本気だったんですよ」
伝わったと思いますか。
「伝わってないと思います。冷たくしてたので」
その人とは今も同じ職場ですか。
「別の部署です。たまに廊下ですれ違います」
今も避けますか。
彼女は少し笑った。
「今は普通に挨拶できます。もう好きじゃないので」
そう言ってから、少しだけ間を置いた。
「好きじゃなくなったら普通に話せるって、我ながらひどい話だなと思うんですけど」
窓の外は夕方の色になっていて、彼女は時計を見て、そろそろと言って鞄を持った。