性格が悪いという意味では、たぶん使われていない。感じやすくて、傷つきやすくて、考えすぎる人が、これ以上壊れないように思考をねじった結果を指している。困るのは、そのねじれが欲しかった関係を自分から遠ざける方向に働くことだ。七人に会った。全員が自分の行動を正確に説明できた。説明できるのに止められない、という点でも全員が共通していた。
水曜の夜、住宅街のはずれにある小さなバー。カウンター五席だけで、氷を割る音と、店主がグラスを拭く布の音しか聞こえない。美咲さんは最初の三十分、恋愛の話を一度もしなかった。仕事の話、実家の話、飼っている猫の話。私が本題に触れると、あー、と小さく声を出して、グラスの縁を人差し指でなぞった。
台本が書かれた日
高校二年の別れが、その後の全部になった
美咲さん、当時二十七歳。最初の交際は高校二年のときだった。
一年で振られました。理由は覚えてないです。というか、聞いてない。
そのときの喪失感が、その後のどの別れよりも大きかったという。
あのとき頭の中で、二行だけ決まったんですよ。どうせ私は愛されない。男の人は一人の女性を好きでい続けられない。
その二行が、次の恋愛から台本になった。
相手の顔色しか見ていなかった
付き合うたびに、彼女がやっていたことは同じだった。
いつ終わりを告げられるかだけを考えてました。デート中も、相手が黙ると、あ、来たな、って身構える。優しくされたら下心を疑う。
好きな人ほど、態度が冷たくなったという。
どうでもいい人には普通に接せるんです。本命だけおかしくなる。しかも自分でわかってる。わかってて止まらない。
知識を足しても、下の一行が残っていた
三十歳が近づいてから、彼女は方法論を集めた。
褒めればいいとか、ありがとうを言えばいいとか、そういうのは全部読みました。実際にやりました。
結果はどうでしたか。
同じところで壊れました。テクニックの下に、愛されない前提が残ってたんです。上に何を乗せても、下が同じなので。
三十を過ぎてから彼女がやったのは、一つだけだった。
褒められたら、一回ありがとうって言う。それだけの練習をしました。否定しない、っていう一行だけ。それで少し楽になりました。
試して、壊した人
まだ許すなら本気だと思っていた
香さん、仮名、当時二十五歳。看護師をしている。
相手の気持ちが信じられなくて、わざと嫌われそうなことをしてました。
具体的にどんなことを、と聞いた。
連絡を三日返さないとか、待ち合わせに一時間遅れるとか。それで、まだ許すなら本気、許さないなら最初から本気じゃなかった、って判定してたんです。
小さいことは全部許されたという。
最後の一回で、切られた
もう別れる、と言って試した回があった。
そしたら相手が、そんなに俺のことが信じられないなら、って。それで終わりました。
そのあと一人で泣いたという。
やっぱり本気じゃなかったんだ、って言ってました、当時は。口癖みたいに。
今はどう見ていますか。
壊したのは私の試しのほうです。相手は普通に耐えてました。耐えられなくなるまで、私が続けただけ。
できないふりをしていた時期
彼女はもうひとつ、当時の癖を話してくれた。
料理も家事も、一人暮らしで普通にやってたんです。なのに彼の前ではできないふりをしてました。
なぜですか。
会いに来てほしかったから。店を取ってほしかったから。それが愛情だと思ってたんです。手をかけさせることが愛情だって。
今は違うと言う。
いてくれたらいい、って言えるようになりました。試しって、愛の確認じゃなくて、相手を疲れさせる作業だったんですよ。
好き避けと、その反対側
目を見られない
奈々さん、仮名、当時二十二歳。女子校から大学に進んだ人だ。
免疫がゼロだったんです。好きになった人の目が見られない。話しかけられると、そっけない返事しかできない。
それでどうなりましたか。
何も進まないです。当たり前ですけど。向こうからしたら、嫌われてるとしか思えないので。
好かれた瞬間に、冷める型
同じ拗らせでも、逆向きの人もいる。奈々さんの友人がそうだったという。
自分を好きになった途端に冷めるんです。こんな自分を好きになるなんて、どうかしてる、って思うらしくて。
手に入らない相手ほど燃える。彼女は追いかける恋を十年続けた。
本命に限って距離を置かれるんですよ。それで自信が削られる。私が頑張らないと愛されない、っていうのが残る。
恋愛が、振り向いてもらうための戦いになっていく。
遠ざかったまま、動かなくなる
取材で複数出てきたのが、この型だった。三十代で十年以上誰とも付き合っていない人。二十三歳まで交際経験がなく、同世代の話についていけなくなった人。アプリを毛嫌いしたまま時期を過ぎた人。
