一週間のうちに二人も三人も、昔の知り合いとばったり会う。しかも、なぜか気持ちが動いた相手ばかり。懐かしい人に立て続けに会う八人に話を聞いた。運命の話にはならなかった。かわりに、全員の生活に共通する条件が一つ見つかった。
聞き取りをしていて、途中で妙な気分になった。この話をする人は、必ず日付を覚えている。何月何日の何時ごろ、どの駅の何番ホーム。普段の予定は覚えていないのに、そこだけ異様に鮮明だ。
二日連続で、心に残っていた人に会う
三十三歳のミサキさんの話から始まった。
「平日の夕方でした。駅のホームで、すれ違った瞬間に顔を上げて、えっ、って声が出て」
誰でしたか。
「大学時代に、少し気になってた先輩です」
何年ぶりですか。
「十年以上会ってないです。それなのに、向こうもすぐ気づいてくれて」
話しましたか。
「少し立ち話をしました。五分くらい」
翌日にも。
「昼休みに近くのコンビニで買い物してたら、今度は高校の同級生にばったり会って」
二日連続ですね。
「二日連続です。しかも、その同級生が、昨日も誰か懐かしい人に会った気がするって言い出して」
向こうも。
「向こうもです。お互い笑っちゃって」
彼女はそこで少し首をかしげた。
「気持ち悪いというか、不思議で。しかも、どっちも少し心に残ってた人だったんですよ。何とも思ってない人じゃなくて」
一日に二人、という例が最も多かった
二十九歳のアヤさんは、地元に帰った日の話をしてくれた。
「朝、スーパーで昔付き合ってた人と会いました」
いきなりですね。
「お互い驚いて、短い挨拶だけして。それが朝の九時くらいです」
その日はまだ続く。
「午後に駅前のカフェに寄ったら、今度は学生時代に好きだった人が店員として働いてて」
同じ日に。
「同じ日にです。目が合って、どっちからともなく久しぶりって」
どう思いました。
「なんか今日は立て続けだねって、その人と笑い合いました。それが印象に残ってて」
三十六歳のカズヤさんは、仕事の日だった。
「久しぶりに外に出た日でした。取引先のビルのエレベーターで、昔の同僚に会って」
その方は。
「当時、少し気になってた人です。別れ際に連絡先を交換しました」
帰り道にも。
「同じ路線の電車に乗ったら、大学のサークル仲間が隣の車両から手を振ってきて。降りる駅が同じで、改札前で少し話しました」
二人続けて。
「不思議な気持ちになりました。何もない日は本当に何もないのに」
三十一歳のユカさんの場合は、休日のショッピングモールだ。
「エスカレーターですれ違った人が、昔好きだった人でした」
気づきましたか。
「目が合って、どっちからともなく足を止めて。少し立ち話をして」
そのあと。
「別の階に移動したら、今度は学生時代の別の知り合いが店員として働いてて」
同じ日に二人。
「今日は立て続けすぎるって、自分でも笑いました。しかも、どっちも過去に気持ちが動いた人なんですよ」
三日連続だった人
二十七歳のリョウタさんの記録が、この取材でいちばん長い。
「三日続けてでした」
順番に教えてください。
「一日目は、近所の公園で昔の恋人に会いました。二日目は通勤電車で高校の先輩。三日目は会社近くのランチ屋で大学時代の友人です」
全部別の人。
「別の人です。しかも全員、少し距離を置いてた人たちで」
戸惑いましたか。
「最初は戸惑いました。何かあるのかなって、本気で考えて」
話してみてどうでした。
「話してみたら、みんな同じことを言うんですよ。最近なぜか昔の人に会う機会が増えた気がするって」
向こう側も感じていた。
「感じてました。それが一番不思議で」
三十四歳のケイさんは、ライブ会場での経験を話してくれた。
「会場の外で待ってたら、昔バンドを組んでたメンバーにばったり会って」
何年ぶりですか。
「連絡を取らなくなって七年くらいです。それでもすぐ気づいてくれて、話が弾みました」
帰りにも。
「最寄駅のホームで、今度は別の旧友に会いました。しかもその人も、今日は懐かしい人に会いまくってるって言ってて」
同じ日に。
「同じ日にです。どっちも音楽つながりだったので、余計に縁を感じました」
