顔ではない。声の大きさでもない。金でもない。知りたいのは、あの人の何がそうさせているのか、その具体的な動作だ。そして本音を言えば、自分がそこに一生届かない側なのかどうかを知りたい。五人に会って、憧れられる側と、憧れる側の両方から話を聞いた。出てきたのは、拍子抜けするほど地味な行動の反復と、慕われている当人が黙って抱えている疲労だった。
金曜の21時過ぎ、駅の高架下の焼き鳥屋。煙が服に染みる店で、換気扇が唸り、隣の卓の笑い声が壁に跳ね返る。カウンターの端に座ったタツヤさんは、店員が来る前におしぼりを二本取って、片方を私の前へ滑らせた。動作に間がない。取材を始める前の三十秒で、この人が何を言われている人なのか、だいたいわかってしまった。
この人についていきたい、と思った瞬間の中身
予定を合わせる順番が、逆だった
まず話を聞いたのは、憧れる側のユウタさん、28歳。建設関連の会社で、入って三年目に出会った先輩がいる。
見た目は普通なんですよ。むしろちょっと猫背だし、服も量販店。なのに休憩所にいると、なぜか人が集まってくる。
決定的だったのは、打ち合わせの日程を決めるやりとりだったという。
先輩、めちゃくちゃ忙しい時期だったんです。なのに、俺の予定を先に聞いてきた。木曜と金曜どっちが動きやすい、って。普通は上の人が枠を出して、こっちが合わせるじゃないですか。順番が逆だった。
自分は木曜と答えた。あとで彼のスケジュールを見て、その日が一番詰まっていたと知る。
なんで木曜にしたんですかって聞いたら、忘れてたわ、って。しれっと。あれで、この人にはついていこうと本気で思いました。
恩を売らないのではなく、覚えていない
ユウタさんの話で私が引っかかったのは、しれっと、の部分だった。
やってあげたことを本人が記憶していない。だから請求書が来ない。
してもらった側は忘れないんですよ。でも本人は覚えてない。何回か、あのときありがとうございましたって言っても、何のこと、って顔をされました。それが逆に効くんです。返す先がないから、ずっと残る。
目立たない人が、なぜ場の中心になるのか
決めるまでに、必ず一周する
サークルの先輩の話をしてくれたのはケイタさん、31歳。学生時代の記憶だという。
見た目はチャラいんですよ。髪も明るいし、飲み会でも一番騒いでる。でも決めごとになると急に変わる。
新歓の会場を決める場面が忘れられないという。
その場に八人いて、彼は全員に一回ずつ聞いたんです。八人ですよ。しかも黙ってた三人に対して、名前を呼んで、どう思う、って。それやってから、じゃあこれで、って決めた。所要時間たぶん六分。
多数決を取ったわけでも、丁寧に議論したわけでもない。ただ、一人ずつ名前を呼んだ。
あとから思うと、あれで全員が当事者になってたんですよね。反対する人がいなくなる。しかも、決めたのは彼なんですよ。意見は聞くけど、決断は自分でやる。丸投げしない。
トラブルの日の三分間
決定的だったのはトラブルの処理だったという。合宿の予約が二重に入っていたことが前日に発覚した。
みんなパニックですよ。誰のミスだって話になりかけた。そのとき彼が、まず現状な、って言って、確定してることを三つだけ挙げたんです。バスは動く、宿は片方だけ生きてる、人数は変わらない。三分もかかってない。
犯人探しに一度も触れなかった。
責任の話はあとでやるから、って。結局そのあともやらなかったです。あの日、複数の男が同じことを言ってました。あいつは男が惚れる男だよなって。
惚れられている側は、何を考えているのか
気遣いではなく、面倒を先に潰しているだけ
冒頭のタツヤさん、38歳。彼はまさに、周囲が集まってくるタイプの人だ。本人にその自覚があるかを聞いた。串を裏返しながら、彼は少し笑った。
気遣いって言われるんですけど、正直、そんな上等なもんじゃないです。
どういうことですか。
俺、面倒くさがりなんですよ。だから先に潰す。後輩が困った顔をしてるのを見た時点で声をかけるのは、優しいからじゃなくて、あれを放置すると三日後にもっとでかくなって俺のところに来るから。三十秒で終わることを、三日待って三時間にしたくない。それだけです。
自分の手柄を主張しない理由も、彼の説明は身も蓋もなかった。
主張すると、次から相談が来なくなるので。あの人に言うと手柄を取られるって思われた瞬間、情報が入ってこなくなる。情報が入らないと判断を間違える。損なんですよ。
動くのが早いのは、迷う時間を捨てているから
イベントの準備が遅れていた場面で、誰にも言われずに率先して動いた人がいる、という話を別の人から聞いていた。似た行動について本人に尋ねた。
