急に目を合わせてくれなくなる。返事が二文字になる。飲み会では対角線の席を選ばれる。やられた側は、嫌われたと思う。それ以外の読み方を思いつかない。
けれど避けている当人の頭の中では、まったく別のことが起きている。取材した五人のうち四人が、好きになった瞬間からおかしくなったと言った。避けていた期間は、平均して四ヶ月から半年。全員が、あの時期がいちばん苦しかった、と口にしている。
高円寺の、階段が異様に急なカレー屋の二階。夜七時、換気扇の音とスパイスの匂いが充満していて、話し声が少し大きくなる。みおさん、二十六歳、会社員。彼女は水を三回おかわりして、そのたびに話が途切れた。
返事が二文字になったのは、漏れるのが怖かったからだ
情報を減らせば、バレないと思っていた
同じ部署の人でした。最初は普通に喋れてたんですよ。飲み会で隣になっても、仕事の愚痴とか、休みの日の話とか。
それが、ある日を境に無理になった。きっかけは覚えてます。残業してるときに、その人がコンビニでコーヒー二つ買ってきて、片方くれた。それだけです。それだけなのに、家に帰ってからずっとそのことを考えてて、あ、これはまずいな、と。
翌日から、目を見られなくなりました。話しかけられても、うん、とか、そうだね、しか出てこない。四ヶ月くらい、その状態です。
なぜ短い返事になるのか。彼女の説明は具体的だった。
長く喋ると、どこかから漏れるんですよ。声のトーンとか、笑い方とか、質問の細かさとか。私、この人の話には食いつきすぎるな、って自分でわかる。だから最初から出す量を減らした。二文字で返しておけば、そこには何も入ってないので。
安全だったかと聞くと、彼女は首を振った。
安全じゃなかったです。二文字の返事って、それ自体がめちゃくちゃ変ですから。隠したつもりで、いちばん目立つことをしてた。
避けられてる気がする、と言われて泣いた
指摘されたのは、四ヶ月目の帰り道だった。
エレベーターで二人になったときに、最近、俺のこと避けてない、って言われて。何も言い返せなかったです。否定しようとしたら、涙が出てきた。二十六の女が会社のエレベーターで泣いてるんですよ。最悪でした。
でもあれで終わったんです。あの状態が。避けてます、理由は、と聞かれて、好きだからです、って言うしかなかった。
交際に至ったのはその二ヶ月後だという。避けていた四ヶ月と、付き合ってからでは、どちらがしんどかったか。答えは即座に返ってきた。避けてた時期です、と。
避けていたのは相手ではなく、その人の前にいる自分だった
みおさんの話で引っかかったのは、彼が嫌だったわけじゃないんです、という一文だった。じゃあ何から逃げていたのか。
好きな人の前に立つと、自分の反応が制御できなくなる。声が上ずる、笑いすぎる、話を覚えすぎている。その状態の自分を、相手に見られるのが怖い。避けている対象は相手ではなく、相手の前で勝手に動き出す自分のほうだ。
だから、その人がどれだけ優しくても好き避けは止まらない。相手の態度で解決する問題ではないからだ。安心させれば直る、という話でもない。当人が自分の反応と一緒にいられるようになるまで、時間だけが過ぎていく。
既読をつけてから、四十分寝かせて返していた
たくみさん、二十九歳、エンジニア。男性側の話だ。
通知が来た瞬間に見てるんですよ。見て、すぐ返したいのに、返せない。すぐ返すと、こいつ待ってたんだな、って思われる気がして。
自分の中でルールを作ってました。四十分は置く。相手が二行なら、こっちも二行まで。絵文字は向こうが使ったら使う。
彼はそこで少し笑った。
今考えると異常ですよね。恋愛工学みたいなことをやってたわけじゃないんです。もっと切実で、単に、好きなのがバレたら終わると思ってた。
好きすぎると、警報が鳴る
会う約束をした当日は、もっとひどかったという。
朝から緊張して、店に着く頃には体が固まってる。それで、素っ気ない態度になるんです。楽しくないわけじゃない。頭の中は爆発してるのに、外側だけが冷えてる。
彼は当時の感覚を、直視できないという言い方で説明した。興味がないから見ないのではなく、見た瞬間に何かが崩れる予感があって見られない。
これ、駆け引きじゃないんですよ。俺は駆け引きをしてるつもりが少しあったけど、体のほうが先に動いてた。危険だからここから離れろ、っていう警報が鳴ってる感じ。理屈より速いです。
傷つけた側になっていたことを、後から知る
付き合ってから、彼女に言われた。あの頃、冷たくされて本当に傷ついた、と。
そこは反省してます。俺は自分が苦しいことばっかり考えてて、相手が同じ時間に何を感じてるかを、一回も想像してなかった。避けられた側からしたら、理由がわからないまま拒否されてるわけで。
好きすぎて警報が鳴ってた、と説明したら、そういう人もいるんだね、って笑ってくれました。笑ってくれただけで、納得はしてないと思う。
好き避けなのか、単に嫌われているのか
取材中、何度も出てきた疑問がこれだった。避けられている側からすると、区別のしようがない。
手がかりは、避けていない時間のほうにある
五人の話を並べていて気づいたことがある。本当に興味のない相手に対して、人はここまで手間をかけない。
みおさんは席の距離を三つ空けていた。たくみさんは返信を四十分寝かせていた。後述するあかりさんは、彼が近づいてくる導線を把握して先に移動していた。全部、精密な作業だ。
