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都合の良い関係の果てには、何も落ちていなかった。五人が語る、やめ時が来た日の話

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夜中の一時に、今から会える、と来る。メイクはもう落としてある。明日は七時起きだ。それでも支度を始めてしまう。断ったら次はもう来ない、という予感だけで動いている。

こういう関係を続けた人たちは、限界の日を妙にはっきり覚えている。友達に言われたからでも、本を読んだからでもない。ある夜、洗面所で、あるいは布団の中で、勝手にスイッチが切れる。五人に、その日のことを聞いた。

目次

洗面所の鏡の前で、何かが切れた

会ったのは中野の駅前、二階のカフェだった。線路が見える席で、電車が通るたびに話が中断する。りなさん、二十七歳、事務職。彼女は最初、笑いながら話していた。

付き合ってはいなかったです。向こうから連絡が来るのは、だいたい夜の十一時以降。今から行っていい、とか、出てこられる、とか。私は行きました。毎回。次の日が朝七時の日も行った。二年くらい、そうしてました。

なぜ断らなかったのか。

断ったら終わると思ってたからです。一回でも断ったら、この人は別の誰かに連絡するんだろうな、と。実際そうだったかはわからない。でも私の中ではそう決まってた。

良かった夜が、全部を帳消しにしてしまう

しんどいだけの関係なら、続かなかったんですよ。たまにすごく良い日があるんです。ちゃんとごはんに連れていってくれて、私の仕事の愚痴も聞いてくれて、帰りに手を繋いだりして。そういう日が三ヶ月に一回くらい来る。

その一回で、それまでの寂しかった夜が全部帳消しになるんです。ああ、やっぱりこの人は私のことを大事に思ってる、って。あの計算、我ながらおかしいですよね。九十回のうち一回で全部チャラにしてた。

友達には言われてました。もっと大事にしてくれる人いるよ、って。何回も言われた。全然響かなかったです。心配してくれてるのはわかるけど、この人は私たちのことを知らないから、って思ってた。

終わった日のことを聞くと、彼女は少しだけ声を落とした。

またいつものパターンの夜で、家に帰って化粧を落とそうとして、鏡を見たんです。そしたら、なんか、知らない顔がいた。表情が死んでるんですよ。二十五とかなのに。その瞬間に、私、自分のこと後回しにしすぎだな、と思った。それだけです。何か言われたわけでも、決定的な裏切りがあったわけでもない。

翌日から連絡を返すのをやめた。一週間後、急に冷たくなったな、とメッセージが来たという。既読をつけずにブロックした。

やめてどうなったかというと、正直、何も残らなかったです。彼はいなくなったし、代わりに素敵な人が現れたわけでもない。ただ、寝る時間が三時間増えました。それだけと言えばそれだけ。でも生活は軽くなりましたよ。

優しさで固めた結果、選択肢から外れていた

けんたさん、三十一歳、営業職。男性側からの話だ。

俺、完璧にやってたつもりだったんですよ。彼女の話は絶対に否定しない、共感する、誘われたら予定を空ける、困ってたらすぐ動く。仕事終わりに一時間かけて迎えに行ったこともある。それが正解だと思ってた。

フラれた言葉が、友達としては好きだけど恋愛では見れない、でした。あれ言われた瞬間に、全部わかりましたね。俺、この人にとって安全地帯だったんだなと。

安心だけを差し出すと、比較の土俵から降りることになる

考えたんです。なんで駄目だったのか。

たぶん、俺といても何も起きないからです。俺は一度も反対しなかったし、機嫌が悪くなったこともない、予定を断ったこともない。予測が全部つく。それって安心なんですけど、安心って、恋の材料じゃないんですよね。

彼はここで少し言い方を選んだ。

誤解されたくないんですけど、意地悪をしろとか、駆け引きしろって話じゃないです。そうじゃなくて、俺は自分の意見を一個も出してなかった。俺が何が好きで何が嫌いか、あの人は知らなかったと思う。中身がないから、恋人候補として見ようがなかった。

次の関係では、行きたくない店は行きたくないと言うようにした。相手の意見に違うと思ったら、違うと思う、と口に出すようにした。それだけで扱われ方が変わったという。

嫌われる可能性を全部つぶしにいくと、好かれる可能性も一緒に消えるんだな、と。三十過ぎて気づきました。遅いですけどね。

遊ばれていることを、自分から楽しんでみせていた

あゆみさん、現在三十一歳。話してくれたのは二十六歳、フリーターだった頃のことだ。

先輩でした。付き合ってはない。でも泊まってたし、腕枕もされてたし、体の関係もあった。私は好きって言ってたんですよ、ちゃんと。何回も。向こうからは一度も、そういう言葉はなかった。

友達には一切話してません。恥ずかしくて。こんなことしてるって知られたくなかった。だから一人で抱えてた。一年半くらいかな。

惨めさを、自分から握り直していた

彼女はここで、自分の中の理屈を話してくれた。当時いちばん自分を支えていた考えだという。

私、途中から、遊ばれてるのを楽しんでるふりをし始めたんです。自分に対してですよ。誰に見せるでもなく。私はわかっててやってる、都合よく使われてるのも承知の上、大人の関係だから、みたいな。

