家族みたいになるからやめた方がいい、と誰かが言う。逆に、あれで喧嘩が減ったと言う人もいる。カップルで一緒に風呂に入るのはよくないのか七人分の浴室の話を聞いた。賛成派も反対派も、ほとんど同じ一点を境目にしていた。
集まってもらったのは銭湯の隣にある古い喫茶店で、湯上がりの客が来るせいか、店内が少し湿っている。壁の時計が二分遅れていた。最初に来たマユミさんは、話す前に「これ、身内にも言ってないんですけど」と前置きした。
抵抗があったのに、やってみたら平気だった人
断り続けた三ヶ月
二十八歳のマユミさんは、付き合って間もない頃に誘われた側だ。
「一緒に入ろうかって言われて、無理だと思いました。あの照明の下で全身見られるんですよ。しかも体を洗ってるところって、いちばん見られたくないでしょ」
どう断ってたんですか。
「今日は疲れてるから一人でって。それを三回か四回。毎回、断ったあとに罪悪感があって、それも嫌でした」
試したきっかけは。
「なんとなくです。断る理由を考えるのが面倒になったのが半分。あと、単純に興味もあって」
入ってみて何が起きました。
「何も起きないんですよ。湯船に並んで座って、どうでもいい話をしただけ。それが、なんか、変に距離が縮まって」
具体的には。
「背中を流してもらって、シャンプーの匂いが混ざるだけです。それだけなのに、特別な時間になっちゃって。今は週末の定番。愚痴を聞いてもらう場所になってます」
彼女が最後に言ったことを、そのまま書く。
「よくないかもって思ってたのは、たぶん相手のことじゃなくて自分の体のことだったんですよね」
見せたくないのは、相手ではなく自分
三十四歳のリョウさんは、正反対の立場から同じ話をした。彼は誘われても断る側だ。
「風呂は一人でゆっくり入る時間が、一日で最高のリラックスなんですよ。そこに人がいると、リラックスの定義が変わる」
恋人でも。
「恋人でもです。体を洗う動作って、けっこう間抜けじゃないですか。それをまじまじ見られるのが落ち着かない。あと、肌の状態を気にしてる時期は特に嫌でした」
伝えたときの反応は。
「俺は一人の方がいいって、はっきり言いました。向こうも、あ、そうなんだで終わり。揉めてないです」
七人の話を並べていて、いちばんはっきり見えたのはここだった。抵抗の中身は、相手への不信ではない。全員が、自分の体を明るい場所に置くことを嫌がっている。
つまり、一緒に入るのがよくないかどうかという問いは、二人の関係の評価ではなく、自分の体をどこまで公開できるかという個人の設定に依存している。関係が良好かどうかとは別の軸だ。だから仲の良いカップルでも入らない人がいるし、微妙な関係でも入る人がいる。
やめた側の理由は、飽きではなかった
また今日も裸を見せ合うのか
三十六歳のカナさんは、結婚三年目でやめた。
「新婚の頃は毎日でした。洗い合って、湯船でくっついて。それが当たり前だった」
いつ変わりました。
「はっきり覚えてます。脱衣所で服を脱ぎながら、また今日も裸を見せ合うのかって思ったんですよ。自分でびっくりして」
嫌になったということですか。
「嫌じゃないんです。無になった。相手の体にも自分の体にも、何の情報も残ってない感じ。ドキドキが薄れて、家族の空気になって」
そこからは。
「ある日、今日は一人で入るねって言いました。特に理由も説明しないで。向こうも、はいって」
今は。
「それぞれ好きな時間に入って、風呂上がりにリビングで話す。この距離の方が長く続く気がしてます。香りが似てくると刺激が減るって話をどこかで聞いて、それが当たってたのかもって」
儀式が習慣に落ちると、負担だけが残る
カナさんの話で重要なのは、関係が悪化していないことだ。愛情が減ってやめたのではない。
毎日繰り返すと、行為の意味が抜ける。抜けたあとに残るのは、脱ぐ手間と、時間を合わせる調整と、先に上がりにくい気遣いだ。意味がなくなった時点で、コストだけが目に見えるようになる。
これは他の証言とも噛み合う。続いている人たちは全員、毎日ではないか、あるいは明確な目的を持っていた。マユミさんは週末だけ。次に出てくる夫婦は週二回。逆に還暦の夫婦は毎晩だが、そこには確認の儀式という役割が残っている。
