有給を取った翌日に、君がいないと寂しかったよ、と言われる。
言われた瞬間、意味を考え始める。社交辞令だろう、と一度は打ち消す。それでも、その日一日、その言葉が頭から離れない。
同じ一言で交際に至った人と、他の女性にも同じことを言っているのを聞いてしまった人。差がどこにあったのかを、六人に聞いた。
オフィスが寂しい、と言われた翌日から
日比谷の、地下にある古い喫茶店。席が半個室になっていて、話し声が漏れない。まいさん、二十七歳、会社員。彼女は最初、少し笑いながら話した。
同じ部署の先輩でした。私が二日休んだ翌日に、君がいないとオフィスが寂しいよ、って。
その場では、そうですか、みたいな返しをしました。社交辞令だと思ったので。人が減れば静かになるでしょ、くらいの意味かなと。
一回目より、二回目のほうが情報が多かった
引っかかり始めたのは、そこからです。
その先輩、それまで週に一回話すかどうかだったのに、急に頻度が上がったんですよ。仕事の質問に来る回数が増えて、給湯室でも会うようになって。
二ヶ月くらい経ってから、また言われました。今度は、本当に君がいないと調子が狂うんだ、って。真剣な顔で。
一回目とは全然違いました。
彼女はここを詳しく説明した。
一回目は、みんながいる場所で、軽い調子で言われたんです。二回目は、二人のときに、しかも言い直してる。同じことを言い直す人って、一回目が伝わってないと思ってるからそうするんですよね。
伝わってないと困る、と思ってる時点で、社交辞令じゃないです。
その後、仕事以外の話をするようになり、関係が進んだという。
社交辞令と本気を分けるのは、言った後の行動量だった
まいさんの話で、頻度が上がった、という部分が出てきた。六人に共通していたのは、ここだった。
言葉そのものからは、何も読み取れない。声のトーンも表情も、その場の解釈でいくらでも変わる。本人にも本気かどうかわかっていないことがある。
差が出るのは、言った後だ。本気の人は、その一言のあとに行動が増える。話しかける回数、質問の回数、近くにいる時間。言いっぱなしにならない。
社交辞令の人は、言って終わる。翌日から何も変わらない。
つまり、判定は当日にはできない。二週間くらい待てば、勝手に答えが出る。
異動が決まった日に、ぽつりと言われた
さおりさん、三十歳。彼女の場合は、別れ際だった。
異動が決まって、それを聞いた同僚が、君がいなくなると寂しいな、って。困ったような笑い方をしてました。
私、完全に受け流したんですよ。仕事仲間として言ってるだけだろうな、と。実際、そういう場面って何回もあるじゃないですか。送別会の挨拶みたいなものかと。
異動した後も、連絡が続いた
違ったのは、異動してからです。
普通、部署が変わると連絡って途切れるんですよ。用がないので。それが、途切れなかった。
最初は仕事の引き継ぎの話でした。それが終わっても、続いた。週に二、三回、なんでもない連絡が来るようになって。
一ヶ月くらいして、今度ご飯でも、って誘われました。
彼女は少し笑った。
用がなくなっても続く連絡って、それ自体が答えなんですよね。会社って、用がないと会話が発生しない場所なので。用のない連絡が来る時点で、その人は何かを維持しようとしてる。
交際に至ったという。職場では距離を保って、外で少しずつ親しくなりました、と。
同じ言葉を、他の人にも言っていた
ここまでは、うまくいった話だ。ただ、そうでない場合もある。
ひとみさん、二十九歳。彼女は上司に近い立場の男性から言われた。
君がいない日はなんだか寂しいな、って。私、その日ずっと浮ついてました。
仕事をすごく頑張ってた時期だったんです。認められたい気持ちも強くて。だから、特別に見てもらえてる、と思い込みました。
給湯室で、同じ台詞を聞いた
二週間後です。給湯室の前を通ったら、その人が別の女性社員に、同じことを言ってるのが聞こえて。
言い回しまで一緒でした。君がいない日はなんだか寂しいな、って。
あれはこたえましたね。しばらく立てなかったです。
彼女は少し早口になった。
冷静に考えれば、あの人は誰にでもそう言う人だったんですよ。感じのいい上司なので。褒め言葉のバリエーションの一つとして持ってただけで。
でも、当時の私は判定材料を持ってなかった。一回言われただけで、他の情報がないので。
落胆の中身は、期待の外れではなかった
いちばんきつかったのは、フラれたわけでもないことです。
何も起きてないんですよ。告白もしてないし、断られてもいない。私が勝手に期待して、勝手に落ちただけ。
それが恥ずかしくて、しばらくその人との会話を最小限にしました。向こうは何も気づいてないと思います。今も。
