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同棲解消の理由は、事件じゃない。名前がついたのは全部あとからだった

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浮気があったわけでも、大喧嘩があったわけでもない。それなのに、ある日ふつうに終わる。友達に説明しようとすると、ゴミ出しの話とか、洗濯の回数の話しか出てこなくて、自分でも小さすぎると思う。八人に会った。全員が、終わった夜のことは正確に覚えていた。理由に名前がついたのは、そのずっとあとだった。

土曜の昼過ぎ、駅前の雑居ビルの二階にあるカフェ。エレベーターがないので、階段を上がると息が上がる。窓が一枚だけで、日が入る角度が限られている。カホさんは席に着いて、水を半分飲んでから話し始めた。二年前に解消した家のことを、間取りから説明してくれた。

目次

熱のある夜に、全部が出た

ゴミ出しは交互、という最初の取り決め

カホさん、三十代前半。結婚を視野に入れて暮らし始めた。

最初に決めたんです。ゴミ出しは交互って。二人で話して、紙に書きました。冷蔵庫に貼って。

守られましたか、と聞いた。

守られなかったです。私が三回連続で出す週があって。それを指摘したら、こっちも忙しい、って言われました。

自分が一度外したときの反応が、彼女には残っている。

一回だけ、私が出し忘れたことがあるんです。そしたら、守ってないのは君だって言われました。それまでの分が全部帳消しになりました。

インフルエンザの夜

決定打は、彼女が寝込んだ日だった。

三十九度出て、動けなかったんです。彼は普通に帰ってきて、普通にご飯食べて、普通にテレビ見てました。

看病はなかった。心配する素振りもなかったという。

私が薬を飲みたくて起き上がったら、俺は普段、君のわがままに付き合ってあげてるんだけどね、って言われました。

その一言を聞いた瞬間のことを、彼女は正確に言葉にした。

未来が消えたんです。頭の中で。三十九度あるのに、すごく冷静になりました。翌週、同棲解消しましょう、って言いました。

思いやりがあるかどうかは、決めごとの文面より先に、熱のある体の隣で出る。

理由のない不機嫌が、二年目に始まった

別に、なんでもいい、どうでもいいや

別の女性の話も聞いた。二年目からだったという。

彼が仕事から帰ってくると、無言でソファなんです。おかえりも言わない。

何かあったのか聞くと、返ってくる言葉は決まっていた。

別に、が一番多かったです。あとは、なんでもいい。それと、なんか、どうでもいいや。

理由を聞けたことは一度もなかったという。

聞くとさらに機嫌が悪くなるので、聞けなくなりました。玄関のドアが開く音がした瞬間から、顔色を読む作業が始まるんです。

解消した最初の夜に、眠れた

ある週末に切れた、と彼女は言う。

理由は覚えてないです。本当に些細なことでした。ただ、もう続けられない、って口から出ました。

解消して実家に戻った最初の夜のことが、いちばん印象に残っているという。

久しぶりに深く眠れました。誰の機嫌も読まなくていい部屋って、こんなに軽いんだって。

ときめきが家族に変わる途中で止まった、という言い方をされることがある。彼女はそれを否定した。

そうじゃないです。安全じゃなかったんですよ、あの部屋。

存在そのものが、雑音になった

二十八歳の女性の話は、少し毛色が違った。婚約者の家に転がり込み、専業になるつもりだったという。

彼、資格の勉強をしながら自営をやってる人でした。

解消を切り出したのは相手のほうだった。

狭い家に一緒にいたら気が散って勉強できない、って言われました。

好きな気持ちは残っていたという。

嫌いになられたわけじゃないんです。邪魔になっただけで。そっちのほうがきつかった。

実家に戻り、別居婚の可能性まで考えたところで、話は別の形で折れた。

親が彼の前で激怒したんです。そこで完全に終わりました。

同棲は愛情の試験でもあり、集中力の試験でもある。片方の計画が机の広さを要求したとき、もう片方の存在が雑音として扱われる。

家事の偏りは、毎回一番に出る

朝の洗濯、ゴミ、掃除、急いで作る夕飯

二十代後半の女性の話だ。

朝起きて洗濯回して、ゴミ出して、簡単に掃除して、出勤です。帰ってきたら急いでご飯を作る。

相手は何をしていたのか。

週一で洗濯します。あと、残業で腹が減ってるときだけ自分で作ります。それだけです。

外での言い方が、彼女を追い込んだという。

飲み会とかで、俺、家事やってますって顔をするんですよ。それを聞いた友達に、いい彼氏じゃんって言われる。訂正できないんです、その場では。

できるほうがやる、という取り決めの中身

彼女が挙げた言葉が的確だった。

できるほうがやろう、って最初に決めたんです。それって、気づくほうだけがやり続ける約束なんですよ。気づかない人は永遠にやらない。