共通していたのは、経験が少ないほど頭の中の想定と実際の差が開いていくことだった。
生身の相手より、恋してる自分に酔ってるだけかもしれないです、と話した人がいた。二次元で一方通行の満足を得て、三次元への興味が薄れた、という話も出た。
知識は多いんですよ。ただ偏ってる。どうせ男なんて、が先に立つので、いい出会いも自分で切ります。
苦しい恋を、自分で選ぶ
ダメンズに引っかかる型についても聞いた。
財布からカードを盗まれても、他の女性のところへ行かれても、戻って来るなら、と思ってしまう。元彼と別れて二年、関係がずるずる続いている。振られた相手に執着している自覚はある。
理由を聞くと、返ってくる言葉は似ていた。
楽な人には魅力を感じない。好きになってくれる人ほど、価値が下がって見える。
これを整理して話した人がいた。三層に分けた説明だった。
表に出るのは自虐と、急に冷める行動です。その下に、うまくいくはずがない、っていう見込みがある。一番下は、幸せになるのが怖い、っていう不信です。
表だけ直そうとすると、と彼女は続けた。
また同じところに戻ります。私は三回戻りました。
不機嫌を、言葉にせずに渡す
何を感じているかわからない時間
複数の体験と重なった指摘がある。男性が疲れるのは、感情そのものではなく、何を感じているかわからない時間だ、というものだ。
怒りの中身が届かないんですよ、と香さんは言った。
不機嫌だけ置いていくので、相手は正解のない空気の中に立たされる。あれ、たぶん一番きついです。
短く言えた人から、動き始めた
関係が動き始めたのは、長い説明ができたときではなかった。
寂しかった、とか、会いたかった、とか。それを短く言えたときです。四文字くらいで済むことを、私は五年言えなかった。
長文を打っては消した夜の話も出た。送信ボタンの上で指が止まる。ある人はその夜、スマホを別の部屋に置いて過ごしたという。
勢いで送ると、既読がついた後の自分が、余裕のなさだけを残すんですよ。それを何回もやってわかりました。
ほどけるときは、地味だった
卒業のきっかけを聞くと、派手な出来事は一つも出てこなかった。
相手の過去を詮索するのをやめたら、向こうから話し始めた、という人がいた。
他人を主語にする癖をやめた、という人もいた。
彼がこうだから、親がああ言うから、っていう言い方をずっとしてたんです。それを、私はこうしたい、に戻しました。それだけで会話が変わりました。
美咲さんが挙げたのは、組み合わせの話だった。
気を遣いまくる自分と、手を抜く相手。あの組み合わせを、私は普通だと思い込んでたんです。持ちつ持たれつのゆるい分担のほうが、努力する恋愛より長く持ちました。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
拗らせているかどうか、どこでわかるのか
七人の話で共通していた行動は四つだった。相手の顔色から終わりの兆候を探す。優しさを疑う。試す。好きな人にだけ態度が変わる。どれも本人が自覚している。自覚していても止まらない点が、この状態の面倒なところだ。
直そうとして失敗するのはどこか
技術から入ると戻る、と美咲さんが言った。褒め方や返信の仕方を変えても、その下にある前提が同じなら結果も同じになる。三層に分けて説明した人の言い方と重なる。
何から変えた人が動いたのか
一文を素直に受け取る、というのが最も多かった。褒められたら、ありがとう。それ以上は言わない。否定しない。地味だが、ここから始めた人の話だけが前に進んでいた。
試すのは、なぜやめられないのか
香さんの説明が明快だった。確かめないと安心できないからだ。ただし、確かめる行為そのものが相手を削る。安心を得るための行動で、安心の材料を減らしている。
何年かかったのか
美咲さんは高校二年から三十歳過ぎまで。香さんは二十五歳での離婚がきっかけになっている。奈々さんの友人は十年。全員、短くない。
ありがとう、の練習
美咲さんは今も、その練習を続けているという。
褒められたら、ありがとうって言う。それだけです。今でも、口に出す前に一瞬止まります。
止まるとき、頭の中では何が起きているんですか。
いや、そんなことないですよ、って言おうとしてます。反射で。それを飲み込んで、ありがとうに変えてる。毎回です。
もう何年目ですか、と聞いた。
四年目です。まだ自然には出ません。
彼女はグラスに残った氷を、指で一度だけ回した。
たぶん一生、自然には出ないんだと思います。それでいいことにしました。出ないまま言えばいいので。
店主が新しい氷をアイスペールに移した。彼女は会計のときに小銭をきっちり数えて、店を出るとき、ドアの前で一度だけこちらを振り返った。何か言いかけて、やめて、そのまま出ていった。