迷ったらワンピース、と誰もが言う。ただ、なぜそれが正解なのかは誰も説明してくれない。丈は膝からミモレ、胸元は開きすぎず、座って短くならないもの。条件だけが並んで、理由が抜けている。九人に会って、実際に着ていったものと、その日に起きたことを聞いた。布が相手を選んでいたわけではなかった。決めていたのは、着ている本人の肩の力のほうだった。
土曜の午前、都心のホテルのラウンジ。天井が高くて、声が上に抜けていく。椅子は深く沈み、座ると膝から下が視界に入る。照明はほぼ真上から落ちる。三時間で六組を数えた。男性は全員スーツかジャケット。女性は、五人がワンピースだった。
気合を抜いた一枚で、その日に決まった
ベージュピンクのニットワンピース
仙台で活動していた女性の話から聞いた。
最初のころは、気合の入りすぎた服を着てたんです。硬い素材の、いかにもっていう感じの。
ある回で、彼女は方向を変えた。
ベージュピンクのニットワンピにしました。何気ない感じの。着ていて楽なんですよ。締めつけがないし、動きやすい。
その日は違ったという。
自分がリラックスしてるのが、自分でわかりました。会話が続くんです。詰まらない。
華美でなく可愛らしい、と書かれた
相手からの希望理由に、華美ではなく可愛らしいニットがお似合いです、と書かれていた。その日のうちに仮交際に入っている。
嬉しかったのは、褒められたことじゃないんです。あの日、私が普通に喋れたことのほうです。
色を変えて反応が変わった人もいる。焦げ茶色ばかり着ていた女性が、白と淡いピンクに切り替えたところ、優しそう、という感想が返ってきた。四十代の女性は、スモーキーブルーで落ち着いた印象を出したという。
自分に合う色がわかると、席に着くときの気持ちが違います、と彼女は言った。
下半身が気になっていた人は、Aラインでカバーし、ベルトで視線を上へ持っていった。
他の女性と比べて見劣りする感じが減ったんです。それだけで活動が楽になりました。
シャツとスカートで行った日の、第一声
オシャレに興味ありますか
顔合わせは必ずワンピース、と決めていた女性がいる。一度だけ、そうしなかった回があった。
土曜の午前に仕事が入ってたんです。そのあと直行だったので、シルクのシャツとシンプルなスカートで行きました。悪い格好じゃないと思ってました。
相手の第一声を、彼女は正確に覚えている。
オシャレに興味ありますか、って言われました。
意味はすぐわかったという。
他の女性みたいなワンピースじゃなかったからです。それ以外に理由がない。
ラフめの服だと説明したが、反応は薄かった。
興味がないっていう空気だけが残りました。あと五十分ありましたけど、もう何も起きなかったです。
それ以降、彼女は午前に仕事が入っていても着替えるようになった。
このあとミュージカルなんです、って周りに言うようにしてます。着替える理由を作るために。
写真と当日が違う人
逆の立場の話も聞いた。写真がスーツやワンピースなのに、当日にTシャツやダボッとしたパンツで来る人がいるという。
がっかりします、と男性側の一人が言った。
仮交際に進んだ途端、虎の顔の刺繍が入った革ジャンで現れた相手に、何もかも萎えた男性もいた。
写真と席の服装が同じ人に見えるかどうか。それは試験みたいなものだ、と彼は言った。
一枚のワンピースが、二人分回った
真剣交際中の会員が、入会したばかりの女性に自分のワンピースを貸した話がある。
プロフィール撮影に使ったんです。そしたら申し込みが急に増えたって聞きました。
貸した側も、借りた側も、その季節のうちに成婚している。
幸せのバトンみたいでした、と仲人は書き残していた。
五十代で活動を始めた女性の話も聞いた。
似合うって言われても、最初は乗れなかったんです。この歳でって思って。
変わったのは、試着室でのことだった。
鏡を長く見てました。十分くらい。それで、あ、かわいいかも、って納得したんです。
その写真を上げてから、申し込みが続いた。見合いのたびに似合うワンピースを着て、褒められ、そのうちの一人と決まっている。活動期間は二か月半だった。
服が人生を変えたっていうのは大げさですけど、と彼女は言った。
自信の入口にはなりました。
ワンピース一択への、疑問
田舎のカフェで見合いをしている人からは、別の意見も出た。
THE婚活のワンピースまでしなくてもいいと思ってます。普段も着られるものが欲しいので。
