会話の途中で、彼女が自分の頬に指を当てる。あれは何なのか。七人に聞いた結果、この動作には全然違う三種類が混ざっていた。しかも本人たちも、やっている最中は理由を知らない。
聞き取りは順番がばらばらになった。最初のミサキさんは、話しながら二回、自分の頬に手をやった。指摘したら、また今やってました? と驚いていた。
自分の頬を触るとき、本人は理由を知らない
会話が途切れると、手が勝手に動く
二十四歳のミサキさんは、事務職で働いている。
「好きな人と話してるときに、無意識にやってるんです。ほっぺを軽く触る」
いつ出ますか。
「会話が少し途切れたときですね。沈黙が入ると、手が勝手にいく」
自分で気づいたのは。
「最初はなんでだろうって思ってました。あとから、これ緊張をほぐそうとしてるんだなって」
どういう仕組みだと思います。
「相手の目を見ると心拍数が上がるんですよ。上がると、なんか落ち着かなくなる。それで指先で押さえてる感じです。ほっぺの柔らかさが安心材料になってて」
相手に気づかれますか。
「気づかれると恥ずかしいです。でもやめられない」
落ち着くために触っている人
三十四歳のサヤカさんは、同じ動作をもっと意識的に使っている。
「プレゼンの前とか、大事な話をする前に、必ず両手で軽く押さえます」
いつからですか。
「子供の頃です。母に、ほっぺを触ると落ち着くよって言われてから、ずっと」
効きますか。
「効きます。自己接触行動っていうらしいんですけど、たしかにストレスが下がる感じがある」
会議中に出ることも。
「あります。気づいて慌てて手を下ろします。まわりは気にしてないみたいですけど」
好きな人といるときは。
「同じ仕草が出ました。それで、緊張してるの? って聞かれて」
なんと答えました。
「正直に、少しドキドキしてるって言いました。そうしたら、そこから関係が少し進んだ気がします」
彼女はそこで少し笑った。
「私、隠すのが下手なので。あの仕草でバレたのは、結果的に良かったです」
ここで注意しておきたいのは、この二人の動作が好意のサインではないことだ。緊張を下げるための動きであって、緊張の原因が好きな相手とは限らない。会議でも出るし、面接でも出る。
可愛く見せたい気持ちが混ざる場合
二十三歳のマナミさんの話は、少しずれる。
「好きな先輩に話しかけられたときに、つい自分のほっぺを触っちゃって」
同じ動作ですね。
「同じです。ただ私の場合、ちょっと違う気がして」
というと。
「あとで友達に、あの仕草めっちゃ可愛いよって言われたんです。それで気づいたんですけど、私、たぶん少しだけ見せてる」
意識的に。
「完全に無意識ではないと思います。先輩の前だと、つまんだり撫でたりまでやってて。あれ、素の緊張だけじゃない」
彼女は自分でこう分析した。
「照れ隠しと、可愛く見せたい気持ちが混ざってるんだと思います。両方あるんですよ。どっちかじゃなくて」
先輩に触られたときは。
「顔が真っ赤になりました。どうしたのって聞かれて、なんでもないですとしか言えなくて」
嬉しかったですか。
「すごく。ただ、あのときは何も言えなかったです」
同じ動作でも、純粋な自己鎮静と、見られることを前提にした動作は別物だ。本人にも境目がわからない。マナミさんが正直だったのは、その混ざり具合を認めたところだと思う。
相手の頬を触る側は、まったく別の話をしていた
親しさの確認として
三十二歳のアユミさんは看護師で、子供の頃から頬が柔らかいことで知られていた。
「よく触られてました。友達に」
今も。
「今もあります。親しい女友達だと、今日ももちもちだねって軽く触り合う」
愛情表現ですか。
「愛情というより、親近感の確認ですね。仕事で疲れた日に同僚にそっと触られると、不思議と癒やされます」
自分から触ることも。
「あります。それは、あなたを大切に思ってるよっていう無言のメッセージです。特に落ち込んでる友人には、つい手が伸びる」
言葉で言うより。
