あと二日、同じ建物にいる。断られたら、そこから逃げる方法がない。八人に当時のことを聞いた。成功した人も、吐いた人も、全員が細部を異常なほど覚えていた。
同窓会の二次会が解散したのは十一時前だった。駅前のロータリーで、まだ帰りたくない数人が缶コーヒーを持ったまま立っていた。誰かが、あれ結局どうなったんだっけ、と言った。空気が変わったのがわかった。後日あらためて連絡を取って、順番に話を聞かせてもらった。
成功した人の周りには、誰もいなかった
清水寺の坂の途中、班から二人だけ遅れた
三十二歳のユウスケさんは、高校二年の京都で告白している。自由行動の日、班分けで気になっていた女子と同じになった。
「くじ引きなんですけどね。朝、名簿を見た瞬間に手が震えました」
午前中は寺を三つ回った。距離が縮まったというより、単に会話が途切れなくなっただけだという。
「午後、清水の近くの坂で、他の三人が土産物屋に入ったんですよ。俺たちは外で待ってて、そこで二人になって。何を話してたかは覚えてないです。ただ、あ、今しかないなって」
好きです、付き合ってください。それだけ言った。彼女は一瞬驚いた顔をして、小さく頷いて、私も、と返した。
「そのあとの記憶がないんです。土産物屋から三人が出てきたのは覚えてる。何食わぬ顔で歩いた」
その夜、宿の近くで少しだけキスをした。周りには誰にも言わなかった。帰ってからも自然に続いて、一年と少しで終わった。進路が分かれたからだという。
「終わったことは全然、後悔してないです。あの坂で言えたことだけ、いまだに自分を褒めてる」
特別な場所を用意した人は、ひとりもいなかった
もう一人、成功した側の話を短く挟む。三十歳のショウさんは、班から少し離れた公園のベンチで、今日一日すごく楽しかった、これからも一緒にいたい、と伝えた。演出はゼロ。会話の流れで出た言葉だったという。
「言おうと決めてなかったんです。決めてたら言えてない」
八人の証言を並べて、いちばんはっきり出た差がここだった。うまくいった三例は全員、周囲に人がいない状態で、しかも計画外に発生している。うまくいかなかった側は逆で、必ず誰かが見ていた。
観客がいると、相手はあなたに返事をしていない
マーライオンの前で、彼は吐いた
三十三歳のタツヤさんの話は、同窓会でも一番笑いを取っていた。当人だけが笑っていなかった。
高校の修学旅行はシンガポールだった。マーライオンの前で告白した。
「友達に煽られたんですよ。今しかないって。俺、その気になっちゃって。周りに七、八人いました。しかも一人が携帯構えてて」
結果は。
「あっさりでした。ごめん、って。三秒くらい」
そこで彼は気持ち悪くなり、その場で吐いた。
「観光地のど真ん中で。今でも意味がわからない。緊張が切れたのか、恥ずかしさが物理的に来たのか」
噂は昼過ぎには学年中に回っていた。帰りの飛行機で彼はほとんど誰とも話せなかった。
「思い出としては面白いですよ。今は。当時は地獄です。あと、あの子にも悪いことしたなって。あの状況で、断るしかないじゃないですか」
断りやすさを、こちらが奪っている
この一言が核心だと思う。
同級生数人に囲まれた場所で告白された側は、相手への返事だけを考えることができない。返事は同時に、その場にいる全員への表明になる。ここで頷いたら明日から学年中に知られる。断ったら冷たい人だと思われる。どちらの選択にも、自分の気持ち以外の重りがぶら下がる。
だから観客の前では、迷える人ほど断る。判断を保留する余地が消えるので、いちばん傷の少ない即答が選ばれる。
同じ構造で、別の男子は数人に連れて行かれて赤面しながら言葉を絞り出した。相手も友達と一緒にいたため、その場では答えられなかった。後日メッセージで、ありがとう、でも今は無理、と返ってきたという。今は無理という言い方に、彼は長く引っかかっていた。
盛り上げてくれた友人たちに悪気はない。ただ、彼らが用意したのは告白の舞台であって、返事のための場所ではなかった。
断られた後、帰る家がない
残り二日半を、同じ班で過ごす
三十一歳のリョウさんは、当時のことを話すのに三十分かかった。最初の十分は関係ない話をしていた。
二日目の夜、ビジネスホテルのような宿の廊下で告白した。部屋が落ち着いた頃を狙った。
「好きだ、って言ったら、ごめんなさい、って。ほとんど食い気味でした」
そこからが問題だったんですね。
