会ったこともない相手から、駅まで迎えに行くね、と言われる。
言われた側の反応は、二つに割れる。ありがたいと思う人と、密室になるまでの時間を想像してしまう人。誘った側の女性は、たいてい後者を想定していない。
誘われた男性三人と、車を出した女性二人、それに逆の立場から一人。
変なことしたらパンチするからね、と言われた
大船の、駅前のチェーン店。夕方で、部活帰りの高校生が多い。しょうたさん、三十一歳。彼は思い出しながら笑っていた。
アプリで知り合った人でした。メッセージは二週間くらい続いてて、まだ会ってない段階です。
そこで、駅まで迎えに行くよ、そのあと少しドライブでもどう、って来て。
驚きました。会ってもいないので。え、いいのか、と。
冗談が一つ入っただけで、空気が変わった
そのあとに、変なことしたらパンチするからね、って続いてたんですよ。
あれで一気に楽になりました。
彼はここを詳しく説明した。
初対面で車って、お互いに緊張するんですよね。向こうも怖いはずなんです、知らない男を乗せるので。それを、あの一言で先に笑いに変えてくれた。
こっちが気を遣う場所を、先に片付けてくれた感じでした。何もしませんよ、って俺が言うのは変じゃないですか。言った時点で怪しいので。だから、向こうから軽く触れてくれるのがいちばんよかった。
一時間くらい走って、趣味の話で盛り上がったという。
後で聞いたら、人混みが苦手で、二人きりでゆっくり話したかったらしいです。カフェだと周りが気になるって。
その後も関係は続いたという。
車の中は、向き合わなくて済む場所らしい
みなこさん、三十三歳。彼女は車を出した側だ。友人の紹介で知り合った男性を誘った。
新しい車を買ったばかりで、単純に乗りたかったんです。ちょっと乗ってみない、って軽い感じで誘いました。
共通の知人がいたので、向こうも警戒しなかったんだと思います。
海沿いをゆっくり走ったという。
沈黙が気まずくならない
車って、いいんですよ。真正面で向き合わなくて済むので。
カフェで初対面って、けっこうきついじゃないですか。目の前に人がいて、目を合わせるしかない。沈黙が来たら、その沈黙を二人で見つめることになる。
車だと、二人とも前を向いてるので。黙っても、外を見てればいい。あと、景色が変わるので、話のネタが勝手に出てくる。あ、あの店できたんだ、とか。
彼女はここが大きいと思う、と続けた。
私、初対面が苦手なんですけど、車だと喋れるんです。だから提案してるのは、積極性というより、自分が楽な場所を選んでるだけなんですよ。
そのドライブがきっかけで、後日改めてデートすることになったという。
誘われた側が、緊張していた場合
ここまでは、うまくいった話だ。ただ、そうならないこともある。
だいきさん、二十八歳。彼はアプリでやりとりを重ねた相手から誘われた。
初対面だけど車で迎えに行くね、って言われて。
正直、不安でした。
不安の中身を聞くと、彼は少し言いにくそうにした。
密室になる時間の長さが読めない
嫌だったわけじゃないんです。ただ、車に乗ると、自分で帰れないんですよ。
カフェなら、合わなかったら一時間で帰れる。車だと、行き先も戻る時間も向こうが握ってるので。二時間なのか五時間なのかもわからない。
あと、単純に緊張しました。知らない人と密室に二人って、こっちも怖いんです。男でも。
向こうは、抵抗はないけど、いい人だと思うから、と言ってくれたという。
その言葉自体は嬉しかったです。ただ、俺の不安とは関係のない話なので。
変更してもらったら、うまくいった
思い切って、駅前で待ち合わせして、それから短時間だけ車に乗る形にしてもらえますか、って伝えました。
すぐ、いいよ、って返ってきました。気遣いすぎてごめんね、とも言われて。
こっちが警戒してることを、責められなかったのがよかったです。
彼はここで言い方を変えた。
あの日、実際に会ってから車に乗ったら、全然平気だったんですよ。三十分話したら安心したので。
順番の問題だったんだと思います。会う前に密室が来るのがきつかった。会ってからなら大丈夫だった。
提案する側と、される側で見えているものが違う
六人の話を並べていて、はっきりしたことがある。
車を出す側は、たいてい親切のつもりでいる。移動が楽になる、話しやすい、自分の得意な場所を提供している。実際、みなこさんもそう説明していた。
誘われる側が気にしているのは、まったく別のことだ。帰る手段が自分の手にあるかどうか、時間の長さが読めるかどうか、断ったときに気を悪くされないかどうか。
つまり、提供されているものと、心配されているものが噛み合っていない。だいきさんの話でいえば、彼が求めていたのは車に乗らない選択ではなく、いつでも降りられるという感覚だった。
うまくいった二例に共通しているのは、そこに先に触れていたことだ。しょうたさんの相手は冗談で、だいきさんの相手は変更の受け入れで。どちらも、断れる余地を相手に渡している。
迎えに行くのが、いちばん合理的だった
さきこさん、二十九歳。地方在住で、彼女の場合は事情が違った。
都会から来る人と初めて会うことになって。駅から目的地まで、車がないとどうしようもない場所なんですよ。
バスが一時間に一本とかなので。私が迎えに行くよ、って言ったのは、親切というより現実的な判断です。
運転が好きなのもあります。運転しながらのほうがリラックスできるので。
移動そのものが、時間になる
一時間くらい走りました。その間、仕事の話とか、趣味の話とか。着く頃には、けっこう打ち解けてました。
移動が長いのって、こういうときは有利なんですよ。到着までにアイスブレイクが全部終わってる。
彼は、女性が車を出してくれるなんて意外だったけど助かった、と言っていたそうだ。
意外って言われるのが、こっちからすると意外なんですけどね。地方だと普通なので。
逆の立場から、断った経験
最後に、女性側で誘われて断ったケースを。ゆりさん、二十六歳。
初対面の男性から、ドライブしながら話そう、って提案されたんです。
私は無理でした。会ったこともない人の車に乗るのは怖いので。
正直に伝えました。まだ会ったばかりなので車は少し不安です、って。
断ったときの反応が、判断材料になった
そしたら、すぐに、じゃあカフェにしよう、って。一秒で切り替えてくれました。
あれで安心したんですよ。
彼女はここを強調した。
私が見てたのは、ドライブに誘ってくるかどうかじゃなくて、断ったときにどうするかでした。
食い下がられたら、その時点で終わりです。俺は大丈夫だから、とか、そんなに警戒しなくても、とか言われたら、会わないつもりでした。
会ってみたら、いい人でした。後日、改めてドライブに誘われて、そのときは行きました。
順番を守ってくれる人だったので。
しょうたさんに、最後にひとつ聞いた。あの日、もし冗談を言われていなかったらどう感じていたか。
たぶん、身構えてました、と彼は答えた。
言葉って、内容じゃないんですよね。あの人が言ったのは、変なことしたらパンチする、ですけど、伝わってきたのは、私はあなたを警戒してるけど、それを笑い話にできる程度には信用してます、ということで。
情報量がすごいんですよ、あの一言。
彼は今もその人と続いているという。ドライブはあれから何十回も行ったが、初回の一時間がいちばん記憶に残っているそうだ。
いまだにたまに言われますよ、パンチするからね、って。何もしてないのに、と彼は笑った。
店の外は、部活帰りの自転車が続けて通っていった。