別れて1ヶ月で新しい相手がいた。2ヶ月で結婚の噂まで流れてきた。あんなに好きだと言い合ったのに、なぜあの人にだけ痛みがないのか。半年かけて五人に会った。早い人たちは、忘れていたわけではなかった。忘れる作業を、別れる前に済ませていただけだった。
日曜の朝10時、大宮のファミレス。喫煙室の扉が開くたびに匂いが流れてくる。ミナさんはドリンクバーのアイスティーを三回替えた。氷が溶けて、グラスの中で位置が変わる音。最初の40分、元カレの話にはならなかった。仕事の話、年末の異動、上司の愚痴。私が本題に触れた瞬間、彼女はストローの先を軽く噛んだ。
別れて2ヶ月で新しい人、半年たたずに結婚
お前なしじゃ生きていけない、と繰り返していた人
ミナさん、29歳、メーカー勤務。つき合っていたのは一年半。
彼、口癖みたいに言ってたんです。お前なしじゃ生きていけない、もし別れたらどうしようもない、って。喧嘩したあとでも言う。だから本気だと思ってました。むしろ重いなって感じるくらいで。
別れたのは去年の五月。理由を聞くと、たぶん私が悪いんですけど、と前置きしてから話し始めた。彼の転職に反対したこと。それで三日間口をきかなかったこと。四日目に、じゃあもういい、と言われて、それで終わったこと。
2ヶ月後に共通の知人からLINEが来ました。もう新しい人といるらしいよ、って。火曜の昼休みで、コンビニのおにぎりの袋を開けたところだった。開けたまま20分座ってました。そのあと半年しないうちに結婚したって聞いて。あの、生きていけないって何だったんだろうって。
検索窓に打ち込んでいた言葉
彼女が当時、毎晩打ち込んでいた言葉が、この取材の入り口になった。
切り替えが早い、女、特徴。男でも女でも同じ言葉で調べました。深夜二時とかに。特徴を知りたかったわけじゃないんです。あの一年半が嘘だったのか知りたかった。全部演技だったって言われたら、まだ諦められるから。でもどの記事にも、自立してるとか依存しないとか、褒め言葉みたいなことしか書いてなくて。読むたびに、じゃあ私は依存してた側なんだって突きつけられるだけだった。
彼女が動けなかったのは11ヶ月。その間に相手は式を挙げている。時間は、忘れられない側にだけ残る。
四年同棲した彼女は、一週間後には次の連絡先を開いていた
泣きながら、ありがとうと言った夜
Sさん、36歳。家賃13万の2LDKで四年近く暮らした相手がいた。
別れ話は荒れなかったです。むしろ穏やかで。彼女、泣きながらありがとうって言ったんですよ。四年ぶんの荷物を運び出すのに段ボール22箱、二時間半。最後に鍵を渡すとき、指が震えてた。あの震えは演技じゃないと、今でも思ってます。
一週間後、彼女はすでに別の相手と連絡を取り始めていた。一ヶ月後には、彼氏ができましたと周囲に報告している。共通の友人たちの反応は、早すぎない、の一言だった。本人は淡々としていたという。引きずっても仕方ないから、と。
別れる前に、喪はもう明けている
Sさんが崩れたのは、報告の中身ではなく速さのほうだった。
四年ですよ。四年が一ヶ月で上書きされたと思った。半年くらい、夜中に段ボールの数を数える癖がついてました。22箱、22箱って。バカでしょう。
ただ、と彼はコーヒーに口をつけないまま続けた。
あとで気づいたんです。彼女、別れ話の前の三ヶ月、俺に何も相談しなくなってた。転職の話も実家の話も事後報告。あのとき既に終わってたんだと思う。別れた日から数え始めてたのは俺だけで、彼女はとっくに数え終わってた。
別れた日をゼロ地点にするのは、置いていかれた側の癖だ。去っていく人にとって、その日は締めくくりの手続きにすぎない。喪は先に明けている。
絵文字が消えた日を、振られた側は覚えていない
質問が減っていく数ヶ月
ユウキさん、27歳。彼女の変化を見つけたのは、別れたあとにトーク履歴を遡ってからだった。
3月17日を境に、ハートの絵文字が一個も出てこないんです。それまでは毎日あった。あと質問が減ってた。仕事どうだった、今日何食べた、みたいなのが、月に14回くらいあったのが2回になってる。数えました。深夜に、ひとりで、スクロールしながら。惨めとか通り越して、作業みたいになってた。
昨日まで普通に笑っていたのに、ある日から返信が短くなる。気づいたときには、この人じゃなくてもいいかも、と相手の心はもう動いている。外から見れば急変だ。
失望の回数券を使い切る音は、外に聞こえない
私はこれを、失望の回数券と呼んでいる。
小さな落胆のたびに一枚ちぎる。約束を忘れられた、話を途中で遮られた、体調が悪いと言ったのに聞き流された。一枚ずつでは何も起きない。最後の一枚を使い切った日だけ、外側からは突然に見える。当人にとってその日は初日ではなく、最終日だ。