全員が、同じ時期を過ごしていた
八人の話を並べていて、途中から気づいたことがある。
全員に、生活の変化があった。しかも直前に。
三十八歳のヒロシさんの例が、いちばんわかりやすい。
「職場の異動がきっかけでした」
異動して。
「新しい部署に行ったら、昔の同期がすでにいたんです。それだけでも驚いたのに」
続きが。
「翌週に、別の昔の恋人が取引先として現れて」
立て続けですね。
「気まずかったですよ、最初は。ただ、話してみたらどっちも、最近懐かしい人と会う機会が多い気がするって言ってて」
他の人も同じだった。ミサキさんは転職して通勤経路が変わった直後。アヤさんは久しぶりに地元に帰った日。カズヤさんは、しばらく内勤が続いた後に外回りが再開した日。ユカさんは、行き慣れないモールに行った休日。リョウタさんは引っ越して二週間後。ケイさんは、何年かぶりにライブに足を運んだ日。
移動の範囲か、行動の時間帯か、そのどちらかが直前に変わっている。八人全員が該当した。
普段の生活には決まった動線がある。同じ駅、同じ車両、同じ店。その範囲内では、すれ違う人の顔ぶれもだいたい固定される。動線が変わると、これまで交わらなかった集団と交差する。
過去の知り合いは、たいてい昔の生活圏に紐づいている。学生時代の友人、前職の同僚、地元にいた人。動線が変わるということは、その古い生活圏に近づくか、あるいは今まで通らなかった経路に入るということだ。
そして、変化は普通ひとりだけでは終わらない。転職も引っ越しも異動も、生活全体を数週間かけて組み替える。その組み替えの期間に、複数の再会が集中する。
なぜ、心に残っていた人ばかりなのか
もう一つ、全員が言っていたことがある。会ったのが、どうでもいい相手ではなかったという点だ。
ここには別の仕組みが働いていると思う。
同じ日に五人の知り合いとすれ違ったとして、記憶に残るのは反応が起きた相手だけになる。名前も思い出せない同級生とすれ違っても、たぶん気づかない。気づいても数時間で忘れる。
つまり、心に残っていた人ばかりに会っているのではなく、心に残っていた人との遭遇だけが記録されている。分母が見えないまま分子だけを数えている状態だ。
二十八歳のナオさんの話が、それを裏付けていた。
「飲み会の帰りに、駅の改札でふと隣に立った人が昔の恋人でした」
気づいたのはどちらから。
「向こうです。私は全然気づいてなくて」
その翌日にも。
「同じ駅のホームで、今度は別の旧友に会いました」
二日連続ですね。
「二日連続です。どっちも少し心に残ってた人で」
その前後に、他の知り合いとは会っていませんか。
彼女は少し考えた。
「会ってるかもしれないですね。気づいてないだけで。そう言われると自信がないです」
それでも、本人にとっては意味が残る
仕組みの説明はついたが、これで話が終わるわけではない。
八人のうち三人が、その再会をきっかけに連絡先を交換し、後日また会っている。ナオさんもその一人だ。
「後日また会う約束をしました。それで、今も時々連絡を取ってます」
昔の恋人と。
「はい。復縁とかではないんですけど」
あの偶然がなければ。
「連絡してないです、絶対に。自分から掘り返す理由がないので」
つまり、偶然そのものは説明がついても、その後に何をするかは本人が決めている。
ミサキさんに最後に聞いた。あの二日間に意味があったと思いますか。
「意味は、たぶんないと思います」
そう言い切れますか。
「言い切れないですね。理屈ではそう思ってるんですけど」
彼女は少し笑った。
「あの先輩と立ち話をしたとき、五分しか話してないのに、大学の頃の感じが全部戻ってきたんですよ。あ、私こういう喋り方する人間だったんだって」
それが。
「それが一番、意味があったのかもしれないです。会ったこと自体より、思い出した自分の方が」
連絡先は交換しましたか。
「してないです。あそこで終わりでいいかなって」
外はもう暗くなっていて、駅の方から発車のベルが聞こえていた。彼女はそれを聞いて時計を見て、まだ大丈夫、と自分に言うように呟いた。