親が七十を過ぎて再婚すると言い出す。祝うべきだと頭ではわかっている。それでも最初に出てくるのが、気持ち悪い、だったりする。
この言葉を使った人に理由を聞くと、たいてい説明できない。年齢だと言う。ただ、詳しく聞いていくと、年齢の話はほとんど出てこない。出てくるのは、位牌の場所と、預金と、誰が介護をするのか、という話だ。
言った側の三人と、言われた側の二人に会った。
母が七十一で再婚すると言い出した
春日部の駅ビル、最上階のうどん屋。昼の混雑が引いた時間で、店員が空いた席を拭く音がする。ゆかりさん、四十六歳。彼女は湯呑みを置いてから、深く息を吐いた。
三年前です。母から電話が来て、実は一緒に暮らそうかと思ってる人がいる、って。相手は七十九歳の男性で、施設の食堂で知り合ったらしくて。
母は笑ってました。声が明るいんですよ。寂しくないから、いいことだと思わない、って。
私、その電話の途中で、何も言えなくなりました。
出てきたのは、気持ち悪い、の三文字だった
三日後にきょうだいで集まって、二時間くらい話しました。家族会議です。
そこで私が言ったのが、気持ち悪い、でした。この年齢で新しい人と暮らすなんて気持ち悪い、って。
弟も似たようなことを言ってました。母がまた誰かの妻になるのが想像できない、って。
彼女は少し声を落とした。
いま思うと、あれはひどい言い方でした。母は何も悪いことをしてないので。
理由を並べ直したら、年齢が消えた
去年、自分でちゃんと考えてみたんです。あのとき私は何が嫌だったのか。紙に書き出しました。
出てきたのは、父の位牌のことでした。今の家に置いてあるんですけど、母がその人の家に移ったら、あれはどうなるんだろう、と。
あと、預金のこと。母の家は父が建てたものなので。それが他の家族に行くのかもしれない、というのが、正直、頭をかすめてました。
それと、介護です。相手の方が八つ上なので、順番からいって母が看ることになる。母は七十一で、腰も悪いのに。
彼女は書き出した紙を思い出すように、指でテーブルを叩いた。
三つ書いて、気づいたんですよ。年齢の話が一個もないんです。私、年齢が理由で反対したつもりだったのに。
結局、相手のご家族も反対して、話は流れました。母は何も言わなくなりました。あれから三年、その人の話は一度も出てきません。
気持ち悪いは、理由を要求されない言葉だった
ゆかりさんの紙の話が、いちばん残っている。
反対の理由を正直に言うと、言った本人の立場が悪くなる。預金が心配だと言えば、金に執着する子になる。介護の負担が嫌だと言えば、冷たい人間になる。位牌が気になると言えば、感傷を持ち出して親の自由を縛る人になる。
どれも口に出した瞬間、反論が来る。お前は何を心配しているんだ、と問い返される。
気持ち悪い、には反論が来ない。感覚の申告だからだ。根拠を求められないし、間違っていると証明されることもない。議論をその場で終わらせられる。
だから、いちばん言いにくい理由を持っている人が、いちばんこの言葉を使う。年齢への嫌悪に見えて、中身は財産と手間と、亡くなった人の扱いだったりする。
結婚式に行かなかった
たけしさん、五十二歳。父親が定年後に婚活をして、同年代の女性と結婚したケースだ。
父から報告されたとき、まず、はあ、と言いました。それしか出なかった。
老後を二人で支え合いたい、と父は言ってました。前向きなんですよ、本人は。それが余計にきつくて。
式には行かなかったです。仕事を入れました。入れたというか、入れたことにした。
財産と介護の話が、後から全部来た
同居が始まってから、現実の話が一気に来ました。
家の名義のこと、父の口座のこと、あと、どちらかが倒れたときに誰が動くのか。私が住んでるのは県外なので、その人が看ることになる。ありがたい話ですよ、本当は。
ただ、その人のお子さんもいるので。向こうの家族と、うちのきょうだいで、まだ何も決まってないんです。決めようとすると、父が嫌がるので。
彼はここで言い方を変えた。
嫌悪感の話をすると、感情の問題みたいに聞こえるでしょう。実際は事務の話なんですよ。事務の話が全部宙に浮いてるのが不安で、それが、この歳で恋愛なんて、という言い方になって出てた。
幸せそうなのが、いちばん扱いにくかった
父、幸せそうなんです。声が若くなってて、服も変わって。
あれが厄介でした。不幸そうだったら、心配してるという形で反対できるので。幸せそうにされると、反対する足場がなくなるんですよ。
無理して結婚しなくてもよかったのに、とはいまだに思います。ただ、それって私が楽なほうがいい、という話でもあるので。言わないようにしてます。
亡くなった人の席に、別の人が座る
たけしさんの母親は、十年前に亡くなっている。
子どもが反対するとき、対象になっているのは、これから始まる生活ではないことが多い。過去の扱いのほうだ。
父が別の人と幸せになれるなら、母との三十年は何だったのか。この問いは口に出せない。出せば、母を持ち出して父を縛る形になる。だから飲み込む。飲み込んだものが、見ていて落ち着かない、という言い方になって出てくる。
