昨日まで普通に話していた人が、翌日から目を合わせなくなる。廊下ですれ違いそうになると、給湯室のほうへ折れる。連絡は業務のことだけになり、それも文面が急に硬くなる。
避けられた側は、まず自分の落ち度を探す。何か言ったか、何かしたか。三日くらいで思い当たらなくなって、そこからが長い。
避けられた女性五人と、避けていた男性二人に話を聞いた。理由は七通りあって、そのうち好意だったのは二つだけだった。
残業の翌日から、道を変えられるようになった
新橋のガード下の店。夕方六時で、隣のテーブルの声が大きい。ゆかりさん、二十九歳。彼女は最初、笑いながら話していた。
同じ部署の人でした。普通に話す仲で、特別何かがあるわけでもなく。
きっかけは、たぶん残業の日です。二人だけ残って、二十二時くらいまで。仕事が終わってから、三十分くらい雑談したんです。実家の話とか、学生時代の話とか。楽しかったですよ、普通に。
翌日から、変わりました。
目が合わなくなって、廊下ですれ違いそうになると、明らかに進路を変える。給湯室に用もないのに入っていくのを見ました。連絡はチャットだけになって、それも用件のみ。
心当たりがないほうが、しんどい
一週間くらい、ずっと考えてました。あの夜、私が何か変なこと言ったのかな、って。会話を全部思い出して、一個ずつ検証した。
それでも見つからないんです。心当たりがあるほうが楽ですよ。謝れるので。何もないのに避けられると、自分の存在自体が原因みたいに思えてくる。
三ヶ月くらい、そのままでした。
後から、共通の知り合い経由で聞いたという。彼はあの時期に自分の気持ちに気づいて、周りにバレるのを恐れて距離を取っていたらしい。
聞いたときは、はあ、って感じでしたね。好意なんですけど、こっちは三ヶ月しんどかったので。あなたの処理のために私が三ヶ月使われたんですけど、と思いました。
彼のほうから少しずつ普通に戻ってきたそうだ。今は普通に話せるという。ただ、あの三ヶ月の説明は本人からされていない。
断った翌日から、挨拶もなくなった
みなみさん、三十二歳。彼女の場合は、原因がはっきりしていた。告白したのだ。
部署内で親しくなった人に、思い切って伝えました。丁寧に断られました。それは、まあ、仕方ないので。
問題はその翌日からです。避けられました。会議では離れた席、休憩室ですれ違っても挨拶がない。
私、断られたことより、そっちのほうがきつかったです。断るのは向こうの権利なので納得できる。でも、断ったうえで存在ごと消されるのは違うでしょ、と。
逃げているのは、こちらではなかった
後から、彼が別の人にこぼしていたと聞きました。ショックと同時に、毎日顔を合わせるのが辛くて、つい避けてしまった、って。
ショックなのはあなたなの、と思いましたけど。まあ、断る側にも断る側のダメージがあるんでしょうね。
彼女は少し間を置いて、こう続けた。
職場って、感情を整理する時間がないんですよ。普通の恋愛なら、しばらく会わなければいい。職場は明日も会う。処理する前に次が来る。だから、極端な形で距離を取るしかなくなるんだと思います。
しばらくして部署が変わり、関係は自然に薄れた。ただ、あの急な変化のほうが長く残っている、と彼女は言った。
噂が立った日から、態度が硬くなった
あきさん、二十七歳、事務職。
先輩とランチに行く回数が増えた時期でした。週に二回とか。仕事の相談に乗ってもらってたんです。
そしたら、周りで言われ始めて。あの二人仲いいよね、って。悪意はないんですよ。ただの世間話です。
そのタイミングで、彼の態度が急に硬くなりました。仕事以外の話を一切しなくなった。
職場で変に思われたくない、と本人が言った
思い切って聞いたんです。最近避けてます、って。
そしたら、職場で変に思われたくないんだ、って正直に返ってきて。
好意はあったんだと思います。あったからこそ、噂に反応したので。何もなければ、噂が立っても気にしないじゃないですか。
でも、彼はリスクのほうを取った。私と何かになる可能性より、社内で変な立場になるほうを避けた。
結局、二人の関係は友情以上に進まないまま終わったという。
腹は立たなかったです。あの人は守るものが多い人だった。それだけの話なので。
忙しさで、心の容量が先に尽きる
ここまでは好意や気まずさが理由だった。ただ、避ける理由はそれだけではない。
ゆきえさん、三十一歳、営業職。同じチームの男性と組んでいた時期の話だ。
急に連絡が減りました。会っても事務的で、雑談が一切なくなった。