そう思っておけば、傷ついてないことにできるじゃないですか。傷ついてる人じゃなくて、選んでる人になれる。惨めさを自分から握っておけば、他人に握られなくて済むと思ってた。

あれ、いちばんよくなかったです。だって、そう思い込んでる間は、やめる理由が生まれないので。苦しいと認めないと、やめられないんですよ。

終わりは、あっけなかったという。

なんてことない平日でした。彼が寝てて、私は先に起きて天井を見てて、急に、あ、虚しいな、と思った。それだけ。前の晩に何かあったわけでもない。その日の帰りに全部ブロックしました。

彼女は最後にこう言った。誰に何を言われても駄目でした。自分でスイッチが入るまで、本当に無理。だから今、同じことしてる人に何か言おうとは思わないです。言っても届かないのを知ってるので。

手放した後に、別の形で戻ってきた

みさきさん、三十四歳、会社員。彼女の話には続きがある。

別れた直後がいちばんひどかったです。都合の良い関係でもいいから会いたい、って本気で思ってた。連絡しても既読すらつかない。周りからは、あの人が別の女の子といるらしいよ、みたいな話が入ってくる。

夜中に自分を責める時間が長かったです。なんで私じゃ駄目だったのか、私の何がいけなかったのか。生きてる意味あるのかな、とまで考えた日もありました。そこまで落ちて、また次の日には彼のことを考えてる。

ノートに、恥ずかしいことを書き続けた

ある日、腹をくくったんです。彼でも、彼じゃなくても、私は幸せになる、って。カッコよく言ってますけど、追い詰められた末の開き直りです。

連絡は完全に断ちました。それと、ノートに毎日、私は可愛いよ、って書きました。

彼女は少し笑った。

書いてて死ぬほど恥ずかしいですよ。最初の一週間は、書きながら、何やってんだろ私、って思ってた。でも続けた。半年くらいすると、書くことに抵抗がなくなってきて、自分に対して雑なことを考える回数が減ったんです。

一年三ヶ月後、街で偶然会った彼のほうから声をかけてきた。関係が再開して、今も続いている。

同じ人ですけど、全然違う関係です。前は連絡が来るのを待つ側だったけど、今は予定が合わなければ普通に断る。断っても終わらない。あの頃の私が知ったら、意味がわからないと思います。

一度も大丈夫じゃなかった、と彼女は言った

さやかさん、二十九歳、看護師。夜勤の合間、病院近くの喫茶店で話を聞いた。

彼の都合のときだけ連絡が来る関係でした。予定は全部あっち基準。私は呼ばれたら行く。

聞きたいことはずっとあったんです。私のこと好きなの、私たちって何なの、って。でも聞いたら、この関係すら消える気がして、聞けなかった。

だから何も聞かずに笑ってました。寂しくても大丈夫って言うし、会いたくても忙しいよねって言うし、傷ついても気にしてないよって言う。

彼女はここで長く黙った。

一度も大丈夫じゃなかったです。一回も。全部嘘だった。

何も要求しない人は、いない人と同じになる

終わり方はあっけなかったという。ある朝、いつもの会いたいという連絡に、今日は無理、と初めて返した。それきり連絡は来なくなった。

たった四文字ですよ。今日は無理。それで消えるくらいの関係だったんです。じゃあ私が二年守ってたものって何だったんだろう、と思いました。

いま思うのは、私は彼に何も要求しなかったから、彼の中で私は要求してこない便利な人だったんだろうな、ということ。要求しない人って、いない人と同じ扱いになるんですよ。摩擦がないから記憶に残らない。

嫌われるのが怖くて言えなかったことも、返信待ちで眠れなかった夜も、あれ全部、私が自分を後回しにしてた時間でした。もう、自分の気持ちを置いてまで誰かを好きにはならないです。たぶん。

やめ時は、誰かに教えてもらえるものではないらしい

五人の話に共通していたのは、終わりのきっかけの小ささだった。鏡に映った顔、天井を見ていた朝、四文字の返信。決定的な裏切りがあった人は一人もいない。

友達の忠告で目が覚めた人も、ゼロだった。りなさんもあゆみさんも、正しいことを言われた記憶はある、と言う。ただ、その正しさは、当時の自分の中に入る隙間がなかった。

やめた後についても、話は割れた。りなさんは、何も残らなかった、と言った。みさきさんは、一年三ヶ月かけて同じ人と別の関係を作った。さやかさんは、たぶん、という言葉を最後につけた。

さやかさんが帰り際に言ったことが引っかかっている。今もLINEの通知音が鳴ると、一瞬だけ心臓が反応するらしい。もういないってわかってるんですけどね、と彼女は言った。体のほうが、まだ二年前のままなんだと思います。それを直す方法は、たぶんない。

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