離婚でも同じらしい。ゆかりさんの父は亡くなっているが、彼女がいちばん反応したのは位牌の置き場だった。物としての場所が動くことが、記憶の扱いが変わることに直結して見える。
おめでとうと言いながら、陰で言い合っていた
みちよさん、五十九歳。彼女は当事者ではなく、周囲の側だ。
友人が五十七で再婚したんです。相手も離婚経験のある人で、知り合ってから半年で入籍しました。
私、おめでとう、って言いました。心からです。半分は。
残りの半分で、別の友人と話してたんですよ。この歳でそんなに急いで、なんだか気持ち悪いよね、って。
急いでいるように見えたことが、引っかかっていた
なんでああ言ったのか、後から考えました。
たぶん、羨ましかったんです。私は独りで、これから誰かと始める気力もなくて。あの子は動いた。動ける人を見ると、動けない自分が浮き上がるので。
それを認めるのが嫌だから、あの子の側に問題があることにした。若い頃の恋愛を引きずってるみたい、とか言って。
結婚後も、熟年なのにあんなにくっついて、みたいな話が出てました。本人の耳にも入ったらしくて、一度、傷ついてる顔を見ました。
彼女はそこで一度言葉を止めた。
謝ってないです。謝る機会もないし、謝ったら私が言ってたことがバレるので。それを抱えたまま、いまも普通に会ってます。
言われた側は、自分にも同じ目を向けていた
ここからは、当事者の話だ。よしえさん、五十七歳。五十代で婚活を始めた。
きっかけは、子どもが独立して、家が静かになったことです。急に、あと三十年これかと思って。
登録して、何人かと会いました。同年代の男性です。
そこで言われたことが、いまも引っかかってるんですよ。
若い人と子どもがほしい、と遠回しに言われた
はっきり言われたわけじゃないです。ただ、家族を持ちたいとか、まだ間に合うと思ってるとか、そういう言い方で。同じ五十代の人ですよ。
その人は私を、家族を作る相手としては見てないんです。じゃあ何を探してるのかというと、たぶん、家のことをやって、いずれ看てくれる人です。
会うたびに年齢を聞かれました。健康の話も多くて。健康診断の数値を聞かれたこともあります。
自分の恋愛が、不自然に思えてきた
いちばんしんどかったのは、そこで自分がどう考えたかです。
私、この年齢で恋愛したいと思うことが、どこか不自然なんじゃないかと思い始めたんですよ。
外から言われたわけじゃないです。誰も私に、気持ち悪いとは言ってない。それなのに、自分の中に同じ声があるんです。もういい年なのに何をやってるんだ、という声が。
たぶん、私も昔、誰かに対してそれを思ってたんでしょうね。人のことを思ったぶんが、自分に返ってきてる。
婚活はやめたという。合う人がいなかったからか聞くと、彼女は少し首を傾げた。
それもありますけど、続けるのが疲れたんです。相手を見てるのか、自分を見張ってるのか、わからなくなって。
式の日に流れた、ぎこちない空気
もう一人、親族の立場から話を聞いた。かずおさん、四十四歳。叔父が六十代で再婚した。
親族の間で、また新しい人が来るのか、という声が出てました。この歳で結婚なんて見ていて落ち着かない、とも。
式は身内だけの小さいものでした。三十人くらい。本人たちは嬉しそうでしたよ。
ただ、席が妙に静かで。乾杯の後、誰も立ち上がらなかったんです。挨拶をする人が決まってなかったのか、みんなが譲り合ったのか。
いとこが小声で、親が恋愛してるのを見るのがきついんだよね、って言ってました。それは、たぶん本音だったと思います。
誰も反対していないのに、空気が冷たい
面白いのは、そこにいた全員が、口では祝ってたことです。反対した人は一人もいないんですよ。
それでも、あの空気は伝わりますよね。叔父は気づいてたと思います。
いま思うと、私たちは反対してたんじゃなくて、決まってなかっただけなんです。この人をどう呼ぶのか、法事にどう並ぶのか、正月にどうするのか。誰も決めてないまま、その日が来た。
決まってないことを、みんなが感情の問題として処理してた。それであの空気になったんだと思います。
三年経って、まだ言えていないこと
五人のうち、当時の自分の言い方を正しかったと言った人は、いなかった。
かずおさんは、翌年の正月に叔父の妻へ普通に挨拶できたという。呼び方が決まったからです、と彼は言った。おばさん、と呼ぶことにしたら、それだけで楽になった、と。
たけしさんは、まだ財産の話を父としていない。父が生きているうちは無理だと思ってます、と彼は言った。この話を持ち出すと、俺が最初に気持ち悪いと言ったことが全部バレるので、と。
ゆかりさんは、母に一度も謝っていない。
去年、母の家に行ったときに、あの人はどうしてるの、って聞こうとしたんですよ。台所で母が背中を向けてるときに。
言えませんでした。聞いたら、私があのとき言ったことを二人で思い出すことになるので。
母、あれから旅行に行かなくなったんです。前は友達と年に二回くらい行ってたのに。関係あるかはわからない。ないかもしれない。
うどんの器はもう片付けられていた。彼女は伝票を裏返して、少し眺めてから言った。
あのとき私が言った三文字が、母の何を止めたのか、確かめる気がまだないんです。確かめないでいるほうが、自分が楽なので。それも、たぶんずるいんですよね。