法律では十八歳になれば結婚できる。親の同意もいらない。それを調べに来た人でも、本当に知りたいのはその数字ではないと思う。何歳まで恋愛していいのか。何歳を過ぎると難しくなるのか。八人に会って、法律の線と、自分の中の線と、周囲が持っている線が、それぞれ違う場所に引かれていることがわかった。人を動かしているのは、いちばん後ろの二本のほうだ。
平日の午後、幹線道路沿いのファミリーレストラン。窓の外を大型車が通るたび、ガラスが低く鳴る。恵さんは子どもの保育園の迎えまで二時間ある、と言って腰を下ろした。膝の上でスマホを二回確認してから、じゃあ話します、と切り出した。
二十二歳で入籍した人が言われたこと
早すぎない、と笑われた
高橋恵さん、仮名。入籍したのは二十二歳のときだった。
大学のサークルで出会った三つ上の人です。卒業とほぼ同時に籍を入れました。周りには早すぎないって笑われましたね。
本人の感覚は逆だったという。
付き合ってるあいだに、結婚できる年齢になった瞬間から、親も親戚もいつにするのって聞き始めるんです。法律上はもう大人なのに、学生のうちは恋愛で、社会人になったら結婚、みたいな空気が一気に来る。
三択になった日
交際は二年弱。相手の地方転勤が決まった。
同棲か、別れるか、結婚か。その三択になったんです。
彼女は当時、まだ遊んでいたいとも思っていた。
年齢で決めたわけじゃないんですよ。環境が動いたから決めた。二十二で結婚してよかったっていうより、あのとき決めないと関係が終わってた。私の場合、結婚可能年齢の話じゃなくて、分岐点が早く来ただけです。
二十八歳で、心が乾く感覚を知った
条件のいい人と会っても、何も起きない
中村里奈さん、仮名、三十一歳。二十代前半は仕事と友人が中心だったという。
恋愛は、好きになった人と付き合う、くらいのものでした。それが二十七を過ぎたあたりから変わって。
合コンや紹介の場に、結婚を考えている人が増えた。
私だけまだ恋愛の延長にいる感じがしたんです。二十八のとき、条件のいい人と会っても心が乾く、っていう感覚が初めてわかった。
どういうことですか、と聞いた。
好きかどうかより先に、この人となら何歳までに子どもを、って考え始めるんですよ。あれが結婚可能年齢の正体なのかもしれないです。
三十歳の誕生日のあとに、伝えた
長く付き合っていた相手に、彼女は期限を切った。
このまま結婚しないなら終わりにしたい、って言いました。返ってきたのは、まだ早い、でした。
そこで一度、体調を崩している。
三ヶ月くらい、まともに眠れなかったです。法律上はずっと前から結婚できる年齢なのに、自分の中の可能年齢だけが急に狭くなった。あの落差がきつかった。
結局その相手とは別れ、一年半後に同い年の人と結婚した。
焦りで決めたわけじゃない、と今は言えます。ただ、焦りがなかったらあのタイミングでは動いてない。両方本当です。
男性の時計は、少し遅れて動き出す
三十代前半までは、まだ大丈夫だった
田中陽介さん、仮名。婚活を始めたのは三十九歳のときだ。
三十代前半までは、まだ大丈夫だと思ってました。根拠はないです。なんとなく。
変わったのは、周囲の状況だった。
友人の結婚が続いて、気軽に飲みに行ける相手が減ったんです。そこで初めて、このまま一人で歳を取るのかって思った。
年齢だけで見送られる
婚活を始めて、彼が最初に直面したのはそこだった。
見た目も収入も、極端に悪いわけじゃないんです。それでも年齢だけで見送られることが増えました。男性は三十代前半が一番動きやすいって、よく聞くじゃないですか。自分はそこを過ぎてた。
七ヶ月で、三十五歳の相手と成婚している。
最初はアプリで、途中から紹介に切り替えました。会って安心できるかどうかを優先しました。ときめくかどうかより、休日を一緒に過ごせるかどうか。三十九でやっとそこに気づいた。
周囲の反応は、よく今さら、だったという。
言われました。でも、動かなかった数年のほうがもったいなかったです。
一度終わったと思った年齢の、その後
三十三歳で、もう無理かもしれないと思った
鈴木香織さん、仮名。三十四歳で入籍している。
二十代後半から五年以上付き合った人がいました。結婚の話も出てたんです。ただ、私に持病があって、相手のご家族の反応が微妙で。
三十三歳のとき、彼女は諦めかけた。
もう結婚は無理かもしれない、って思いました。年齢と、持病と、両方あったので。
二歳年下の相手
その後に知り合ったのが、二つ年下の男性だった。
最初は年下というだけで戸惑いました。適齢期を過ぎた自分が、年下の人と結婚していいのかって。
会ってみると、その心配は空振りだったという。
年齢の話を一度もしないんです。私の持病の話も、普通に聞いてくれた。同情でもなく、深刻でもなく。
プロポーズの言葉は短かった。
これからも一緒にいよう、って。それだけです。
彼女は取材中、諦めなくてよかった、と三回言った。
