男性の前でだけ声が高くなって、あざとく振る舞うあの子。見ているだけで、なぜかむかむかする。こんなにむかつく自分は心が狭いのかな、嫉妬してるのかな、と少し引っかかっている。今回、ぶりっ子にむかついた経験のある人たちに話を聞きました。すると、そのむかつきという感情が、思っているよりずっと複雑なものだということが見えてきました。
最初に会ったミサキさんは、二十八歳の事務職です。職場に、いわゆるぶりっ子の後輩がいるといいます。
「上司の前だと、急に声がワントーン高くなって、『〇〇さん、すごーい』って。でも、私たち女性社員には態度がそっけないんです。その切り替えを見るたびに、うわ、ってなって」
むかつきには複数の正体が混ざっている
男性の前でだけ態度を変える、二面性への不信
ミサキさんがむかつくいちばんの理由は、その二面性でした。
「男の人の前と女の相手とで、態度が全然違うのが信用できないんです。裏表がある、っていうか。しかも、上司はその子を可愛がるんですよ。あざとさに気づいてないのか、気づいててもいいのか。それを見ると、余計にもやもやして」
この、相手によって態度を露骨に変えるという二面性への不信は、たぶん正当な違和感です。人が誰かを信用できないと感じるのは、その人が一貫していないときですから。ここにむかつくのは、おかしなことではありません。
あざとさが評価される、不公平感
もう一つのむかつきの層を教えてくれたのが、アヤカさんでした。二十五歳、アパレルの販売員です。
「同僚にあざとい子がいて。お客さんの男性に甘えるみたいに接客して、売上をどんどん持っていくんです。私は真面目に、正直に接客してるのに、なんであの子ばっかり評価されるの、って」
これは、二面性への不信とは少し違う感情です。自分は正直にやっているのに、あざとい人が得をするという不公平感。頑張っている人ほど、この報われなさにむかつく。これもわかる感情です。ただ、アヤカさんは正直な人でした。話しているうちに、こう付け加えたんです。
「でも、正直に言うと、ちょっと羨ましいのかも。あんなふうに甘えられたら、私も楽なのに、って」
認めたくないけど、そこに嫉妬もある
あの手を使えば得なのに、と思う自分
アヤカさんがぽろっとこぼした、羨ましいという言葉。ここに、むかつきの四つ目の層があります。それは、正直に認めにくいけれど、嫉妬です。
あの手を使えば得をするのに、自分にはできない。あるいは、やらない。その「できない・やらない」自分と、平気でやっている相手を比べたときの複雑な感情。ママ友のぶりっ子にむかついていたユカさんという三十歳の主婦の方は、それをはっきり自覚していました。
「ママ友の集まりで、パパたちにやたら愛想を振りまく人がいて。むかついてたんです。でも、ある日気づいたんですよ。私がむかつくのは、半分は私の嫉妬なんじゃないか、って。あんなふうに可愛く甘えられる人が羨ましくて、それを認めたくなくて、むかつくっていう形にしてたのかも、って」
正当な違和感と、自分の問題を分けてみる
ぶりっ子へのむかつきの正体を整理すると、少なくとも四つの層があります。二面性への不信。不公平感。そして、嫉妬。この二面性への不信は、たぶん正当な違和感です。でも、不公平感と嫉妬には、実は自分の問題も混じっているんです。
むかつきを感じたときに、これは正当な違和感なのか、それとも自分の中の不公平感や嫉妬なのかを、少し分けてみる。そうすると、あなたのむかつきの本当の正体が見えてきます。それを見分けることは、あなたを責めるためではありません。その感情に振り回されずに済むためなんです。嫉妬している自分を恥じる必要もない。嫉妬は、本当は自分ももっと甘えたい、評価されたいという願望の裏返しだったりするので。
ぶりっ子憎悪は、同じ土俵に乗っている
なぜ、女性から女性に攻撃が向かうのか
ここで、もう一歩引いて考えたいことがあります。なぜ、ぶりっ子への攻撃は、女性から女性に向かうことが多いのでしょう。
ぶりっ子は、男性に媚びて得をする戦略だと見なされます。その戦略にむかつく。でも、その戦略が有効だと感じるのは、なぜでしょう。それは、女性が男性に評価されるという構造が、実際に存在するからです。ぶりっ子が得をするように見えるのは、女性の価値を男性の評価で測る土壌があるからなんです。
あざとさが得をするのは、そういう土壌があるから
だとしたら、本当にむかつくべき相手は、ぶりっ子個人ではなく、女性を男性に媚びる方向に追い込む、その構造のほうかもしれません。
ここが、いちばん大事なところです。ぶりっ子を叩くことは、実は同じ土俵、つまり、女性同士が男性の評価をめぐって競い合うというゲームに、自分も乗ってしまっているということなんです。あの子がずるい、と女性同士で争っている間、その争わせている構造のほうは安泰なまま。ユカさんが、こう言っていました。
「ぶりっ子にむかついて、その子の悪口を他のママ友と言い合ってる時間って、結局、私たちが男の人に気に入られるかどうかを競い合ってるのと同じ土俵なんですよね。それに気づいたら、なんかばかばかしくなって」
本当に嫌なのは、あの子じゃなくて仕組みかもしれない
女性同士を争わせる構造は、安泰なまま
ユカさんは、そのぶりっ子のママ友とは、静かに距離を置くことにしたそうです。
「悪口を言い合うのもやめました。その子を変えることもできないし、その子にむかつくために、私の貴重な時間を使うのがもったいなくて。距離を置いたら、すごく楽になったんです。あの子がどう振る舞おうと、私の幸せには関係ない、って思えるようになって」
これは、ぶりっ子を許したということとは、少し違います。ただ、彼女は、争うという土俵から自分だけ降りた、ということなんです。
むかつく相手のために、心を削らない
ぶりっ子にむかつくのは、心が狭いからではありません。その中には、二面性への正当な違和感が確かにあります。でも、その中に混ざっている不公平感や嫉妬に気づけると、その感情に振り回されずに済む。そして、もう一歩引くと、本当に嫌なのは、あの子個人ではなく、あざとさが得をしてしまうこの世界の仕組みのほうかもしれない、と見えてくる。
ただ、正直に言えば、構造が悪いとわかっても、目の前のぶりっ子へのむかつきは、すぐには消えません。人間だから、理屈で感情を割り切ることはできない。そして、その構造を一人で変えることもできない。だから、現実的にできることは、二つだと思います。
一つは、むかつきの正体を見分けて、正当な違和感の部分だけを信じ、嫉妬の部分は、自分の願望のサインとして受け止めること。もう一つは、ぶりっ子個人を叩くことにエネルギーを使うより、そういう相手とは距離を置いて、女性同士で争わせるその土俵に乗らないこと。
あの子がずるい、と争うのをやめる。それは、あなたの心の平和とエネルギーを、もっと大切なことに使うというだけのことです。むかつく相手のために、自分の貴重な心を削るのは、本当にもったいない。あなたの目の前には、あの子よりずっと大切にすべき、あなた自身の人生があるんですから。そのむかむかをあの子に向け続けるより、あなたの好きなことや、あなたを大切にしてくれる人に、そのエネルギーを回してあげてください。そのほうが、ずっとあなたを幸せにするはずです。