金曜の夜、十一時過ぎ。式は日曜だった。
招待状を確認していて、ふと気づいた。ご祝儀袋は買ってある。中に入れる金も、口座にはある。ただ、財布の中の一万円札は、二つ折りの跡がくっきりついた、くたびれた一枚だけだった。
普段、現金をほとんど使わない。買い物も交通費も、全部スマホで済ませている。財布を開いたのが何週間ぶりか、思い出せなかった。ピン札という単語が頭に浮かんだ瞬間に、血の気が引いた。土曜と日曜。銀行は、閉まっている。
結論から書くと、僕は間に合わせた。ただし、かなり間抜けな走り方をした。同じ状況で検索している人がいるはずなので、試した順に全部書く。
確実さで並べると、銀行の窓口が突出している
先に言っておくと、当てになる方法は一つしかない。銀行の窓口だ。それ以外は全部、運か、条件付きの裏道になる。
開いているのは、平日の九時から三時まで
ここが最大の壁だった。窓口は平日の九時から十五時。土日祝は閉まる。両替機も、だいたい窓口の営業時間に合わせて止まる。
つまり、金曜の夜に気づいた僕には、土日という選択肢が最初から存在しなかった。式が日曜だったから、動けるのは金曜の日中まで。もう過ぎている。この時点で、僕の週末は詰んでいた。
もし気づいたのが平日の夜なら、翌日の昼休みに走ればいい。式が土曜なら、金曜の午後三時が最終期限になる。逆算しておくと、無駄な焦り方をしなくて済む。
キャッシュカードか通帳を出すと、無料の枠がある
窓口で新札に替えるのは、両替という扱いになる。銀行によっては手数料が発生する。
ただ、自分の口座がある銀行で、キャッシュカードか通帳を見せれば、一日一回、十枚くらいまでは無料で対応してくれるところが多い。ご祝儀に必要なのはたいてい数枚だから、この枠に収まる。逆に、口座を持っていない銀行にふらっと入ると、一枚から手数料を取られることもある。
行くなら、自分の口座がある銀行。カードか通帳を持っていく。この二つだけ守れば、まず損はしない。
三軒はしごするはめになった理由
僕が甘く見ていたのが、ここだ。
新札には、在庫がある
一軒目の窓口で、新札で十万円分ほしい、と伝えた。窓口の人が奥に引っ込んで、戻ってきて、いま一万円札の新券が数枚しかない、と言われた。
考えてみれば当たり前の話で、支店は新札を無限に持っているわけじゃない。倉庫のようなものがあって、そこにある分しか出せない。しかも大安の前とか、年末とか、需要が集中する時期は薄くなる。支店によっては、新札の交換枚数に上限を設けているところもある。窓口では両替そのものを受け付けていない店舗すらある。
結局、僕は三軒回った。二軒目で足りず、三軒目でようやく揃った。昼休みが完全に消えた。
電話を一本入れれば、たぶん一軒で済んだ
いま思えば、行く前に電話すればよかった。新札を何枚ほしいのだが在庫はあるか、と聞くだけだ。一分で終わる。
僕はそれをせずに、真夏に三軒歩いた。汗だくで三軒目の整理券を取りながら、自分の段取りの悪さに笑うしかなかった。
両替機は、あると思って行くと痛い目を見る
ATMコーナーの隅に置いてある、あの両替機。楽なのは事実だ。カードを入れて金種を選ぶだけで新札が出てくる。
ただ、二つ落とし穴がある。
撤去されている支店が増えている
数年前に使った記憶がある、というのが一番危ない。両替機を置くのをやめた支店が、明らかに増えている。行ってみたら、その一角がぽっかり空いていた、という話をよく聞く。
動いていても、止まるのは早い
生き残っている両替機も、二十四時間動いているわけじゃない。窓口と同じく、十五時前後で止まる。ATMは夜まで使えても、両替機だけ先に眠る。夜に行っても意味がない。
使うには、その銀行のキャッシュカードか、両替機専用のカードが必要になることも多い。ふらっと行って解決する装置ではない。
郵便局に行って、断られた
一軒目の銀行で足りなかったとき、近くに郵便局があったので寄った。あっさり断られた。
ゆうちょには、両替という業務がそもそもない
これは知らない人が多いと思う。ゆうちょ銀行は、両替を業務として行っていない。銀行の一種ではあるが、両替という区分の窓口サービスを持っていない。もちろん両替機もない。