男性側にも疑問を持つ人がいた。
普段はラフな服の人が、キメッキメのワンピで来るのって、本当にいいんですかね。会うたびに違う人みたいになるので。
チュニック事故の日
もう一つ、忘れがたい話がある。パーティー用に急いで服を買った女性のケースだ。
ワンピースだと思って買ったんです。当日着たら、チュニックでした。丈が全然足りなくて、下のパンツが丸出しで。
どうしたんですか、と聞いた。
もう時間がないので、そのまま行きました。パーティーの間ずっと、座り方を工夫して凌いでました。
結果は意外だった。
参加してた男性の八割から申し込みをもらいました。人生で一番のモテ期だったかもしれないです。
彼女はそう言って笑った。正しい丈と、記憶に残る失敗は、別の方向で効くことがある。
役割を終えた服の、その後
成婚して退会した人が、見合いと仮交際で着たワンピースを売りに出す、という話も聞いた。
アルページュ系列のとか、何着かまとめて出しました。私はもう着ないので。
役割を終えた服が、次の人の顔合わせに回っていく。
服屋の店員から聞いた話も、この取材で印象に残っている。試着室から十五分出てこない客がいたという。
そのとき店員さんが言ったのが、服の良し悪しじゃなかったんです。その色はお顔が明るく見えますね、って、それだけ。
迷っていたのは服のほうではなかった。
自分に似合うと思っていいかどうかで、止まってたんですよ。見合いのワンピースも、同じ場所にあると思います。似合う許可を、自分に出せるかどうか。
服が場に合っているかどうか
歩きやすい靴を指定された表参道での初デートに、黒のAラインの半袖ひざ下と、ウエッジソール、かごバッグで行った人がいる。
灼熱でした。それでも、初対面の怖さを抑えるための選択だったので。
男性側の意見も割れる。デートにワンピースで来てくれる女性は男心をわかっている、と言う人がいる一方で、ワイドパンツとフリフリの靴下で五分で解散した、という極端な人もいた。
服の話で言えば、こういう例もある。見栄で一万九千円のワンピースを買ってあげると言い、値段を聞いて拒否した男性がいた。千円台だと思っていたらしい。
その場で冷めました、と相手の女性は言った。
余裕のなさって、服より先に見えるんですよ。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
なぜワンピースなのか
失敗しにくいこと、相手の親の想像に乗せやすいこと、自分の呼吸が整いやすいこと。九人の話を並べると、この三つに落ちる。両親に紹介しても違和感がないか、を基準にしていた人が複数いた。
丈と色はどうすればいいのか
丈は膝からミモレ。座って短くならないもの。胸元は開きすぎない。色は白、淡いピンク、ベージュ、紺、スモーキーブルーが挙がった。焦げ茶から明るい色に変えて反応が変わった人がいる。
高い服は必要か
必要ない、というのが全員の答えだった。仙台の女性が決まったのはニットのワンピースで、値段の話は一度も出ていない。
ワンピース以外だとどうなるのか
シルクのシャツとスカートで行った女性は、第一声で終わっている。ただし、それが服のせいなのか相手のせいなのかは、本人も判定していない。
結局、何が結果を分けたのか
楽に着られた席は会話が長く、着飾って空回った席は第一声で終わっている。九人の話でいちばんきれいに分かれたのは、そこだった。
制服の中の、個人
お見合いのワンピースは、制服に近い。同じ型の中で、色と丈と素材だけが個人になる。
華美ではないピンクで仮交際が決まった人がいる。シャツとスカートで興味を失われた人がいる。貸したワンピースで二人が籍を入れた。革ジャンで全部が終わった席がある。チュニックの事故で申し込みが集まった日がある。
仙台の女性に、最後にもう一度聞いてみた。あの日、決まった理由は何だと思いますか、と。
服だとは思ってないです、と彼女は答えた。
じゃあ何ですか。
あの日、私が普通に息をしてたからだと思います。前は、席に着いた瞬間から呼吸が浅かったので。
服は関係なかったんですか、と重ねて聞いた。彼女は少し考えて、首を横に振った。
関係はあります。あの服だったから、呼吸が浅くならなかったので。順番はそっちです。
ラウンジの奥で、新しい一組が席に着いた。女性は淡い色のワンピースだった。彼女はそちらを一度だけ見て、視線を戻した。