金の切れ方は、静かに来る

家賃は半分の約束だったのに、相手が払わなくなった、という人がいた。家事も一人で回し、母親のようになっていったという。最後は浮気され、家具まで持っていかれた。

共同の貯金口座を作っていた人の話も聞いた。

毎月コツコツ入れてたんです。ある日、通帳を記帳したら減ってました。

問い詰めましたか。

問い詰める前に、もういいやってなりました。減ってた金額より、記帳するまで気づかなかった自分にがっかりして。

化粧品が買えなくなって終わった、という人もいた。

半同棲までは平気だったんです。お互いの財布が別だったので。生活費を合わせた瞬間に、自分の分が消えました。

恋愛では見えない部分

生活リズムと清潔の基準について、複数の人が同じことを挙げた。早朝型と夜型。洗い物の置きっぱなし。やると言った家事の忘れ。寝る前の物音。脱ぎっぱなしの服。

一個ずつは、それくらいで済むんですよ、と一人が言った。

積もるとトゲになります。しかも喧嘩しても逃げ場がない。

いちばん寂しかった場面を聞くと、答えが揃った。

気まずい空気のままご飯を作って、同じ布団で背中合わせになる夜です。

会話が消えていく過程を話した人もいた。

うーん、と、えーそうだね、しか言わなくなりました。育むはずの時間だったのに、離れていくだけでした。

外での魅力じゃなくて、家に帰ったあとの人間を見るべきだったと思います、と彼女は言った。

将来の温度が、ずれていた

三年同棲した女性の話だ。

結婚の素振りが一切ないんです。こっちから話を持ち出しても、そうだねーで終わる。

三年目に気づいたことがあるという。

同棲の目的が、最初から違ってたんですよ。私は結婚の前段階だと思ってた。彼は、家賃が浮くと思ってた。

一年で終わった家もある。刺激がなくなり、どちらも何もしないまま、一緒にいたい相手かわからなくなったという。

一人の時間が取れずリラックスできない、食の好みが合わない、マザコンだった。人間性が露呈する形も、いくつも聞いた。

男性への調査では、解消の経験があると答えた人が六割を超えたものもある。理由は、あらが見えて冷めた、負担が一方に寄った、もう一度一人暮らしがしたくなった、といったものだ。女性側の調査では経験者の割合が低く出ることもあるが、理由の中身は重なっている。

半年で終わった人の総括

好きで選んだ相手と、半年で解消した人の言葉が、この取材で一番簡潔だった。

デートは非日常で、結婚は日常です。それだけの話でした。

金の使い方、家事、将来のこと、子どものこと。

好きでは埋められない壁があるんですよ。付き合う前に全部は見抜けないです。無理だと思います。

性の価値観が時間差で来て終わった、という話も聞いた。

同棲してから半年後でした。ここは無理だな、って。それも事件じゃないんですよね。ただ、無理だとわかっただけで。

検索してここまで来た人が、確かめたいこと

どのくらいで終わるのか

八人のうち、最短が半年、最長が三年。期間の長さと理由の深刻さは比例していなかった。半年で終わった家の理由も、三年続いた家の理由も、日常の細部に集中している。

話し合えば防げたのか

決めごとを作った家でも終わっている。カホさんの家は紙に書いて貼っていた。守られない場合に何をするかまでは決めていなかった、と彼女は言う。

一番多い理由は何か

家事の偏りが繰り返し一位に来た。次が金銭、その次が将来の温度差。ただ、当事者が決定打として挙げたのは、どれも別の場面だった。看病されなかった夜。どうでもいい、と投げられた週末。通帳を記帳した朝。

解消したあと、後悔したのか

八人のうち、後悔していると答えたのは一人。理由は、もっと早く言えばよかった、というものだった。続けた期間を惜しむ声はあっても、終わらせた判断を悔やむ声は少なかった。

次の同棲では何を変えるのか

生活のリズムと、金の管理を先に決める、という答えが多かった。ただし、決めたところで守られるとは限らない、と全員が言い添えている。

貼ってあった紙

カホさんは、あの紙をまだ持っているという。

ゴミ出しの当番を書いた紙です。引っ越しのときに剥がして、なんとなく持って帰ってきました。

なぜ捨てなかったんですか。

わかんないです。捨てるほどのものでもないというか。

彼女はスマホを取り出して、その写真を見せてくれた。マジックで曜日と名前が書いてある。文字は丸くて、二人分の筆跡が混ざっていた。

これを書いてるときは、楽しかったんですよ。二人で笑いながら書いたので。

彼女は画面を閉じて、テーブルに伏せて置いた。

だから、あの人が最初から悪い人だったとは思ってないです。ただ、熱がある夜にああ言う人だった、っていうだけで。

窓から入る日が少し傾いて、テーブルの端まで来ていた。彼女はそれを見て、そろそろ行きます、と言った。階段を降りる音が、しばらく響いていた。

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