だから、新札に替えてください、と言っても、基本的には断られる。支店の判断で数枚だけ融通してくれることもあるらしいが、当てにして走る場所ではない。
口座があるなら、別の入口が使える
ただし抜け道はある。ゆうちょに口座を持っている人なら、窓口でお金を下ろすときに、金種を指定して、新券で、と頼むことができる。両替ではなく、払い戻しの一形態として処理される。
これは他の銀行でも同じで、両替だと手数料がかかるのに、口座から下ろす際の新券指定なら扱いが変わる、という銀行もある。急いでいるときほど、両替と払い戻しは別物だと覚えておくと動きやすい。
ATMは運。ただ、当たりやすい条件はある
僕も試した。結果は、半分当たり、半分外れだった。
ATMから出てくる札の状態は選べない。だから、当たれば楽だし、外れれば時間を捨てるだけになる。運試しの域を出ない。
体感で言うと、人があまり使っていない場所の機械のほうが、きれいな札が出る気がする。逆に、繁華街の使い倒されているATMは、折れた札が多い。あくまで感覚の話で、根拠はない。
釣り銭できれいな札が来たら、抜いておく
これは今回の反省から始めた習慣だ。
大きめの店で買い物をして、釣りにきれいな一万円札や五千円札が来ることがある。そういう札を見つけたら、そのまま使わずに封筒へ移す。年に何度かしか使わないものだから、少しずつ貯めておけば足りる。
僕は今、引き出しに一万円札を五枚、折らずに寝かせている。あの夏の三軒はしごを、二度とやりたくないからだ。
全部閉まっている夜に、僕がやったこと
一枚だけ、どうしても足りなかった。土曜の夜で、どこも開いていない。そこで最後にやったのが、これだ。
霧吹きと、低温のアイロン
札の折り目に、霧吹きでごく軽く水を吹く。びしょ濡れにはしない。上から薄い布をかぶせて、アイロンを低温にして、短く押す。当てすぎない。ホログラムの部分は避ける。
完全な新券にはならない。ただ、折り目はかなり消える。近くで見なければ分からない程度にはなった。
本の下で、一晩
もう一つ、時間があるならこちら。札を紙で挟んで、厚い本の下に置いて一晩寝かせる。翌朝には、しわがだいぶ伸びている。アイロンより仕上がりは穏やかだが、失敗の危険がない。
どちらも応急処置だ。それでも、くしゃくしゃの札をそのまま入れるよりは、はるかにましだった。
半分の人は、そもそも探さなくていい
最後に、これを書いておきたい。急いでピン札を探している人のうち、一定数は、探す必要がない。
香典に新札を入れると、意味が逆になる
お葬式に包む香典は、ピン札を避けるのが通例になっている。新しい札を用意していたということは、その日が来るのを前もって想定していた、という意味になってしまうからだ。
もし手元に新札しかないなら、真ん中で一度だけ折ってから入れる。それで十分に礼を尽くしたことになる。夜中に銀行を探して走り回る必要は、まったくない。
ピン札は、いつ準備を始めたかの申告書
慶事では新札、弔事では旧札。理屈を丸暗記しなくても、一つの見方で説明がつく。札の状態は、あなたがいつからそのことを考えていたかを示している。
結婚式は、何ヶ月も前から日取りが決まっている。だから、前もって用意しました、という札を持っていく。葬儀は突然来る。だから、用意などしていませんでした、という札を持っていく。それだけの話だ。
そこまで考えて、僕は少し気まずくなった。金曜の夜に気づいたということは、招待状を受け取ってから式の二日前まで、僕は一度もその友人のことを考えていなかった、ということでもある。三軒はしごして手に入れた新札は、僕の準備のよさの証明ではなく、準備していなかった事実を隠すための細工だった。
日曜、受付でご祝儀袋を渡した。係の人は中身を確認せず、名前だけ書いてもらって、袋を箱に入れた。新郎があの札を見たかどうかは、たぶん一生分からない。誰も見ないかもしれないものに、僕は昼休みを二回分と、汗を大量に使った。それでも、次も同じことをすると思う。あの週末に手に入れたのは、結局、札ではなかった気がしている。