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通い婚とは。結婚は一緒に住むもの、という思い込みを静かに問い直す夫婦たち

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最初に会ったユカリさんは、32歳のIT企業勤務。結婚しているのに夫と別の家で暮らしている、と聞いて、私はつい、それで結婚生活って成り立つんですか、と無作法な質問をしてしまいました。彼女は笑って、こう返してきました。

「みんなそう聞くんですよ。でも私たち、同じ家に住んでた頃より、今のほうがずっと仲がいいんです」

目次

そもそも通い婚とは、どんな結婚の形なのか

籍は入れて、家は別々。週末に通い合う

まず、言葉の意味をはっきりさせます。通い婚とは、結婚した夫婦が、それぞれ別の住居で暮らしながら、定期的に相手の家を訪れて一緒に過ごす結婚のスタイルです。法律上はきちんとした婚姻関係で、籍も入っている。ただ、同居をせず、お互いの生活拠点を保ち続ける、という点が普通の結婚と違います。

会うのが週末になることが多いため、週末婚と呼ばれることもあります。ユカリさんの場合も、平日はそれぞれの家で過ごし、週末の二日間を二人で過ごす形です。

「平日はお互いの家で、自分のペースで生活して。週末は、どっちかの家に行って、一緒にご飯作ったり映画観たり。デートみたいな感覚です。食事は交互に作り合ってます」

歴史をたどれば、昔の日本にも男性が女性の家に通う婚姻の形があったといわれますが、今これを選ぶ人は、仕事の都合や、個人の自立を大切にしたいという、現代的な理由がほとんどです。

仕事、リズム、再婚、介護。理由は本当に多様

通い婚を選ぶ理由は、人によってまるで違います。転勤と相手のキャリアを両立させるため、毎週末新幹線で往復している夫婦。親の介護で実家近くに住む必要があり、夫が週末に通う夫婦。アウトドア派とインドア派で休日の過ごし方が合わず、距離を置いた夫婦。理由はさまざまですが、根っこには、お互いの生活や価値観を手放したくない、という共通の思いがあります。

メリットとして多くの人が挙げるのが、関係が新鮮に保たれること、自分の時間を守れること、喧嘩が減ること。一方でデメリットも明確です。家賃や光熱費が二重にかかる経済的な負担、平日の寂しさ、相手が体調を崩したときすぐ駆けつけられないもどかしさ。そして、周囲からの、本気で結婚してるの、という無理解。

ユカリさんの話を入り口に、まずは、なぜ離れて暮らすほうが仲が良くなるのか、という不思議から見ていきます。

近すぎる親密さは、愛を摩耗させる

同じ家にいると、夫の存在が空気になった

ユカリさんの夫は朝型、彼女は夜型だそうです。同居していた頃、これが地味な摩擦を生んでいたといいます。

「夫は早朝にジョギングして読書する人で、私は夜遅くまで集中して仕事するタイプなんです。同じ家にいると、夜に夫が、まだ起きてるの、って気をつかって早く寝かせようとしたり、逆に私が朝の静けさを邪魔したり。お互い、悪気はないのに、少しずつストレスが溜まっていって」

それだけではありませんでした。

「毎日一緒にいると、相手の存在が、だんだん空気みたいに当たり前になるんですよ。いて当然だから、ありがたみを感じなくなる。で、些細なことが気になり始める。靴下脱ぎっぱなしとか、そういう小さい不満が積もっていく」

距離があると、相手を当たり前と思わずに済む

通い婚を始めてから、それが変わったといいます。

「会えるのが週末だけになったら、夫に会えること自体が、嬉しくなったんです。当たり前じゃなくなったから。平日それぞれ頑張って、週末ごほうびみたいに会う。関係が新鮮なまま保たれてるんですよね」

似た話を、再婚して通い婚を選んだケイスケさんからも聞きました。40代の男性です。彼は前の結婚で、同居がうまくいかずに離婚を経験していました。

「毎日顔を合わせてると、小さな不満が積もりやすいんですよ。前の結婚で、それを痛感して。今の妻も似た経験があって、二人で、今回は違う形にしようって、通い婚にしたんです。自分のスペースがあると、不思議と相手を受け入れやすくなる。距離があるからこそ、優しくなれるんです」