「言葉だと重くなるんですよ。大丈夫? って聞くと、相手も大丈夫って答えなきゃいけなくなる。触るだけなら、返事がいらない」
大丈夫だと伝える方法として
四十三歳のミドリさんは、娘の頬を触る話をしてくれた。
「小さい頃から、泣いたり機嫌が悪いときに撫でてました」
今は高校生ですね。
「高校生です。落ち込んでると、つい手が伸びちゃって。まだそんなことするの、って恥ずかしがられますけど」
やめないんですね。
「私にとっては、大丈夫だよって伝える一番自然な方法なので」
彼女は続けて、自分の頬を触る話もした。
「鏡を見て、今日も頑張ったなって思うときに、指先で軽く押さえるんです」
自分に対して。
「そうですね。年を取ってから増えました。ほっぺを触る仕草って、自分への優しさにもなるんだなって」
二十七歳のカオリさんは、交際相手との間でこの動作が起きる側だ。
「彼が私のほっぺを優しくなでるんです。最初は化粧が落ちるのが気になって、やめてって言ってました」
変わったきっかけは。
「ある日、可愛くて触りたくなるんだって素直に言われて。それから受け取り方が変わりました」
今はどう感じます。
「大切にされてるって感じます。特に疲れて帰った夜、ソファでそっと触られると、一気に安心が広がる」
彼女は逆に触ることもあるという。
「彼の、少し無精髭が残った肌を指でなぞると、照れて笑うんですよ。それが可愛くて」
そのときの気持ちは。
「母性みたいなものと、甘えたい気持ちが混ざってる気がします。自分でもよくわからないんですけど」
同じ動作が、相手によって不快になる
二十九歳のリエさんは、この取材で唯一、はっきり嫌だった経験を話した。
「合コンで、ちょっと打ち解けた男性に、突然ほっぺをつつかれたんです」
なんと言われました。
「柔らかいね、って笑われて」
どうしました。
「その場は笑ってごまかしました。でも内心すごく不快でした」
何が嫌だったんですか。
「距離感を測られてない感じですね。この人、私との関係をどう見積もってるんだろうって」
同じことを友人にされたら。
「全然平気です。長い付き合いの友達なら、何も思わない」
つまり。
「触るとか触られるとかって、相手との信頼関係が前提なんですよ。好きな人になら、もっと触ってほしいって思うのに、そうじゃない人だと拒否反応が出る」
彼女はそこで少し考えてから、はっきり言った。
「動作自体には意味がないんです。誰がやるかで、全然違うものになる」
これは重要な指摘だと思う。頬に触れるという行為は、親密さの証明ではない。すでに成立している関係を前提として、それを確認する動作だ。関係がない状態でやると、確認ではなく、こちらが勝手に決めた距離の押し付けになる。
不快になるのは、触られたからではない。関係の見積もりが自分の認識と食い違っていることを、突然知らされるからだ。
本人にも判別できないまま、体が先に動いている
自分の頬に触れて緊張を下げる動作。相手の頬に触れて親しさを確認する動作。そして、見られることを意識した動作。
このうち一つ目は好意のサインではなく、二つ目は関係の前提が要り、三つ目は本人にも意識と無意識の境目がわからない。
だから、誰かが頬を触ったという情報だけでは、何も判定できない。ミサキさんが会議中にやっているのと、先輩の前でマナミさんがやっているのは、外からは同じに見える。
最後にミサキさんに聞いた。あの癖、直したいですか。
「直したくはないです。ただ、便利だなとは思ってて」
便利。
「あれ出てるときって、私が緊張してるってことなので。自分の状態を、手が先に教えてくれてる感じがあって」
自覚のセンサーになっている。
「そうですね。この人といると出るなって気づいたときに、あ、私この人のこと気になってるんだって、あとから理解したこともあります」
先に体が判定していた。
「先でした。完全に。頭は最後ですね、いつも」
彼女はそう言って、また指を頬に当てそうになって、途中で止めた。止めたことに自分で気づいて、少し笑った。