彼女は最後にこう言った。
その後、同じことを言われても、二週間は判断しないようにしてます。二週間何も変わらなかったら、それは社交辞令なので。
職場の言葉には、二重の意味が混ざっている
ひとみさんの話は、職場特有の難しさを含んでいる。
会社で人が褒められるとき、労働力としての評価と、個人への好意が同じ言葉に混ざる。いないと困る、いないと寂しい。この二つは、業務の話としても好意の話としても成立してしまう。
言う側にとっては便利だ。どちらの意味にも逃げられる。あとから、仕事の話だよ、と言える。
言われる側は、その二重性を一人で処理することになる。しかも、間違えたときのコストが職場では高い。勘違いして動いて外したら、翌日からも同じフロアで八時間過ごすことになる。
だから慎重になる。慎重になっているうちに、本気だった側が引いていくこともある。
冗談めかして言われた一言
なつきさん、二十五歳。彼女の場合は、軽い言い方だった。
隣の席の人でした。私が席を外して戻ってきたときに、いないと寂しいよ、って。周りに人がいたので、完全に冗談のノリで。
その場は笑って終わりました。
ただ、そこから彼が仕事の相談を理由に近づいてくることが増えて。相談というほどの内容じゃないんですよ、内容は。これどう思う、みたいな軽いやつで。
半分本気、と返ってきた
一ヶ月くらいして、直接聞いたんです。あれ、本気で言ってるんですか、って。
そしたら、照れながら、半分本気、って。
彼女は笑った。
半分ってなんだよ、と思いましたけど、あの答えが正直だったんだと思います。全部本気だと言うのも嘘だし、冗談だと言うのも嘘だから、半分と言った。
たぶん、本人も自分の気持ちがどのくらいか測りかねてたんでしょうね。
そこからランチに行くようになり、自然に関係が始まったという。
聞いてしまうのも、一つの方法だった
聞いてよかったですか、と尋ねると、彼女は即答した。
よかったです。あのまま待ってたら、たぶん半年くらい宙ぶらりんでした。
職場って、待ってると何も起きないんですよ。向こうもリスクを取れないので。だから、聞ける関係なら聞いたほうが早いです。
ただ、これは相手と自分の距離が近かったからできたことで、上司相手だったら無理でした、とも彼女は付け加えた。
辞めることが決まってから、本音が出た
かおるさん、三十二歳。退職前に言われたケースだ。
先輩から、君が辞めたら本当に寂しい、また会えるかな、って言われました。真面目な顔で。
私は、まあ挨拶だろうな、と思ってました。退職する人にはそう言うものなので。
職場を出た人には、言えることが増える
違ったのは、その後も個人的に連絡が続いたことです。
辞めてから二ヶ月くらいして、元の職場の近くで会うことになって。そこで、仕事以外でも話したかった、って言われました。
彼女はここで、少し考えるように話した。
たぶん、私が辞めるまでは言えなかったんだと思います。
同じ職場だと、断られた後のことを考えないといけないので。私が辞めた時点で、それがなくなった。だから言えた。
私が辞めることが決まった日に、あの言葉が出たのも、そういうことだったのかもしれません。もう終わりが見えてたので、少しだけ出せた。
交際が始まったという。
判定を、その場でしないこと
六人の話を並べていて見えてきたのは、判断材料がその一言の中にはないということだった。
まいさんは二回目の言い方で気づき、さおりさんは異動後の連絡の継続で気づいた。ひとみさんは、材料が揃う前に期待して落ちている。
有効だったのは、二週間ほど様子を見ることと、その人が他の人にどう接しているかを見ることだった。ひとみさんの場合は、二週間で答えが出ている。出方が最悪だったというだけで。
もう一つ。なつきさんのように直接聞く手もある。ただし、これは相手との距離が近い場合に限られる。
ひとみさんに、最後にひとつ聞いた。あのとき浮ついていた自分を、いまどう思うか。
恥ずかしいです、と即答した後、彼女は少し言い直した。
ただ、あの時期、私は本当に頑張ってたんですよ。残業も多かったし、認められたくて必死だった。
そこに、いないと寂しい、って言われたら、そりゃ効きます。あれは恋愛の話じゃなくて、たぶん、誰かに見ていてほしかったんです。
彼女はカップを見ながら続けた。
だから、あの人が悪いわけでもないんですよね。あの人は感じよく言っただけで。私が、そこに置きたかったものを置いただけです。
いまはもう平気です、と彼女は言った。ただ、その言葉を言ってから、少しの間、何も足さなかった。地下の店は空調の音だけがしていた。