既読はつく。返事は来ない。その状態で何日も過ごしたことがある人なら、あの時間の異常さを知っていると思う。仕事も食事も手につかないのに、外から見れば何も起きていない。恋人が消えたのに、事件にならない。最低だね、と友達は言ってくれる。でも当時ほしかったのはその判定ではなくて、自分が何をしたのかという答えのほうだった。七人に会った。全員が、同じ場所で消耗していた。
木曜の夜、私鉄の各駅停車しか止まらない駅前の、二階にある小さなバー。カウンター六席だけの店で、氷を割る音と、店主がグラスを拭く布の擦れる音しか聞こえない。マイさんはウーロン茶を頼んで、コースターの端をずっと爪でめくっていた。二年前の話ですけど、と前置きしてから、日付を正確に言った。
既読だけがつく、という状態について
三月十二日の朝から、返事が来なくなった
マイさん、31歳。付き合って四ヶ月目のことだった。
前の日まで普通だったんです。おやすみのスタンプも来てたし。三月十二日の朝、おはようって送ったら、既読はついた。返事だけがない。
その後の行動を、彼女は細かく覚えていた。
最初は仕事が忙しいんだと思って、短いのを送りました。無理しないでね、って。既読。三日目に、大丈夫、って送りました。既読。一週間で十一通送って、全部に既読がついて、一通も返ってこなかった。
死んでいないことだけは、知らされている
既読という表示は、生存確認になってしまう。
これが一番きつかったんです、と彼女は言った。
生きてるのはわかるんですよ。スマホを開いて、私の名前をタップして、文字を読んでる。読んだのに閉じてる。その動作を毎日やってるってことでしょう。無視より、はっきりした拒絶の方がまだ楽です。
事故や病気なら、と何度も考えたという。
正直、事故だったらいいのにって思った日があります。そう思った自分がまた嫌で。あの一週間で三キロ落ちました。
説明がない終わり方は、想像を最悪へ走らせる
また会おうと言った翌日に、消えた
ユカリさん、27歳。アプリで知り合った相手だった。
三回目のデートの帰りに、駅で、また会おうねって笑って別れたんです。翌日から既読すらつかない。電話も出ない。
数日後に、彼女は理由を理解した。
友達のアカウントから彼のプロフィールを見たら、普通に表示されるんです。私からは見えないのに。ブロックされてました。
説明がないから、犯人が自分になる
彼女がその後の二ヶ月でやったことを聞いた。
三回目のデートの会話を、全部思い出そうとしました。何を言ったか、何を食べたか、どんな顔をしてたか。ノートに書き出したんですよ。二時間くらいかけて。
何か見つかりましたか。
見つからないんです。だから終わらない。もし、あなたの笑い方が無理だった、って言われてたら、傷つくけど終わってた。理由がないと、全部が理由の候補になるんですよ。あの日の服も、店の選び方も、私が先に会計に手を出したことも。
会った相手を画面ひとつで終わらせる感覚が理解できなかった、と彼女は繰り返した。私も理解できていない。ただ、消した側にとってそれが数秒の操作でしかないことだけは、たぶん事実だと思う。
病んでいるように見せながら、消えない人
最近寂しい、と伝えただけだった
ナツキさん、29歳。喧嘩と呼べる喧嘩ではなかったという。
怒鳴り合いなんて一度もしてないです。最近ちょっと寂しいな、って言っただけ。それが火曜の夜でした。
翌日から既読無視が始まった。
一週間後に一通だけ来ました。ちょっと考えたい、って。それだけ。その後また消えました。
存在だけを示して、返事はしない
彼女がいちばん、最低だと感じたのはその後の状態だという。
既読だけつけてくるんです。毎回。返す気はないのに、読んでることだけは伝えてくる。あれ、存在のアピールですよ。まだいるからな、って言ってる。
なぜそう受け取ったんですか。
だって、本当に距離を置きたいなら通知を切ればいいじゃないですか。読まなきゃいい。読んで、閉じて、また明日読む。それを繰り返す人は、こっちを繋いだままにしておきたいんです。
待たされる側は動けない。別れたと確定していないから、次にも進めない。捨てられてもいないし、選ばれてもいない場所に、無期限で置かれる。
自分の意思で待ってるつもりだったんですけど、あれ、待たされてたんですよね。三ヶ月ぶんの土日が、全部消えました。
二ヶ月後に、元気、と送ってきた男
嬉しかった自分が、いちばん悔しい
ハナさん、33歳。音信不通から二ヶ月後に連絡が来たケースだ。
夜の十一時過ぎでした。通知が光って、名前が出た瞬間に、心臓がおかしくなった。内容は、元気、の三文字です。
彼女は返事をした。しかも、すぐに。
秒で返しました。今でもそれが恥ずかしい。二ヶ月無視されてたのに、五秒で返してる自分が。
戻ってくることと、向き合う気は別物
その後のやりとりは数回で終わった。
会おうって話にはなるんです。でも日程が決まらない。来週あたり、で止まる。四往復くらいして、また消えました。
彼女はこの二度目のほうが深く効いたと言う。
