用事がないのにデスクの横に来る。給湯室でなぜか毎回鉢合わせる。職場で近くに寄ってくる男性心理、寄る側の四人に聞いてわかったのは、本人も理由を整理していないということだった。しかも全員、露骨さの自覚がまったくない。気づいたのは、後で誰かに言われてからだ。
聞き取りは寄られた側と寄る側で分けた。寄る側の人たちは、話し始めるまでに少し時間がかかった。三人目のケンタさんは、これ職場の人が読んだら特定されませんかね、と二回確認した。
用事がないのに、来る
世間話だけして帰っていく
三十歳のアカリさんは、同じフロアの男性同僚の行動に気づいた側だ。
「用事もないのに、私のデスクの近くに来るんです」
最初はどう思いました。
「何か仕事の話かな、と。普通にそう思ってました」
違ったんですね。
「来るたびに世間話をして、すぐ帰っていくんですよ。今日暑いですねとか、その程度の話をして」
何回くらい。
「週に三回くらいだったと思います。多い週はもっと」
いつ気づきました。
「他の同僚に言われました。あの人、最近あなたにばかり寄ってるよねって」
自分では。
「全然気づいてなかったです。言われて初めて、あ、そうかもって」
そのあとどうなりました。
「意識するようになりました。それからは少しずつ会話が増えて、親しくなれた気がします」
彼女は、その行動をこう解釈している。
「近くにいることで、少しでも話したい、存在を意識してほしいっていう気持ちがあったのかもしれないです」
口実を用意している側の話
三十五歳のケンタさんが、まさにその側だった。
「特定の女性同僚の近くに行くことが多かったです」
口実は。
「仕事の相談ですね。全部それにしてました」
本当の理由は。
「彼女の近くにいると落ち着くからです。それだけ」
具体的にどんな行動を。
「デスクが少し離れてたんですけど、資料を持っていくふりをして近づいたり。あと、休憩時間に同じスペースに行ったり」
計算してやっていたんですか。
「してないです。というか、してるつもりがなかった。気づいたら足が向いてる感じで」
気づかれていないと思っていた。
「思ってました。完全に。あとから、よく来てたねって言われて焦りました」
言われたときは。
「あ、バレてたんだって。しかも、その言い方が、責める感じじゃなくて普通だったので、余計に恥ずかしくて」
四十三歳のヒロシさんは、もっと露骨な行動を取っていた。
「若い頃です。好きな同僚の席が視界に入る位置に、自分の席を移動してもらったことがあって」
移動してもらった。
「レイアウト変更のタイミングで、希望を出せたので。そこで、あの辺がいいですって」
理由は何と説明したんですか。
「窓に近い方がいいとか、そんなことを言ったと思います。今考えると苦しい理由ですけど」
他にも。
「会議の席も、近くを取るようにしてました」
自覚は。
「なかったです。近くにいるだけで安心する感覚があって、無意識に動いてました」
いつ知りましたか。
「後から、あの頃よく近くにいたよねって言われて。自分がどれだけ露骨だったかに、そこで気づきました」
寄る側の四人全員が、同じことを言っている。行動が先にあって、自覚が後から来る。しかも自覚のきっかけは、必ず他人の指摘だ。
好意とは限らない場合
三十七歳のユウトさんの話は、ここまでと少し違う。
「部下の女性の近くにいることが多かったんです」
理由は。
「彼女の仕事をサポートしたいという気持ちが強くて。困ってないか確認するつもりで、気づいたらデスクの近くに立ってました」
好意ではなく。
「なかったと思います。少なくとも自分の中では」
相手はどう受け取りました。
「あるとき、いつも近くにいるので少し緊張しますって言われて」
そのときは。
「けっこうショックでした。良かれと思ってやってたので」
どう変えました。
「距離の取り方を考え直しました。声をかけるときは正面から行くとか、用件を先に言うとか」
彼は自分の行動をこう分析した。
「守りたいとか、役に立ちたいっていう気持ちが、そのまま物理的な近さになって出ちゃうんですよね。頭では別の話なのに、体は近づける方向に動く」
これは重要な指摘だと思う。寄られた側は、近さを好意の証拠として読む。ところが源には複数の候補がある。好意もあれば、保護欲もあれば、単に距離感の設定が違うだけの場合もある。距離の近さは、動機の種類までは教えてくれない。
