かわいそう、と言われて笑って返す。その帰り道に、なぜあんなに腹が立ったのかを考える。30代独身女性はその場では笑っていた。そして全員が、言われた言葉を年単位で覚えていた。共通していたのは、誰も泣かなかったことだ。かわりに、全員が途中で一度、口調が硬くなる瞬間があった。
善意の形をして届く
親戚の集まりで
三十五歳のアヤコさんは、法事の席での話から始めた。
「まだ独身なの、かわいそうに、って言われました。二回」
同じ人にですか。
「別の人です。一時間くらいの間に、別々の親戚から」
どう返しましたか。
「笑顔で、大丈夫だよって」
本心は。
「誰がかわいそうだと思ってるの、って。それがそのまま頭の中で鳴ってました」
生活はどうなんですか。
「仕事も趣味も充実してます。寂しさを感じたことも、正直あんまりなくて」
それなのに言われる。
「そこなんですよ。焦ってるならまだわかるんです。焦ってないのに、年齢だけで同情される」
何が一番きつかったですか。
「向こうが完全に善意なことです。悪意なら言い返せるんですよ。心配してくれてるので、言い返す先がない」
救済が必要な人という枠
三十三歳のミサキさんは、友人の結婚式での経験を話した。
「受付で、お一人ですかって聞かれて」
それは事務的な確認では。
「事務的なんですよ。だから責められない。ただ、あの一言で、あ、そういう枠に入ってるんだなって」
披露宴では。
「いつかいい人が見つかりますように、って優しい顔で言われました。二人くらいから」
祈られた。
「祈られました。そこで、自分が救済が必要な人に見られてるんだって、はっきりわかって」
生活に不満は。
「ないです。今の生活に満足してます」
それでも。
「周りが勝手にかわいそうって決めてかかってくるんです。その善意が、かえって重くて」
七人の証言で最初に一致したのは、この点だった。かわいそうという言葉は、ほぼ全て善意の形で届いている。攻撃ではない。だから反論の手続きが存在しない。
心配されている状況で怒ると、こちらが感情的な人になる。感謝すれば、その枠を自分で承認したことになる。どちらも損をする構造で、選べるのは笑って流すことだけになる。
職場と家族から届く場合
三十一歳のユキさんは、後輩の結婚後に変わった扱いを話した。
「後輩が結婚して、急に、先輩も早く幸せになってくださいね、って言ってくるようになって」
それまでは。
「言われたことなかったです。同じ立場だったので」
言い方に悪意は。
「ないです。心から言ってると思います」
どう感じましたか。
「自分が、何か欠けた存在として見られてるんだなって。少し悲しくなりました」
幸せになってください、という言い方について。
「今が幸せじゃない前提なんですよ。あの言葉。そこが引っかかって」
実際は。
「恋愛をしてないわけでも、人を嫌ってるわけでもないです。ただ、今は自分のペースで生きたいだけで」
三十七歳のケイコさんは、親からの言葉を挙げた。
「このままだと一人で老後を迎えるよ、かわいそうだよ、って」
真剣に。
「真剣にです。冗談じゃなくて、心配してる顔で」
どう受け取りましたか。
「自分の選択を否定されてる感じがしました」
反論はしましたか。
「しなかったです。あの人、本気で心配してるので」
彼女は少し早口になった。
「私、仕事でそれなりの立場を作ってきたんですよ。経済的にも自立してるし、家も自分で買ってて。それでも、結婚してないっていう一点だけで哀れとされるんです」
その価値観について。
「狭いなと思います。もどかしくて仕方ないです」
見知らぬ相手から言われる場合
三十四歳のリナさんは、マッチングアプリで会った相手からの言葉を挙げた。
「30代で独身なんて、何か理由があるんでしょ、って」
遠回しに。
「遠回しですけど、意味は明確でした」
どう返しました。
「笑顔で流しました。その場は」
