高い服が要るわけではないと、頭ではわかっている。それでも前日に鏡の前で二十分固まる。落とされたときに、服のせいだったのか会話のせいだったのかも教えてもらえない。九人に話を聞いた。断り理由の文面を見せてくれた人もいた。服で加点された話はほとんど出てこなくて、減点された話ばかりが具体的だった。
土曜の午前、都心のホテルのラウンジ。天井が高くて、話し声が上へ抜けていく。椅子は深く沈み、座ると膝から下が丸ごと視界に入る。照明はほぼ真上。私はここで三時間ねばって、それらしい二人組を六組数えた。男性は全員スーツかジャケットだった。例外はいない。この部屋の高さと光が、その日の服の見え方を先に決めてしまう。
高い服でなくてよかった、と言われた人
黒いワンピースに、薄いカーディガン
最初に会ったのはノリコさん、33歳。初めてのお見合いのときの話だ。
何を着ればいいのか、本当にわからなかったんです。ネットで調べても、清潔感、しか書いてない。清潔感って何なんだって。
選んだのは黒のワンピースに薄手のカーディガン。ヒールは低め、バッグは小さめ。メイクは仕事のときより少しだけ丁寧にした。
会場に着いたら、相手の方がスーツだったんです。ネクタイも締めてて。あ、私だけラフに見えるかもって焦りました。
相手からの言葉は、清潔で話しやすそう
後日、担当者経由でフィードバックが届いた。
清潔で話しやすそうだと思った、って書いてあったそうです。安心しました。
その担当者から言われた一言を、彼女は今も覚えている。
サイズが合っていて、しわがない。それだけで十分伝わりますよ、って。高い服である必要はない、とも言われました。
華やかさが評価されているわけではない。会う気があるかどうかが服に出る、というのが彼女の総括だった。
真剣さが伝わらなかった、と書かれた
デニムにカットソーで行った日
サキさん、35歳。彼女は断り理由の文面を見せてくれた。
休日にカフェで会うって聞いてたので、普段着の延長で行ったんです。デニムにカットソー。きれいめではあると思ってました。
相手はジャケット姿だった。
席に着いた瞬間に、あ、温度が違うなって思いました。会話自体は悪くなかったんですよ。趣味の話でも盛り上がったし。
三日後に届いた文面には、真剣さが伝わらなかった、とあった。
会話じゃなくて服なんだ、って。それが一番こたえました。
休日にきちんとした服を着るしんどさ
彼女はフォーマルが苦手だとも話した。
平日ずっとスーツで働いてるんです。休みの日までジャケットを着るのは、体も心も休まらない。そこは今も納得できてないです。
ただ、と彼女は続けた。
結婚の話をする場だと相手も知ってるので、服を態度として読むんですよね。ラフだと確実に引かれる。納得はしてないけど、事実としてはそうです。
私はこの部分が一番いやだと思った。理不尽なのに、認めるしかない。
精一杯のおしゃれが、裏目に出た
明るい色のタイトスカートに、アクセサリー
ミオさん、31歳。彼女の失敗は方向の間違いだった。
写真映えする色にしたんです。明るいピンクのタイトスカートに、ネックレスとブレスレットとピアス。自分では精一杯のおしゃれでした。
相手の感想は、はっきりしていたという。
デートなら素敵だけど、お見合いだと落ち着かない、って言われました。仮交際には進まなかったです。
想像させる場であって、盛る場ではない
後から相談所の人に聞いた話が、彼女の考えを変えた。
白とか紺とかベージュの、柄のない服のほうが、写真でも申込率が上がるらしいんです。男性は、結婚後の生活が想像できるかで申し込むことが多いって。
つまり、と彼女は言った。
私は自分を良く見せる場だと思ってたんですよ。実際は、一緒に暮らしてる姿を想像してもらう場だった。目的が違ってた。
そこを理解してから、服の選び方が変わったという。
夏の見合いは、両立がむずかしい
汗、ストッキング、蒸れるジャケット
ユカリさん、36歳。八月の見合いの話をしてくれた。
汗で襟元が崩れるんです。駅から歩いてくるだけで。ストッキングもきついし、ジャケットなんて蒸れて無理でした。
彼女が選んだのは、通気のいいブラウスに、膝が隠れるスカートだった。
素材だけ涼しいものにして、形はきちんとしたものにしました。
相手からの言葉は、暑い中きちんとしてくれて嬉しい、だったという。
男性がスーツで来るのって、あれ誠意なんですよね。汗だくで来る人もいる。だからこっちの整え方も、同じように届くんだと思いました。
快適さに振りすぎると、準備不足に見える
ただし、と彼女は言い添えた。