私、完全に嫌われたと思ってました。何か地雷を踏んだのかと。
一段落してから、彼が説明してくれたんです。あの頃は本当に余裕がなくて、余計なことを考えられる状態じゃなかった、って。
恋愛の芽は、負荷に弱い
繁忙期で、残業が続いて、家に帰って寝るだけの生活だったらしいです。
そう聞くと納得なんですけど、当時はわからない。忙しいなら忙しいって言ってくれれば、って思いました。でも、言う余裕もないくらい忙しかったんでしょうね。
彼女はここで、少し実感のこもった言い方をした。
男の人って、容量が減ると、まず恋愛的なものを切るんだと思います。仕事は切れないので。芽が出かけてたものが、いちばん先に落ちる。
その後、関係は築き直せたという。あれは避けられてたんじゃなくて、単に電池が切れてただけでした、と彼女は言った。
避けていた側は、何を考えていたのか
ここからは、避けた男性二人の話だ。
過去の社内恋愛が、そのまま反応になっていた
一人目は三十六歳、会社員。彼は以前、社内恋愛で相当こじれた経験がある。
前の会社で、社内で付き合って、別れ方が悪くて。周りを巻き込んだんですよ。部署の空気が完全に変わって、俺も相手も居づらくなって、結局向こうが辞めました。
それ以来、職場で誰かをいいなと思った瞬間に、体が止まるようになったんです。
今の会社で、部署の女性と親しくなって、あ、まずいな、と思った瞬間に避け始めました。理性じゃないです。反射に近い。
彼女からしたら、意味がわからなかったと思います。仲良くなってたのに急に、なので。後で理由は説明しました。前に同じことで痛い目を見たから、二度とやりたくないんだ、と。
好意はあったのか聞くと、彼は少し黙った。
あったから避けたんです。なかったら普通に接してます。
好意を勘違いして、勝手に膨らませて、勝手に引いた
二人目は二十八歳。彼が話してくれたのは、入社二年目のときのことだ。
新人の女性がいて、すごく丁寧に接してくれたんですよ。よく笑うし、質問もしてくれるし。俺、完全に好かれてると思いました。
そこから半年、勝手に気持ちが膨らんで。ある日、彼女が他の先輩にも同じ態度なのを見て、あ、と気づいた。
社会人の愛想だったんですよね。仕事なんですよ、あれ。俺だけに向けられたものじゃなかった。
気づいた瞬間、恥ずかしくて彼女の顔が見られなくなりました。それで避け始めた。
彼女は何も悪くないんです。何もしてない人を避けてるので、こっちが完全に加害者です。上司に、社会人の愛想は仕事だぞ、と言われて、そこでやっと落ち着きました。
彼はこう付け加えた。
避ける理由って、相手にあるとは限らないんですよ。俺の場合は、相手じゃなくて、勘違いした自分の記憶から逃げてた。
恋人ができたので、リセットされた
最後に、まったく別の理由の話を。かなさん、二十五歳。
よく話してた同僚が、ある日から距離を置くようになったんです。他の女性とは普通に喋ってるのに、私にだけ壁がある感じで。
理由はすぐわかりました。彼、恋人ができたんです。
たぶん、私との距離感が誤解を生むと思ったんでしょうね。彼女に対して誠実であろうとした結果だと思います。
ショックはショックでしたけど、筋は通ってるので。あ、そういうことか、で終わりました。
避けられた側は、どうすればいいのか
七つのケースを並べていて見えてきたのは、避ける行動が、その人が自分を守るために取った処理だということだった。守る対象は毎回違う。気持ちがバレることだったり、職場での立場だったり、過去の傷だったり、新しい恋人だったり。
共通しているのは、避けられた側の落ち度が理由になっていないことだ。七つのうち、原因が相手側の言動にあったものは一つもない。
もう一つ。避ける期間には、だいたい終わりがある。ゆかりさんは三ヶ月で戻り、ゆきえさんは繁忙期が終わって戻った。避けるという行動は消耗が大きいので、長くは続かない。追いかけなければ、たいてい何かしらの形で決着する。
ゆかりさんの言い方がいちばん実際的だった。とりあえず一ヶ月は考えないことにしました、と。考えても答えが出ないので。答えを持ってるのは向こうなので、こっちがいくら考えても無駄なんです、と。
みなみさんが帰り際に言ったことが引っかかっている。あの人、いまだに私に何も説明してないんですよ、と。三年前のことです。もう別の会社にいるし、会うこともない。
ただ、たまに思うらしい。あのとき一言、ごめん今は無理、とだけ言ってくれていたら、こんなに長く覚えていなかったのに、と。