心の中では。
「あなたに何がわかるの、って」
相手に悪気は。
「なかったのかもしれないです。ただ、初対面で言うことじゃないでしょ」
その後は。
「二度目はないです」
彼女はそこで、少し疲れた顔をした。
「恋愛したい気持ちはあるんですよ。ちゃんと。ただ、こういう偏見を感じると、人を信じにくくなる。皮肉ですよね、恋愛しようとしてる場所で言われるので」
一番怖いのは、自分で言い始めること
三十二歳のナオさんの話が、この取材の核心だったと思う。
「友人たちが一気に結婚して、出産していく時期があって」
何歳ごろですか。
「三十から三十二の間です。あの二年で、六人くらい」
どう感じました。
「取り残された感覚になることがありました。特にSNSを見ると」
何が並んでいるんですか。
「幸せそうな家庭の写真です。休日の公園とか、子どもの誕生日とか」
それを見て。
「30代独身の自分は、かわいそうなのかなって、ふと思ってしまって」
自分でそう思った。
「そこが一番怖かったです。他人に言われるより」
なぜですか。
「他人の言葉は無視できるんですよ。腹は立つけど、外側の話なので。でも自分で思い始めたら、逃げ場がない」
どうやって止めましたか。
「実際に会って話を聞いたことです。既婚の友人たちに」
何がわかりました。
「みんなそれぞれ悩んでました。当たり前なんですけど、写真には写らない部分があって」
それで戻れましたか。
「戻れました。ただ、あの時期に自分を哀れむ癖がつかなくてよかったなと思ってます」
外から来る言葉の本当の危険は、その場のダメージではない。時間をかけて、判定基準ごと移植される点にある。他人の視点を内側に取り込んだ人は、誰にも言われていない場面で自分を採点し始める。
言う側について、七人が気づいたこと
三十六歳のトモコさんは、言う側の分析を持っていた。
「かわいそうって言う人の多くは、自分の価値観を押し付けてるだけなんですよ」
どういうことですか。
「結婚が幸せの唯一の形だと思い込んでる人ほど、そう言いやすいんです。他の形が想像できないので」
つまり相手の問題だと。
「そうです。私の状態を評価してるんじゃなくて、自分の物差ししか持ってないだけで」
そう思えると楽になりますか。
「楽になりました。ただ、そこに至るまでに時間はかかりました」
どのくらい。
「三年くらいですね。三十から三十三まで、けっこう揺れてました」
今の方針は。
「周囲の同情を、自分の価値判断にしないようにしてます。それだけです」
縛られる必要はないと言い切るまで
七人に、今その言葉を言われたらどうするかを聞いた。
アヤコさんは、あっさりしていた。
「今も笑って流します。それは変わらないです」
言い返さない。
「言い返しても伝わらないので。あの人たちの物差しは変わらないです」
でも。
「変わったのは、家に帰ってから引きずらなくなったことです。前は三日くらい考えてました」
ケイコさんは、少し違う答えだった。
「親には、一回だけちゃんと言いました」
なんと。
「私は今の生活が気に入ってる、って。それだけです」
反応は。
「そう、って。それで終わりました」
伝わったと思いますか。
「たぶん伝わってないです。ただ、言ったこと自体は良かったなと」
ナオさんの答えが、いちばん長かった。
「恋愛も結婚も、選択肢のひとつだと思えるようになるまで、少し時間がかかりました」
今は言い切れますか。
「言い切れます。ただ」
ただ。
「たまに揺れます。年に何回か。特に誰かの結婚式に出た夜とか」
そういうときは。
「一晩だけ、揺れるのを許してます。翌朝には普通に戻るので」
無理に打ち消さない。
「打ち消さないです。全部平気なふりをするのも、それはそれで疲れるので」
彼女はそう言って、少し笑った。窓の外で子ども連れの家族が横断歩道を渡っていくのが見えて、彼女はそれを普通に眺めてから、視線を戻した。