ユウキさんの言葉が耳に残っている。
たぶん俺、彼女が我慢してた回数を全部知らないまま終わったんですよ。何回ちぎられたのかもわからない。それが一番きつい。
気持ちをいじらず、思い出す道だけを断つ
違和感の三日後には、次の約束が入っていた
閉店後の美容室でカヤさん、31歳に会った。湿ったタオルの匂いと、シャンプーの甘い残り香。彼女は鏡の前の椅子を回して、こちらへ向けた。
三回目のデートでした。彼の、店員さんに対する態度で、あ、違うな、って。それだけです。二時間後には家に帰って、三日後にはアプリを入れ直してました。
早いですね、と言うと、笑わずに答えた。
だってその違和感、絶対に消えないんですよ。私、19のときに一年半かけて確かめました。消えるかもって期待して、結局まったく同じ理由で別れた。あの一年半を返してほしい。だから今は、確かめる作業をしません。
記憶は感情ではなく、通り道でできている
別れたあとの行動も具体的だった。
元彼のストーリーが流れてくるのが無理で、フォローを外すのに7分。ミュートじゃなくて解除です。写真は142枚削除しました。二人で通ってた定食屋の前は、通らない道に変えた。プレイリストから三曲抜いた。
忘れようとはしないんですか。
忘れようとする人ほど残ります。忘れようって思った瞬間、思い出してるので。私は気持ちに触りません。思い出す場所に行かないだけ。記憶って感情でできてると思われがちだけど、実際は通り道でできてる。道を消せば、感情は勝手に痩せていきます。
自分の心を説得しない。切り替えの早い人に共通していたのは、その癖だった。
冷たいと言われることについて
罪悪感はないのか。踏み込むと、彼女は初めて目を逸らした。
友達に一回言われました。カヤって人間の情がないよね、って。冗談だったと思います。でもその夜、風呂で泣きました。26のときです。私だって痛いんですよ。ただ、痛いまま同じ場所にいると、もっと痛くなるのを知ってるだけで。
置いていかれた側が、本当に聞きたいこと
本気じゃなかったのか
切り替えが早い側の二人に、置いていかれた三人の言葉をそのまま渡した。二人とも、本気だったと言い切った。
Sさんの元恋人の言葉も、共通の友人が覚えていた。四年間ちゃんと好きだった、でも戻ることはない、と。好きだったことと、もう一度やることは、彼女たちのなかで別の棚に置かれている。
復縁の芽はあるのか
薄い。ただしゼロとも言い切らない人が多かった。カヤさんの表現が一番わかりやすかった。
消してはいないんです。手の届かない棚に上げただけ。よっぽど本気だった人は、そこに残ってます。でも脚立を持ってきてまで下ろす日は、たぶん来ない。
生活と数字はどう変わったか
カヤさんは指名客が半年で月34人から51人に増えた。恋愛に使っていた時間がそのまま仕事へ流れた、と言う。Sさんは体重が7キロ落ち、深夜のコンビニ代が月18000円になった。ミナさんは11ヶ月ぶんの休日を思い出せない。切り替えの速さの差は、そのまま生活の目減りの差になっていた。
周りはどう見ていたか
早すぎない、が定番の反応だった。前に進んだ人ほど、心配ではなく評価をされる。カヤさんは、心配されないのが一番しんどいと言った。元気そうでよかったねと言われた瞬間から、元気なふりを続ける義務が発生するから。
誰かがいないと落ち着かない、と笑った人
心配されるほど元気に見えた半年
日曜の夕方、ショッピングモールのフードコート。キッズスペースの黄色いボールプールが視界の端で揺れている。リカさん、38歳。六年つき合った相手と別れて三ヶ月で次の人と交際し、一年後には子どもがいた。周囲はざわついたという。
元気に見えたと思います。実際、笑ってたし。でも、ふとした瞬間には思い出してましたよ。信号待ちとか、レジ待ちとか、手が空く一瞬だけ。誰にも言わなかっただけです。言うと止まっちゃうから。
止まると、何が起きるんですか。
わかんない。試したことがないんです。
逆に聞かれて、答えられなかった
彼女はアイスコーヒーのフタを外して、氷を指で押し込んだ。
私、たぶん一人が無理なんですよ。常に誰かがいないと落ち着かない。切り替えが早いんじゃなくて、空白に耐えられないだけかもしれない。
そこまで言って、初めてまっすぐこちらを見た。
でもさ、それって悪いことなの。あなたはひとりで平気なの。
答えられなかった。子どもが走ってきて彼女の膝にぶつかり、話はそこで途切れた。取材ノートには、その質問だけが書き写せないまま残っている。