一年で九十万貯める、と決めた月に、まず手をつけたのが食費だった。
家賃は下げられない。引っ越すほうが高くつく。保険も通信費も、見直したところで月に二千円か三千円だ。一回削ったら、あとは何も起きない。つまらない。
食費だけが違った。今日から動かせる。しかも、削ったぶんが翌週の財布にそのまま出る。当時の僕は月に四万円近く食べていて、そこには明らかに余白があった。半年後、僕はその数字を八千円まで落とした。落とせたことは、いまでも少し自慢に思っている。同じくらい、二度とやりたくないとも思っている。
食費は、家計のなかで一番削りやすくて一番危ない
なぜ人は真っ先に食費を削るのか。安いから、ではないと思う。
一日三回、努力が採点される
家賃は月に一度しか採点されない。通信費に至っては、契約を変えたあと、何ヶ月も存在を忘れる。ところが食費は、一日に三回、結果が出る。
朝、卵かけご飯で済ませた。四十円くらいだ。昼、前の晩の残りを詰めた弁当。実質ゼロ。夜、鶏むねともやしを炒めた。百五十円。その日一日で、僕は三回、自分に丸をつけられる。この採点の回数の多さが、食費を特別な項目にしている。節約しているという実感を、これほど頻繁に供給してくれる支出は他にない。
そして、実感が気持ちいいから、人はどんどん深追いする。僕もそうだった。ある時期から、僕が追っていたのは貯金ではなく、数字が下がる感覚そのものになっていた。
八千円だった頃、実際に何を食べていたか
具体を書く。買うものは六つに固定していた。鶏むね肉、もやし、卵、豆腐、白米、冷凍うどん。以上。
買い物は週に一度、閉店の一時間前
スーパーへ行くのは週に一回。行く前に、冷蔵庫を空にする。これが一番効く。何か残っている状態で買い物に行くと、必ず余計なものが増える。
時間帯は閉店の一時間前あたり。総菜とパンに半額の札が貼られる。狙うのは総菜そのものというより、それを主菜にして、その日の鶏むねを一食分うしろにずらせることだった。
調味料は醤油、みりん、塩、ごま油の四つ。業務用の大きいのを買って、使い切るまで次を買わない。これも一度決めてしまえば、迷う時間ごと消える。
買った日のうちに、料理を半分終わらせておく
平日に料理する余力なんて、僕にはなかった。だから買った日に下ごしらえを済ませる。
鶏むねは塩麹に漬けて、一食分ずつ小分けにして冷凍。塩麹に漬けるのは味の話だけじゃなくて、あれをやると加熱してもぼそぼそになりにくい。もやしは袋のまま置いておくと三日で駄目になるので、買ったその日に湯通しして水を切っておく。あとは火を通すだけの状態にする。きのこ類も安いときにまとめて冷凍する。
日曜の夜に一時間半。それで平日五日分の作業が終わる。
選ぶのをやめたら、続くようになった
続いた理由は、我慢強さじゃない。決めなくてよくしたからだ。
節約が破綻するのは、たいてい、今日何を食べようと考えた瞬間だ。考えると比較が始まる。比較が始まると、外の選択肢が視界に入る。だから僕は献立を固定した。朝は卵かけご飯か納豆ご飯。昼は前夜の残りを詰めた弁当。夜は鶏むねともやしの炒め物か、豆腐と卵のスープ。
味気ないと言われれば、その通りだ。ただ最初の一ヶ月を越えたあたりで、組み合わせを考えるのがゲームみたいに感じられる時期が来る。あの感覚が来た人は、たぶん続く。
家計簿に載らない費用が、三つある
ここからが本題だ。僕の家計簿の食費欄は、たしかに八千円だった。あの数字は嘘じゃない。ただ、削った分は消えたわけじゃなく、帳簿に載らない場所へ移動していた。
一つ目は、時間
閉店前の値引きを狙うために、僕は週に一度、二時間近くを買い物に使っていた。少し遠いが安い店まで歩いて往復四十分。値札を見比べる時間。日曜の作り置きに一時間半。
ある夜、計算してみた。この作業で一ヶ月に浮いているのは二万円ちょっと。かけている時間は、月に二十時間ほど。時給に直すと千円ちょっとだった。悪くはない。ただ、僕が節約していたのは金であって、時間は逆に払っていた。この費用は、家計簿のどこにも書かれない。
二つ目は、反動
四ヶ月目に、それは来た。
平日の夜、帰り道で急にどうにもならなくなって、コンビニで弁当と唐揚げとアイスを買った。その週末はファストフードに二回行った。歯止めが利かなかった。その月の食費は三万円を超えた。四ヶ月かけて積み上げたものが、二週間で消えた。
みじめだった。自分の意志の弱さに腹が立って、しばらく人に会いたくなかった。
三つ目は、人づきあい
外食は完全にやめていた。だから誘いは全部断った。今月は無理、と三回続けて言った友人がいる。四回目から、その人は誘ってこなくなった。
あの時は、正しい判断をしたつもりでいた。一年後に気づいた。断ったのは飲み会の三千円だったが、失ったのはそれではなかった。この費用は請求書が届くのが遅い。何ヶ月も経ってから、静かに引き落とされる。
反動は、意志の弱さじゃない
いまは、あの四ヶ月目の暴走を、別のものとして理解している。
締めすぎたねじが、勝手に戻ろうとしただけだ。設定を極端に振った状態を維持していると、どこかで揺り戻しが来る。僕の場合は四ヶ月だった。二週間で来る人もいる。来ない人もいる。ただ、来た人が弱いわけじゃない。
だから対策は、根性ではなく、設計のほうにある。最初から緩みを組み込んでおく。週に一度、少し高い食材を意図的に買う。刺身でも、いい豆腐でも、なんでもいい。その一回があると、他の六日が保つ。逆説的だが、この一回を入れたほうが、月の合計は下がった。反動でまとめて崩れる分がなくなるからだ。
体のほうにも、遅れて請求が来る。あの時期、立ち上がったときに視界が暗くなることが何度かあった。数字が下がるのが楽しくて、僕はそれを軽く見ていた。貯金のためにやっているはずが、いつのまにか数字を小さくすること自体が目的になっていた。あそこが分かれ目だったと思う。
いまは一万五千円で止めている
八千円は、もうやらない。いま僕が落ち着いているのは、月に一万五千円あたりだ。
基本の型は、当時のまま使っている
固定した六つの食材、週一回の買い物、日曜の作り置き。この骨組みは、いまも変えていない。効率がいいのは事実だからだ。変えたのは三点だけ。週に一度は高い食材を入れる。誘われた食事は月に一回までなら行く。閉店前の値引きは、通り道にある日だけ狙う。
半年で九十万は貯まらなかった。一年と二ヶ月かかった。それでも貯まったし、途中で一度も壊れなかった。
いちばん恥ずかしい話を最後に書く。目標額に届いたのは去年で、その理由だったはずのものは、とっくに片づいた。もう、あそこまでやる必要はない。なのに僕は、いまでもスーパーで値札を見て、百グラムいくらを勝手に暗算している。定価の弁当を買うと、二日くらい引きずる。四百円の弁当が高いと感じる感覚は、いくら口座に残っていても消えてくれない。
節約の癖は、目的が終わっても勝手に居座る。うまいやり方を身につけたつもりで、実際は、何かを一つ手放していたのかもしれない。それが何なのかは、まだうまく言えない。