涼しさを優先しすぎて、くたびれた服になると、それはそれで準備してない人に見えます。どっちかに極端に振らないのが、結局は現実的でした。
仕事着のまま行って、結婚した人
可愛くないですが、と先に伝えた
アヤさん、34歳。彼女は平日の夜、仕事終わりにそのまま向かった。
黒いパンツに、歩きやすい靴です。着替える時間がなかった。
待ち合わせの前に、一言だけ送ったという。
仕事着なので可愛くないですが、って。そしたら、大丈夫です、って返ってきました。
その相手と仮交際に進み、後に結婚している。
服装より、先に言ったことが印象に残ったみたいです。隠さずに言う人だと思った、って後で言われました。
ただし、毎回通る手ではない
彼女自身は、この方法を勧めていない。
たまたま相手がそういう人だっただけだと思います。初回は、できる範囲で整えたほうが減点は減ります。私は運が良かっただけなので。
十秒で不合格を出すようになった人
判断が早くなると、見えなくなるもの
イズミさん、38歳。彼女は二年で四十回近く見合いをしている。
途中から、席に着いた瞬間に判断がつくようになったんです。十秒くらいで。色が好みじゃない、堅すぎる、自分と温度が違う。
早く不合格を出すのが上手くなった、と彼女は言った。
そのぶん、慎重で誠実な人まで見えなくなるんですよ。地味な格好の人って、ただ静かなだけかもしれないのに。
疲れていると、誰の服も欠点に見える
決定的だったのは、周囲からの指摘だった。
最近あなた、誰の話をしても悪いところしか言わない、って言われました。それで三ヶ月休みました。
休んでどうでしたか。
見え方が戻りました。服が好みじゃないことと、人として合わないことは、別なんですよね。疲れてるとそこが混ざる。新しい相手を増やす前に、自分が見極められる状態かを確かめたほうがいいです。
写真と当日が違う、という落とされ方
プロフィールは清楚、当日は露出
相談所の担当をしているタナカさんにも話を聞いた。十年以上この仕事をしている人だ。
一番もったいないのは、写真と当日が別人になっているケースです。プロフィールが白いブラウスで清楚な印象なのに、当日は露出が多い服で来る。相手はどちらが素なのか分からなくなります。
逆のパターンもあるという。
写真が地味すぎて、会う前に申し込みが来ない方もいます。顔がはっきり分かる写真に、白や淡い色。サブの写真は、映える場所より日常の雰囲気が伝わるもの。そのほうが数字は動きます。
当日は、写真の続きにする
当日の服装について、彼が繰り返したのはその一点だった。
写真の延長で、少しだけ丁寧に。それが一番落ちにくいです。ギャップが大きいと、それだけで不安を持たれます。素がいい方ほど、仮装しないほうが通ります。
検索してここまで来た人が、確かめたいこと
具体的に何を着ればいいのか
九人のうち、初回にワンピースを選んだのが五人、スカートとブラウスが二人、パンツが二人。色は白、紺、ベージュ、黒に集中していて、柄物はゼロだった。膝が出すぎない、胸元が開きすぎない、という条件も全員が挙げている。
服にいくらかけたのか
ノリコさんは手持ちを組み合わせて追加出費なし。ミオさんは一式で四万円ほど使い、その回は進まなかった。金額と結果に関係がある形跡は、話を聞いた範囲では見当たらなかった。
見られているのは何なのか
サイズが合っているか。しわがないか。靴が汚れていないか。季節に合った生地か。挙がったのは全部この種類だった。ブランドの話は一度も出ていない。
服が整っていれば会話は苦手でもいいのか
そうはならない、と何人かが言った。服だけ完璧で質問がゼロだと、用意してきただけの人に見える。服は入口で、中身の代わりにはならない。ただ、入口で落とされると中身を見せる席に座れない。この順番だけは動かせない。
迷ったらどうすればいいのか
全員の着地点が同じだった。派手にも地味にも振らず、清潔に整える。それ以上のことは、あまり効いていない。
十一回目のワンピース
サキさんは今、あのデニムを見合いに着ていない。あの日のあとに買った紺のワンピースを、これまで十一回着ている。
制服みたいになりました、と彼女は言った。
減点はされないんです。でも加点もされない。これを着てる自分が、本当の自分なのか、たまにわからなくなります。
じゃあ別のを着ますか、と聞いてみた。彼女はしばらく黙って、カップの縁を親指でなぞった。
着ないです。だって、これを着てなかった一回で落ちてるので。
ラウンジの奥で、また新しい一組が席に着いた。男性はスーツ、女性は淡い色のワンピース。サキさんはそちらを一度だけ見て、視線を戻した。何も言わなかったし、私も聞かなかった。