彼氏が母親を「ママ」と呼ぶ。その一言が耳に入った瞬間に、何かがすっと冷めた。あるいは、可愛いと思った。あり、なし、マザコン。今回、この呼び方をめぐって正反対の道を歩いた人たちに集まってもらいました。先に言っておくと、四人の結論はきれいに割れました。
金曜の夜、リカさんのマンションの一室。ローテーブルには開けたばかりの白ワインと、コンビニで買い足したらしいチーズとチョコ。集まったのは三人の女性と、ひとりの男性です。ママ呼び彼氏に振り回されて別れたミサキさん、話し合って関係を立て直したリカさん、彼の実家で初めてそれを聞いて固まったナナさん、そして自分自身が母親を今も「ママ」と呼ぶユウタさん。乾杯のあと、最初に口火を切ったのはナナさんでした。
そもそも、ママ呼びのどこが引っかかるのか
実家で聞いた瞬間、固まった
「玄関でですよ。付き合って半年で初めて実家にお邪魔して、彼がドア開けた瞬間、おかえりママ!って。私、靴を脱ぎかけたまま固まりました」
ナナさん、27歳。彼は外では普通に「母」と言う人だったので、ギャップに頭が追いつかなかったといいます。
「外でしっかりして見える人ほど、家でのママがくるんですよね。でも、上がってみたらお母さんがすごく素敵な方で。一緒に肉じゃが作って、彼の七五三の写真とか見せてもらって、気づいたら三時間。あ、この温度で育ったからこの人こんなに優しいのか、って腑に落ちて、その日は完全に好印象で帰りました」
じゃあ、ありだったと。私がそう聞くと、彼女はワインを一口飲んで、少しだけ眉を寄せました。
「その場ではね。ただ家に帰ってお風呂入ってるとき、ふっと思っちゃったんです。これ結婚したら、私がいつか義理のママって呼ばれる側になるのかなって。そう想像した瞬間、なぜか背中がぞわっとした。理由はうまく言えないんですけど」
このぞわっとした感覚を、私はあとで何度も思い返すことになります。
引く私は心が狭い、という後ろめたさ
ナナさんの話に、ミサキさんが大きくうなずきました。
「わかる。で、引いた自分を責めるんですよね。呼び方くらいでガタガタ言う私、心狭いなって。家族仲がいいのはむしろいいことなのに、何にケチつけてるんだろうって」
その自己嫌悪、しんどいですよね。リカさんも頬杖をついて続けます。
「私もそうでした。ママ呼び自体は本当に可愛いんですよ。電話で、今日ママのカレーうまかったよーとか言ってるの聞くと、和むもん」
そこでリカさんが急に噴き出して、声を落としました。
「これ余談なんですけど。友達の彼氏が、その、致してる最中に一回だけママって言っちゃったらしくて」一同が固まり、それから笑い崩れました。「気まずすぎて二人で無言になったって。さすがにそれは引くわって話したんですけど、まあそれは事故じゃないですか。普段の呼び方とは、たぶん全然レベルの違う話で」
笑いがおさまったあと、テーブルに残ったのは、結局どこからが許容範囲なのかという問いでした。
別れた女が見ていたのは、呼び方じゃなかった
ママに聞いてみる、が口癖になった日
ここでミサキさんが、グラスを置いて姿勢を正しました。29歳。一年半付き合った相手と別れています。
「最初は私も、甘えん坊で可愛いなって思ってたんです。問題は呼び方じゃなかった。ママに聞いてみる、っていう一言が、だんだん全部に出てくるようになったことでした」
デートの店も、誕生日プレゼントの相談も、いつのまにか母親が経由地になっていた。決定的だったのは、彼の転職に合わせて二人で引っ越そうという話が出たときだといいます。
「私、間取りとかエリアとか、夜な夜な調べて提案したんですよ。そしたら彼、いったんママに相談してみる、って。で、後日返ってきた答えが、ママが実家の近くがいいって言うからこの辺で探そうと思う、で。私の名前、その会話のどこにも出てこないんです」
声が少し硬くなりました。
「正直、あのときは自分が彼の人生の登場人物じゃないみたいに感じました。透明人間。喧嘩になって、つい言っちゃったんです。私とママ、どっちが大事なの、って。最低な質問だってわかってます。でも彼、答えに詰まって、五秒くらい黙った。その沈黙で、もういいやって思いました」
別れを切り出したのはその夜だったそうです。
反応すべきは名詞じゃなく、決裁ライン
ミサキさんの話を聞きながら、私はひとつ確信しました。彼女が見ていたのは、ママという言葉そのものではなかった。
呼び方は、ただの古い癖であることが多いんです。幼い頃の習慣がそのまま残っているだけで、中身とは関係ない。危ないのは名詞ではなくて、彼が人生の選択をするときに、最終確認のはんこをどこに押しているか。その宛先のほうです。
「ママに聞いてみる、って動詞のほうに反応しなきゃいけなかったんですよ」ミサキさんが苦笑しました。「ママって呼ぶこと自体は、本当にどうでもよかった。私が無視できなかったのは、決めごとの最後がいつも母親だったこと。今ならその二つを分けて考えられます。当時はぜんぶ一緒くたにして、呼び方に八つ当たりしてた部分もあった」