二十六歳のナナミさんの体験は、まさにその判別がつかなかった例だ。
「入社したての頃、先輩が教育係で、近くにいてくれることが多かったんです」
それは業務ですね。
「業務です。ただ、業務が終わってもなかなか離れないことがあって」
先輩は何と。
「何かあったらすぐ聞けるように、って」
その説明で納得しましたか。
「半分は。ただ、他の先輩はそこまで近くに来ないので、特別扱いされてる感じはありました」
どう判断しました。
「できなかったです。好意なのか、ただ面倒見がいいだけなのか」
不快ではなかった。
「不快ではなかったです。丁寧に接してくれる姿勢自体はありがたかったので」
判断に迷ったまま。
「迷ったままです。今も答えは出てないですね」
雑談の量が、判別材料になる
二十八歳のミオさんの話には、判別の手がかりが含まれていた。
「先輩の男性が、コピー機の前とか給湯室で、わざわざ近くに来て話しかけることが増えて」
場所が限定されてますね。
「そうなんです。デスクじゃなくて、必ずそういう場所で」
最初はどう思いました。
「仕事の指示かと思ってました。でも内容が雑談ばっかりで」
たとえば。
「週末どこか行くんですかとか。あと、私の飲み物のことを聞いてきたり」
不思議に思った。
「思いました。この人、なんで毎回ここにいるんだろうって」
どう解釈しました。
「友人に相談したら、それ意識してる証拠だよって言われて、ドキッとしました」
その後は。
「彼から誘われることが増えました」
用事がない接近か、用事がある接近か。この区別が判別の入口になる。ユウトさんの場合は業務の確認という中身があったが、ミオさんのケースは雑談しか発生していない。
三十二歳のサキさんの場合、パターンはもっと明確だった。
「隣の部署の男性が、ランチの時間になると必ず私の近くのテーブルに座るようになったんです」
偶然の可能性は。
「最初はそう思ってました。でも、席を変えてもついてくる感じがして」
席を変えた。
「試しに、いつもと違う場所に座ってみたんです。そうしたら、その日も近くに来て」
本人は何と言っていました。
「話しやすいからって」
周りは。
「明らかに意識してるよって言われました。私より先に周りが気づいてました」
判定できるのは意図ではなく、負担の有無
七人の話を並べて、はっきりしたことがある。
寄る側の四人は、全員が自分の行動を後から知った。つまり、意図を隠していたわけではない。隠す以前に、自分が何をしているか把握していない。
だから、寄られた側が相手の内面を推測しても、精度の高い答えは出ない。本人ですら整理できていないものを、外から読むのは無理がある。
かわりに判定できるものがある。自分にとって負担かどうかだ。
ナナミさんは判断がつかないまま、不快ではなかったと言った。ミオさんはドキッとしたと言い、その後の誘いを受けている。ユウトさんの部下は、緊張すると伝えた。三人とも、動機の解読ではなく自分の側の反応を基準にしている。
そしてユウトさんのケースが示しているのは、伝えれば変わる場合があるということだ。彼は言われた翌日から距離の取り方を変えている。
露骨だったと気づく日が来る
最後に、寄る側の三人に同じことを聞いた。当時の自分をどう思いますか。
ケンタさんは苦笑いした。
「恥ずかしいですね。資料を持っていくふりって、我ながら」
今も同じことをしますか。
「しないです。あれ、相手からしたら仕事の邪魔なので」
ヒロシさんの答えは、少し重かった。
「席まで動かしたのは、さすがにやりすぎでした」
その方とはどうなりましたか。
「何も。何年か一緒に働いて、向こうが先に転職しました」
伝えなかった。
「伝えてないです。近くにいるだけで満足してたので」
満足していた。
「してたと思います。今考えると、あれ、こっちが勝手に完結してただけなんですよね。相手からしたら、ただ近くにいる人だったわけで」
彼はそこで言葉を切って、コップの水を少し飲んだ。
「あの頃の自分に何か言えるとしたら、席を動かす前に一回話しかけろ、ですかね。それができないから席を動かしたんですけど」
窓の外で、昼休みらしい集団が信号を渡っていた。彼はそれを見ながら、まあ二十年前の話ですので、と付け加えた。