近すぎる親密さが、愛を摩耗させることがある。これは、通い婚の人たちが、身をもって発見した逆説です。距離は、相手を空気にしないための、ひとつの工夫でした。

通い婚が問い直す、結婚イコール同居という思い込み

形のテンプレートがないことの、自由と重さ

こうした話を聞いていると、通い婚が問い直しているのは、結婚の形そのものなんだと気づきます。結婚イコール同居。私たちは、それをあまりに当然の前提として生きている。でも、考えてみれば、愛し合うことと、毎日同じ家で寝起きすることは、本当はイコールではありません。

ケイスケさんが、こんなことを言っていました。

「周りから、本気で結婚してるの、ってよく聞かれるんです。最初は説明するのに疲れました。でも、ある時から気づいたんですよ。みんなが変だと思うのは、結婚の形を、同居っていう一種類しか知らないからなんだって」

普通の結婚には、同居という既製のテンプレートがあります。だから、何も考えなくても形が決まる。でも通い婚には、それがない。会う頻度も、お金の分担も、連絡のルールも、将来のビジョンも、全部自分たちで設計しなければいけない。

「それって、自由でもあるけど、けっこう重いことなんですよ」ケイスケさんは言いました。「決められたレールがないぶん、全部自分たちで決めて、納得し続けないといけない。でも、その面倒くささの先に、自分たちにぴったりの形があるんです」

そして、これは通い婚の人だけの話ではありません。一緒にいたい、でも自分も保ちたい。この、親密さと自立のあいだで揺れるジレンマは、同居している夫婦も、形は違えどみんな抱えている。通い婚は、そのジレンマを物理的な距離で解こうとした、ひとつの実験にすぎないんです。

でも、距離は問題を解決しない。保留するだけ

子を持つかで、隠れていたズレが噴き出した

ここまで通い婚の光の面を見てきましたが、影もあります。距離には、もうひとつの顔がある。最後に会ったミナさんの話が、それを教えてくれました。結婚四年目の30代です。

「通い婚、最初の数年は本当に快適だったんです。二人で旅行に行って、のんびり過ごして、喧嘩もなくて。理想的だと思ってました」

ところが、子どもを持つかどうか、という話が出てから、空気が変わったといいます。

「私は、子どもができたら同居して、一緒に子育てしたいんです。でも夫は、この距離感をもう少し続けたいって。話してみたら、子どものことだけじゃなくて、家族のあり方とか将来とか、根っこの価値観が、実はけっこうズレてたことがわかってきて」

彼女が、はっとしたように言いました。

「気づいたんです。私たち、距離があったから、そのズレを見ないで済んでただけなんだって。週末だけ会って、お互い良い顔だけ見せてれば、根本的に合わない部分に触れずにいられた。問題が解決してたんじゃなくて、ずっと保留されてただけだったんです」

距離は、新鮮さを保つ装置にも、不一致を温存する装置にもなる

ミナさんの話は、距離の二面性を突いています。距離は、相手を当たり前にしない新鮮さを保つ装置になる。でも同時に、毎日一緒にいれば噴き出すはずの不一致を、見ないまま温存する装置にもなる。問題が消えるわけではなく、先送りされるだけ。そして、子ども、介護、老後、病気といった、距離では対応できないライフイベントが訪れたとき、保留してきたものが一気に表面に出てくる。

だから通い婚を長く続ける鍵は、距離に甘えて、向き合うべきことを放置しないことなんだと思います。実際、何年も通い婚を続けている夫婦は、定期的にこの形を続けたいか確認し合い、必要なら柔軟に変える、という話し合いを欠かしていませんでした。距離があっても、向き合うことからは逃げない。それができる二人にとってだけ、通い婚は機能します。

ミナさんたちは今、子どものことを定期的に話し合いながら、妻の実家近くで同居する道も視野に入れているそうです。

「通い婚が失敗だったとは思ってないんです」彼女は最後に言いました。「あの距離があったから、見えてた良さもあった。ただ、距離はずっと使える魔法じゃない。いつかは、ちゃんと近づいて向き合わなきゃいけない時が来る。それだけのことなんだと思います」

通い婚は、結婚のひとつの正解ではなく、結婚に正解はひとつじゃない、ということを教えてくれる形なのかもしれません。同居でも通い婚でも、結局問われているのは同じこと。相手と、どういう距離で、どう向き合い続けるか。形は手段であって、目的ではない。自分たちの結婚を、自分たちで設計して、手入れし続けられるかどうか。それが、どんな形を選んだ夫婦にとっても、本当の問題なのだと思います。

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