嫌いな人への態度は、もっと雑になる。考えていないから、対応がその日の気分でぶれる。好き避けは一貫している。毎回同じように避ける。避け方に規則性があるなら、それは相手のことをずっと考えている証拠になる。
もう一つ。避けている人は、避けていない場面で不自然な行動を取る。目が合わないのに、その人が話しているときだけ体の向きが変わる。飲み会で会話に入らないのに、その人が帰るときだけ顔を上げる。
避けられた側は、いちばん安い解釈を選ぶ
ただし、これは後から並べられるから見えるだけの話でもある。渦中にいる人には無理だ。
けんじさんが言っていた。人は自分に向けられた冷たさを、いちばん手間のかからない読み方で処理するんですよ、と。嫌われた、で片づけるのがいちばん楽なんです。好き避けかもしれない、なんて都合のいい解釈は、期待した分だけ痛いので選べない。
好き避けが誤解で終わるのは、両側が同じ理由で怖がっているからだ。片方は気持ちがバレるのが怖い。もう片方は、期待して外れるのが怖い。
近づくほど、体のほうが拒否した
あかりさんが話してくれたのは、二十四歳、大学生だった頃のこと。現在は二十八歳。
サークルの先輩でした。好きになってから、その人がいる場所に行けなくなった。飲み会は行くんですよ。行くけど、必ず遠い席に座る。近づいてきたら別の子と話し始める。
本当は話を聞きたいんです。あの人が喋ってると、耳だけそっちに向いてる。なのに体が動かない。
浸かったら、失ったときに壊れる
彼女は当時の恐怖をこう言った。
あの温かさに一回浸かったら、なくなったときの自分がどうなるかわからない、と思ってました。優しくされるほど怖い。だから先に自分から距離を取る。傷つく前に、傷つかない場所に逃げてた。
夜になると彼のSNSを何度も開いた。多い日は十回以上。開くたびに自己嫌悪して、翌日また避ける。周りからは、あかりって先輩のこと嫌いなの、と何度も聞かれた。
否定もできないんですよ。違うって言ったら、じゃあ何なのって話になるので。曖昧に笑ってごまかしてた。
終わりは、本人からの直球だった。最近、俺のこと避けてない、と聞かれ、彼女は正直に答えたという。好きだから避けてた、と。相手も驚いていたが、そこから関係が動き始めた。
甘えたいときほど、忙しいと嘘をついた
ゆいさん、三十一歳、看護師。彼女の場合は、好きになる相手ごとに同じことが起きるという。
甘えたい気持ちが強くなるほど、逆に距離を取るんです。会いたいのに、最近忙しくて、って返す。何回も返した。相手からしたら意味がわからないと思います。
甘えたら終わる、というのが体に染みついてて。優しい言葉をかけられると、逃げたくなる。嬉しいのに逃げる。自分でも扱いに困ってます。
避けても壊れないことを、確かめていた
交際してからも、しばらく同じことをした。彼女はそれを、テストだったんだと思う、と表現する。
わざと連絡を返さなかったり、誘いを断ったりして、その後どうなるかを見てた。追いかけてくるかどうかじゃないんです。避けた後で、この人が前と同じ温度で戻ってくるかどうかを見てた。
三回か四回、それをやって、毎回同じだったんですよ。怒りもしないし、機嫌も悪くならない。ああ、避けても壊れないんだ、とわかってから、少しずつやめられた。
ひどいことをしてた自覚はあります。相手を試すって、いい行動じゃないので。でもあれをやらないと、私は安心できなかった。
避けられた側から見えていたもの
けんじさん、二十七歳、フリーランス。彼は避けられた側だ。
急に冷たくなったんです。前はよく喋ってたのに、目を逸らされて、返事も短くなった。俺、何かやったかな、と一週間くらい本気で考えました。心当たりがない。だから、嫌われたんだと思って、こっちからも距離を置いた。
考え直したのは、共通の友人からの一言だった。彼女、君のこと相当意識してるよ、あれ好き避けだと思う、と言われた。
半信半疑ですよ。都合よすぎるでしょ、その解釈。でも一応、注意して見るようにしたんです。
そしたら気づいた。近くにいるときは絶対にこっちを見ないのに、俺が離れた場所にいると、けっこう見てる。三回くらい目が合いました。合った瞬間、すごい速さで逸らされる。
聞くのに、十日かかった
聞くまでに十日かかりました。間違ってたら関係が終わるので。
言い方はかなり考えて、避けてるみたいだけど何かあった、にした。責める形にならないように。
彼女、泣いたんですよ。それで、好きだからうまく話せなくて、って。俺、その場でどう反応していいかわからなくて、しばらく突っ立ってました。
本気で好きな人ほど素直になれない人がいる。頭ではわかってたつもりだったけど、実感したのはあのときが初めてです。
カレー屋の階段を降りながら、みおさんが言ったことがある。あの四ヶ月、彼のことを考えてない時間が一秒もなかったんですよ、と。避けてる間って、相手のことを二十四時間追ってるのと同じなんです。いちばん近くにいたのは、たぶんあの時期の私でした。
ゆいさんは、いま新しい人といい感じらしい。そして、また同じことをしかけている、と本人が言っていた。誘われて、行きたいのに、来週は忙しいと返してしまったのが先週。直したいですけどね、と彼女は言い、少し間を置いてから続けた。直そうとしてる時点で、たぶんまた本気なんだと思います。