誰がやるべきかを考える時間が、一番もったいないんです。三十秒考えて、その後で自分がやるなら、三十秒損してる。だから考えない。手が空いてたらやる。
それで損をした経験は。
山ほどありますよ。便利屋扱いされたことも、押しつけられたこともある。でも、その中の何割かが、なぜか信用に変わるんです。理屈は説明できない。
静かな人が、大事な局面で信頼される理由
俺がやる、と言った日
ヒロさん、42歳。彼が語ったのは、長く一緒に働いた同僚の話だった。
普段は本当に静かなんです。飲み会でも隅にいる。声も小さい。
その人が変わるのは、状況が悪くなったときだけだったという。
納期が崩れかけた時期に、原因が誰かって話になった。空気が最悪でした。そこで彼が、俺がやる、って言った。それだけです。原因の説明も、誰が悪いって話も一切なし。
その一言のあと、場の空気が変わったとヒロさんは言う。
責任を引き取る人が一人いると、他の全員が仕事に戻れるんですよ。犯人探しって、実は逃げなんです。あれをやってる間は手を動かさなくていいから。それを止めたのが、あの四文字だった。
派手さがないほうが、長く効く
三ヶ月のプロジェクトが終わったあと、彼は何も言わなかったという。
打ち上げでも自分の話をしない。でもあのとき現場にいた男は、全員が彼の判断を信用するようになりました。何年たっても変わらない。
慕われる側が、誰にも言わないこと
誰にも相談しない人になっていく
取材の終盤、タツヤさんに一つだけ踏み込んだ。あなたは誰に相談するんですか、と。
彼は串を置いて、ジョッキの取っ手を親指でなぞった。しばらく答えなかった。換気扇の音だけが続いた。
いないですね、と彼は言った。
去年、親父が倒れたんです。三週間、毎日病院に行ってた。会社では一言も言ってません。誰にも。
なぜ言わないんですか。
言うと、みんなが気を遣うので。俺が相談する側になると、たぶん場の何かが変わる。それが嫌なんだと思います。ずるいですよね。人には言えって言ってるのに、自分は言わない。
彼はそこで初めて、少し困ったような顔をした。
慕われるって、いい話ばっかりじゃないですよ。相談される側に固定されると、こっちの椅子が消えるんです。
自然体に見えるのは、疲れていないからではない
自然体だと言われることについても聞いた。
自然にやってるように見せてるだけです。実際は、部屋に入った瞬間に全員の顔色を見てます。誰が黙ってるか、誰が納得してないか。あれ、けっこう疲れる。
やめたいと思ったことは。
年に何回かあります。全部投げて、何も見ない人になりたい。でも次の日にはまた同じことやってるので、たぶん治らないです。
この言葉で検索してきた人が、実際に知りたいこと
生まれつきなのか、後から身につくのか
五人のうち三人が、後から変わったと答えた。ケイタさんが挙げた先輩は、一年生のときは目立たなかったという。変わったきっかけは、先輩から一度きつく叱られたことらしい。生まれつきの資質だと言い切った人は一人もいなかった。
具体的に何をすればいいのか
出てきた行動は驚くほど地味だった。黙っている人の名前を呼んで意見を聞く。予定を組むとき相手の都合を先に出させる。悪い状況で、確定していることだけを三つ挙げる。やってもらったことは覚え、やったことは覚えない。どれも一回では何も起きない。
女性からの人気とは関係があるのか
四人が、女性からも好かれていたと答えた。ただし全員が、それは結果でしかないと言い添えている。ケイタさんの言い方が印象に残った。女子から人気だから男が惚れるんじゃなくて、男が信用してる男は結果的にモテるんです、順番が逆です、と。
真似すると失敗するのはどこか
ユウタさんは先輩の真似をして、後輩の仕事を代わりにやったことがあるという。感謝されるどころか、頼りにされなくなった。
助けるのと、奪うのは違うんですよね。先輩は絶対に途中で取り上げない。詰まってる箇所だけ外して、あとは本人にやらせる。あの線引きが一番難しい。
焼き鳥屋を出たあとの十メートル
会計のとき、タツヤさんは伝票を先に取っていた。私が出しますと言うと、次でいいよ、と言って財布を出した。次があるかどうかもわからないのに。
店を出ると、路上に自転車が倒れていた。彼は歩きながら片手でそれを起こして、そのまま歩き続けた。振り返らない。誰も見ていなかった。私だけが見ていた。
慕われる人の条件を五人ぶん聞いてきたけれど、結局この十メートルに全部あった気がしている。ただ、あの動作が本人の言うとおり面倒の先回りなのか、それとも本人も説明できない何かなのか、私はまだ決めかねている。決めなくてもいいのかもしれない。
彼は駅の階段の手前で立ち止まり、じゃあ、と言って片手を上げた。その後ろを、たぶん彼の部下だろう若い男が小走りで追いかけていくのが見えた。