一回目は、彼が悪いって思えたんです。二回目は、期待した自分が悪いって思っちゃう。連絡が来るたびに、自分の値段が上がったり下がったりする感じ。あれが本当にしんどい。
連絡は生存の証明でしかない。それを愛情の証明として受け取ってしまう仕組みが、こちらの側にある。
返しやすい相手にだけ、返していた
既婚者だったと、後から知った
リコさん、35歳。彼が既婚だったと知ったのは、関係が終わった後だった。
私への連絡は開けなかったのに、別の人には短い返事を返してたらしいんです。共通の知り合い経由で聞きました。
彼女の整理の仕方が、この取材で一番鋭かった。
忙しいから返せない、じゃないんですよ。重い相手から逃げて、楽な相手には機械的に返してる。あの人にとって私は、開けたら何か言わなきゃいけない相手だった。
最低なのは、沈黙そのものではない
音信不通が最低なんじゃないと思ってます、と彼女は言った。
終わらせる手続きを放棄したのが最低なんです。人ひとりとの関係を切るのに、一言も使わない。相手を人間として扱ってない。
その言葉を、私は何度か反芻した。連絡が来ないことは、状態でしかない。問題は、終わりを宣言する仕事をこちらへ丸ごと渡してくることだ。渡された側は、判定も、理由の推測も、自分を責める作業も、全部ひとりでやる。
返したら傷つける気がした、という言い分
嫌いになったわけじゃない
サユリさん、28歳。相手は回避傾向の強い人だったという。彼女は一年後に理由を聞けた数少ないケースだ。
嫌いになったんじゃない、って言われました。返したらまた傷つける気がして、開けなかった、って。
その説明で納得できましたか。
理屈はわかるんです。悪意がないのもわかった。でも、私が眠れなかった夜は返ってこないので。
事情は本人を救っても、時間は戻らない
周囲の意見は割れたという。ひどい男だから切れと言う友人と、事情があるなら待てと言う友人がいた。
私が決めたのは、理由が何であれ、説明なしに消える人とはもう付き合わないってことです。悪い人かどうかは判定しません。そこはもういい。ただ、消える人は無理です。
彼女の結論は、相手の人格ではなく終わり方に絞られている。そこが清潔だと私は思った。
弱っているときに、返事が来なくなった
ミオさん、30歳。体調を崩した時期の話だった。
三週間くらい入院してたんです。その間に返事の間隔が伸びていって、退院する頃には来なくなってました。
彼女はそこで見切ったという。
元気なときは普通に返ってくるんですよ。私が弱ると消える。それって、都合のいいときだけ受け取る人じゃないですか。この人とまた付き合うのは無理だと思いました。
その判断のあと、今の相手と出会っている。
今の人は、返事が遅いときに、ごめん今日は無理、って一行送ってくるんです。それだけで全然違う。終わりも始まりも、言葉にできる人かどうかなんだなって。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
なぜ消えるのか
七人の話から出てきたのは、説明できないほど複雑な理由ではなかった。話し合いを面倒だと感じている。悪者になるのを避けたい。返事を書くと自分の言葉に責任が生じる。どれも自分の側の負担を減らす動きで、こちらへの配慮はどこにも入っていない。
待つべきか、切るべきか
七人のうち、待って関係が回復したのは一人もいない。二ヶ月後に連絡が来たハナさんの例も、四往復で再び途切れている。ただし全員が、待った期間そのものを無駄だとは言わなかった。待ちきるまで納得できなかった、という言い方をする人が多い。
自分に原因があったのか
全員が自分を疑い、全員が答えを見つけられていない。ユカリさんはノートに書き出し、マイさんは送信履歴を四回読み返した。原因を探す作業には終点がない。理由を渡されていないから、どこまで探しても照合できない。
生活はどう変わったか
マイさんは三キロ痩せ、ナツキさんは三ヶ月ぶんの休日の記憶がない。ハナさんは通知音を変えた。同じ音が鳴ると心臓が跳ねるからだという。全員に共通していたのは、スマホを見る回数が異常に増えたことだった。
同じ相手を繰り返さないために
説明なしに消えたことがある人かどうかを、早い段階で確かめると答えた人が三人いた。過去の別れ方を聞くだけでいい、とサユリさんは言う。前の恋人とどう終わったか語れない人は、次も語らないから、と。
送信取消の履歴
マイさんは今も、あのトーク画面を残しているという。
消せないんですよ。証拠っていうか、あれが本当にあったことの記録なので。誰にも信じてもらえない気がして。
十一通、全部に既読がついた画面。彼女は一度だけ開いて見せてくれた。最後のメッセージだけ、送信取消の履歴が並んでいた。三回、打っては消している。
最後の一通、何を書いたんですか。
覚えてないです。たぶん、なんで、って書いた気がする。
彼女はグラスの水滴をコースターで拭いて、それ以上は言わなかった。店主が新しい氷をアイスペールに移す音がした。答えのないまま二年経って、彼女はまだその画面を持ち歩いている。持っている理由も、たぶん本人にはうまく言えない。