法律だと十八歳ですよね。社会の感覚だと二十代後半から三十代前半。自分の中では三十三で一度終わってました。実際は、そのあとだったんです。
同じ言葉を、二人が違う意味で使っていた
山本直樹さん、仮名、二十八歳。交際三年目で入籍している。相手は二十六歳だった。
彼女は昔から、二十五までに結婚して二十代で産みたいって言ってたんです。僕は三十前後でいいと思ってた。
期限が来たのは、住まいの更新だった。
マンションの更新が近づいて、プロポーズしないなら別れる、って言われました。
彼はそのとき、正直に答えたという。
まだ遊びたいわけじゃないんです。責任を負うのが先に来るのが怖い、って伝えました。
期限の直前に籍を入れた。
彼女は結婚可能年齢っていう言葉を、出産の逆算で使ってたんですよ。僕は経済と覚悟の話だと思ってた。同じ言葉なのに中身が違う。それに気づくのに三年かかりました。
あのとき動かなかったら関係は終わってた、と彼は言う。
四十を過ぎてからの再婚
小林大輔さん、仮名、四十二歳。最初の結婚は二十九歳だった。
離婚してから、しばらく恋愛そのものを避けてました。一度失敗すると、何歳までやり直せるのかわからなくなるんです。
四十を過ぎてから、友人の紹介で同年代の女性と知り合った。
四十五を過ぎると、結婚は介護の話に近づくって、誰かが言ってたんです。自分はまだその手前だと思いたかった。
相手もバツイチで、子どもはいない。
二人とも、肩書きより安心なんですよ。そこが一致してた。
彼が最後に言ったのは、年齢と形の話だった。
恋愛の形は年齢で変わります。でも、気づいた今から変えられる。その言葉だけ残ってます。
社会の目のほうが、あとから重くなる
大きな年齢差で結婚した女性の話も聞いた。出会ったのは彼女が十八歳のとき。周囲は常識を考えろと言い、相手自身も最初は無理だと返したという。
それでも心が動いたほうを選んだ。結婚後に相手の病気がわかり、長い介護が続いている。
自分の選択を、途中で否定してはいないです、と彼女は言った。
法律上の年齢はクリアしていた。社会の目は別だった。年齢差と将来の不安は、恋愛のあいだより結婚してから急に大きくなる。この順番は覚えておいたほうがいい、と彼女は話した。
年代ごとに、似た順番で変わっていく
取材した何人かが、ほとんど同じ順番で自分の変化を語った。
二十代前半は、好かれたら嬉しい、選ばれることが恋だと感じる。二十代半ばで、追われるより追いたいに変わる。二十代後半に裏切られて、それを自分の魅力不足にすり替えて苦しむ。二十八前後で、愛か結婚かで一度病む。三十代前半は焦るほど泥沼になる。三十三を過ぎると、結婚しない人生が現実味を帯びてくる。三十五を過ぎたあたりで、欲しかったのが肩書きではなく安心だったとわかり始める。
数字は人によって前後する。共通していたのは、結婚できる年齢と、結婚したいと感じる年齢が、一致しないことだった。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
法律上は何歳からか
男女とも満十八歳。親の同意はいらない。
実際の平均はどのくらいか
初婚の平均は男性が三十一歳前後、女性が三十歳前後まで上がっている。法律の線から十年以上離れた場所に、実際の山がある。
二十代で自然に結婚できる人は何が違うのか
容姿や社交性に恵まれた人か、学生時代からの関係が続いた人に偏りやすい、という実感を複数の人が話した。内向的で、仕事を真面目にやっていればいつか相手が現れると思っていた人ほど、社会人になってから詰まりやすいという声もあった。
遅くなると難しくなるのか
年齢だけで見送られることが増える、と陽介さんは話した。それでも三十九歳、三十四歳、四十二歳から動いて結婚した人が、この取材の中にいる。もう遅いと決めた時点で自分で閉じていた、と後から言う人が少なくなかった。
恋愛と結婚は同じ線の上にあるのか
ない。恋愛は好きかどうか、会いたいかどうかで続く。結婚には、子どものこと、親の介護が始まる前、住まいの更新、転勤の時期といった期限が突然乗ってくる。直樹さんの三年は、その乗り方が二人で違っていた期間だった。
保育園の時間まで
恵さんは腕時計を見て、あと三十分ある、と言った。
さっきの話に戻るんですけど、と彼女は続けた。
私、二十二で結婚したことを後悔してないんです。でも、あのとき自分が何を選んだのかは、今でもよくわかってない。
どういう意味ですか。
結婚を選んだのか、あの人を失いたくなかっただけなのか。たぶん両方なんですけど、割合がわからない。子どもがいる今も、そこは謎のままです。
窓の外を大型車が通って、ガラスが低く鳴った。彼女はコーヒーを飲み干して、伝票を先に取った。
十八歳から結婚できるって、いま初めて意識しました。私、二十二で早いって言われてたけど、法律だともう四年も過ぎてたんですね。
そう言って、少し笑った。笑い方に、納得も後悔も見当たらなかった。彼女は上着を着て、保育園のほうへ歩いていった。