呼ぶか呼ばないかではなく、決めるとき誰に確認するか。見極めるべき一点はそこにある。これは座談会の中で、立場の違う四人が唯一そろって同意した点でした。
それでも変われた二人
私も大事にされたい、と泣いた夜
別れを選んだミサキさんとは反対に、立て直した人もいます。リカさん、31歳。彼とは今も続いています。
「うちも一時期やばかったんですよ。休日の予定、ママに相談してから決めるね、が連発で。私との約束が、いつも母親の予定待ちで後回しになる時期があって」
どうやって変えたんですか。
「ある夜、もう我慢の限界がきて。責めたら逆効果だと思ったから、あなたが悪いじゃなくて、私も同じくらい大事にされたいんだ、って泣きながら言いました。彼にとってお母さんが大切なのはわかる、それは取り上げたくない、でも私の席も作ってほしい、って」
彼は、けっこう本気で驚いていたそうです。
「自分が私を後回しにしてる自覚、ゼロだったんですって。お母さんに相談するのが呼吸みたいに自然すぎて。指摘されて初めて、あ、これ彼女を傷つけてたんだって気づいたみたいで。それからは、まず私と決めてから、必要ならお母さんに話す、って順番が変わりました」
母親思いそのものは、変える必要がなかったとリカさんは言います。変わったのは順番だけ。確認の宛先に、自分の名前が一番に入るようになったこと。それで十分だった。
母ひとりに育てられた彼の言い分
ここまでずっと聞き役に回っていたユウタさん、25歳に、私は水を向けました。あなた自身が、今もお母さんをママと呼ぶ側ですよね。
「はい。からかわれますよ、マザコンって。彼女の友達に言われたこともあって、正直けっこう気にしてます」少し照れながら、でもまっすぐ話してくれました。「うち、母子家庭なんです。母が一人で育ててくれた。だから感謝がすごく強くて、その延長でママって呼び方も抜けないだけなんですよね」
女性陣から、すかさず質問が飛びました。じゃあ大きい決断のとき、ママに聞く?ミサキさんの質問です。ユウタさんは、はっきり首を横に振りました。
「それはないです。仕事を変えたときも、付き合う人のことも、自分で決めて事後報告。感謝してるのと、判断を委ねるのは、自分の中で全然別なんで。母に幸せだと思ってほしいけど、母の許可で生きてるわけじゃない」
その答えに、ミサキさんが、それなんだよね、と小さく漏らしました。
「呼び方が同じでも、ユウタくんとうちの元彼、中身は真逆なんだ。私が嫌だったの、ママって単語じゃなくて、彼が自分で人生を決めてくれないことだったんだって、今はっきりした」
ユウタさんは少しほっとした顔をして、彼女が前に言ってくれた言葉が嬉しかったんです、と付け加えました。あなたが優しい理由がわかった気がする、と。
第二の母を探す男か、対等な相手を探す男か
呼び方ではなく、あなたに何を求めているか
夜も更けてきて、話は核心に近づいていました。四人の話を並べると、ママ呼び彼氏には二種類いる気がしてくる。それを口にしたのは、最初にぞわっとしたと言ったナナさんでした。
「私があのときお風呂で感じた違和感、たぶんこれだったんです」彼女がゆっくり言いました。「この人は私に、対等なパートナーを求めてるのか、それとも第二のママを求めてるのか。前者なら、母親への呼び方なんて何でもいい。後者だと、私はいつか世話係になる。私がぞわっとしたのは、自分が母親の後継ぎにされる未来を、一瞬かぎ取ったからかもしれない」
テーブルが静かになりました。リカさんの彼は、席をもう一つ作れる人だった。ミサキさんの元彼は、母親の椅子しか用意できない人だった。ユウタさんは、感謝と依存をきっちり分けている人だった。呼び方は全員同じ「ママ」なのに、中身はばらばら。
見極めるべきは、彼があなたを母の代わりにしようとしているのか、隣に新しい椅子を引いてくれるのか。ママという二文字を聞いたときに身構えるより、そこを見たほうがいい。
結論が割れたまま、夜が更けた
最後に、率直に聞いてみました。結局、彼氏のママ呼びはありですか、なしですか。
ミサキさんは即答でした。なし、というか、私はもう無理。リカさんは、全然あり、中身さえちゃんとしてれば呼び方は誤差、と笑う。ナナさんは長いこと考えて、ありだと思う、でも自分がママと呼ばれる側になる覚悟があるかは別、と答えました。ユウタさんは、当事者としては、ありにしてほしいです、とだけ言って肩をすくめました。
きれいに四つに割れて、誰も相手を説得しませんでした。判定を期待してここまで読んでくれた人には、申し訳ない結果かもしれません。ただ、これだけは全員一致だった。ママと呼ぶかどうかではなく、決めるとき誰に確認するか。そこさえ見誤らなければ、呼び方は本当にただの音でしかない。
空いたワインの瓶を片付けながら、ナナさんがぽつりと言いました。今度彼の実家行ったら、お母さんのこと、ちゃんと見てこようかな。ママって呼ばれてるその人が、息子に何を許して、何を任せてるのか。誰も返事をしませんでしたが、たぶん全員、同じことを考えていました。