裸だと、隠し事がしにくい
産後の喧嘩が減った理由
三十九歳のトモエさんの話は、この取材でいちばん実用的だった。
「子どもが生まれてから、本当に毎日言い合いでした。夜中の授乳で寝てないし、些細なことで火がつく。相手の靴下の脱ぎ方で泣いたこともある」
そこで風呂に。
「ふと思い出したんです。昔は一緒に入ってたなって。それで、久しぶりに入ってみて」
何を話したんですか。
「最近しんどいよねって、私から。それだけです。そうしたら向こうも、うん、しんどいって。あれ、リビングでは絶対に出てこない言葉なんですよ」
なぜだと思います。
「裸だと嘘がつきにくいんだと思う。服を着てると、こっちも武装してるんですよね。あと、正面を向かずに並んで座るのがいいのかも。目を見ないで喋れるから」
今は週に二回続けている。育児の息抜きにもなっているという。
向かい合わないから、言える
トモエさんが指摘した並んで座るという点は、意外と効いていると思う。
食卓や寝室での話し合いは、正面か対面になる。顔が見えると、相手の反応を読みながら言葉を選ぶ作業が発生する。湯船では横に並ぶ。視線が交わらず、湯の音があり、しかも長くはいられないという時間制限がある。
逃げ場がないから素直になるのではなく、逃げ場が半分あるから言える。
三十年続けている夫婦が守っているもの
六十三歳のシゲルさんとフサエさんは、子どもが小さい頃から毎晩一緒に入っている。
「そろそろ入るぞって言って、そのまま。三十年以上やってますね」とシゲルさんが言う。
子どもさんはどう言ってました。
「親なのに気持ち悪いって言われてました」とフサエさんが笑う。「でも私たちには当たり前の日常なので」
続いている理由を聞いた。少し間があった。
「習慣というより、確認ですかね」とシゲルさん。「体を洗い合って、今日も一日終わったねって言う。それだけの時間」
フサエさんが付け足した。
「この人、手術の痕があるんですよ。私も。普段は見せない部分まで全部知ってる相手だから、安心できるんだと思います」
見慣れたからドキドキが減るという話と、真逆のことを言っている。二人にとって、見慣れたことは安心の材料になっていた。
初回の印象が、その後を決めてしまうことがある
三十一歳のケイタさんは、期待外れだった側だ。
「お泊まりの夜に、勢いで一緒に入ったんですよ。当然、そういう展開になると思ってて」
ならなかった。
「普通に体を流し合って終わりました。ただのマッサージ。あれ、これで終わり? って。がっかりしたというか、間抜けな気持ちになって」
そのあと入らなくなった。
「なりました。あの拍子抜けの記憶が残ってて、誘う気にならない」
三十歳のアイさんは逆側だ。
「湯船で後ろから抱きしめられて、耳元で話されて。そこでこの人が好きだって確信しました。付き合う前の段階だったんですけど、あれで決まった」
同じ行為で、片方は関係が進み、片方は止まった。差は期待値の設定だ。特別な出来事が起きる場だと思って入ると、起きなかった場合に失望が記録される。
我慢している側が、たいてい黙っている
一通り聞き終わって、はっきりしたことがある。
問題になるのは、一緒に入ることでも別々に入ることでもない。片方が我慢したまま続いている状態だ。マユミさんは三回断ったあとに罪悪感を覚えていた。リョウさんはそれを言葉にしたので揉めなかった。カナさんは無になった時点で申告した。
風呂はリラックスするための場所だから、そこで緊張しているなら、目的に反している。逆に、一緒にいて気が緩むなら、それは残しておく価値がある習慣だ。判定基準はそれだけで足りる。
帰り際、カナさんが立ち上がりながら言ったことが引っかかっている。
「実は最近、また誘われたんですよ。三年やめてたのに」
入ったんですか。
「入りました。一回だけ。前と全然違う感じでした。何が違うかは、まだ言葉にできてないんですけど」
彼女はそのまま銭湯の方を見て、行こうかな、と誰にも言わない声で言った。店を出るときに自動ドアが半分だけ開いて、湿った空気が入ってきた。