「そこからしかないです、問題は。振られたら普通、帰るじゃないですか。自分の部屋に帰って、布団かぶって寝ればいい。でも修学旅行って、明日も明後日も同じなんですよ。同じバス、同じ班、朝食も同じテーブル」
翌日は互いに避け合った。班行動では常に間に二人挟むように動いた。
「向こうも気を遣ってるのがわかるんです。それが一番きつかった。あの子は何も悪くないのに、俺が空気を悪くしてる」
旅行が終わっても終わらなかった。学校に行けば毎日顔を合わせる。彼はそのあと一週間ほど休んでいる。
「あれ、告白の失敗というより、逃げ場をゼロにして告白した設計ミスなんですよね。当時の自分に言いたいのはそれだけ」
非日常で膨らんだ感情は、帰ると目減りする
夜の宿の廊下という場所には、独特の熱がある。普段なら絶対に言えない言葉が出るのは、そこが日常の外だからだ。ただし、その熱は現地限定で流通している通貨に近い。
帰宅した瞬間、レートが変わる。修学旅行の三日間で膨らんだ感情を持ち帰って換金しようとすると、自分でも驚くほど目減りしていることがある。うまくいった側のユウスケさんが特殊なのは、帰ってからも同じ額で通用したという点だ。
そして、目減りが告白の前に起きた人もいる。
幻想が崩れる場所としての修学旅行
私服を見て、冷めた
三十歳のナミさんは、告白しなかった側として話してくれた。
「制服で好きだったんだな、って気づいたんですよ。旅行中に私服を見て」
具体的には。
「上下の色が喧嘩してるとか、そういう話じゃなくて。なんか、思ってた人と違ったんです。歩き方まで違って見えて。あ、私はこの人の中身を何も知らないなって」
告白は予定に入っていた。二日目の夜と決めていた。
「やめました。今も、あのときやめてよかったと思ってます。付き合ってたら、たぶん三ヶ月で嫌なところばっかり見つけてた」
彼女の話を聞きながら思ったのは、修学旅行が告白の舞台であると同時に、検査場でもあるということだ。教室の中では、相手の情報は制服と授業中の横顔にほぼ限定される。旅行では朝の顔も、疲れたときの態度も、金の使い方も見える。
そこで気持ちが増える人と、減る人がいる。減った側は、何も起きていないので誰にも語らない。だから成功談と失敗談ばかりが残って、この第三の結末は記録されにくい。
手紙という方法が持っていた機能
二十八歳のアカネさんは、消灯後に同室の友達に見張りを頼んで、好きな男子の部屋の前まで行き、手紙を置いた。
「廊下、めちゃくちゃ怖かったです。引率の先生が見回りしてるし。往復で三分くらいなのに、汗だくで」
翌朝、読んだよ、嬉しい、と声をかけられた。返事はそこでは求めなかった。
「その場で答えさせないのが良かったんだと思います。向こうも考える時間があったし、私も顔を見なくて済んだ」
旅行中に距離が縮まり、正式に告白したのは帰ってからだった。手紙は返事を受け取る装置ではなく、帰宅後の会話を予約する装置として働いている。
断らせなかったことを、彼女はまだ悔いている
二十九歳のミオさんの話で終わりにする。同窓会で最後まで残っていたのは彼女だった。
中学の修学旅行。相手は小学校から一緒だった男子で、いじめられていた時期の彼女を励ましてくれた人だ。
「夜、部屋が落ち着いた頃に廊下に呼び出して。好きです、って言いました。そこまではよかったんです」
そのあとに、彼女は自分から一言を足した。返事はわかってるから大丈夫、と。
「言った瞬間に、あ、やっちゃったって思いました。でも止まらなくて」
なぜそれを言ったんですか。
「怖かったんです。断られる言葉を、あの人の口から聞きたくなかった。だから先に自分で断っておいた。そうすれば、傷が半分になる気がして」
実際、半分になったという。傷つき切らずに済んだ、と彼女は言う。ただし十四年経って、別のものが残った。
「あれ、私が自分を守るためにやったことなんですよね。あの人は、まだ何も答えてなかったのに。考える時間も、断る言葉を選ぶ時間も、全部私が奪った」
彼女はそこで少し黙った。
「あのときの優しさは本物だったと思ってます。今でも。だから余計に、断らせてあげなかったことだけ、謝りたいんですけど。もう連絡先も知らないので」
先に自分で下した判定は、その場では鎧になる。何年か経つと、相手の返事が永久に欠けたままになっているという事実だけが残る。同窓会の会場に彼は来ていなかった。誰も理由を知らなかった。